講演情報

[15-O-Z001-03]私たちはことわらない共生社会実現に向けたHIV感染症患者の受け入れ実践

*江藤 奈央1 (1. 東京都 台東区立老人保健施設千束)
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HIV感染症患者の入所受入を行う中で、多様性に配慮した支援の意義を感じたため報告する。受入に際し、相談員にて行政や関係医療機関と連携し、施設内のHIVに対する不安や偏見をなくせるようアプローチを行った。その結果、スタッフ全体がHIVについての知識を深め、多職種が共通の認識を持って入所に繋げることができた。疾患やパーソナリティによる偏見を持たず、医療・介護を提供する姿勢が共生社会の実現に繋がると考えられた。
【はじめに】
介護施設として、要介護者の多様性にいかに対応していくかは昨今の課題である。今回、当施設では入所実績のないHIV感染症患者(以下、HIV患者とする。)の入所相談を受けたことで、社会全体が正しい知識を持ち、分け隔てない医療・介護を提供することの意義を感じた。その一端を担った一例として、当施設でのHIV患者の入所受入までのアプローチを報告する。

【事例紹介】
A氏 80代男性 要介護3 同居人(60代男性)と2人暮らし
抗HIV療法施行目的でC病院入院中

○入所相談までの経緯
銀座でスナックを経営。同居人は、本人が40代の頃にスナックのお客さんとして来店し意気投合。後にパートナーシップ宣誓も行った。
高齢になるにつれ認知機能の低下がみられ始め、失禁することもあり。同居人が排泄介助を試みるも本人は拒否するため、都度汚れた部屋の掃除を行い疲弊していた。2023年7月、同居人が地域包括支援センターへ相談し介護保険を申請。また、2008年より通院にて行っていた抗HIV療法が、認知機能低下により中断していたことが判明。C病院入院にて抗HIV療法再開に至った。
治療の結果、ウイルス量が低下し免疫機能も改善したため、退院可能と判断される。ただ、入院以前より同居人の介護負担が大きく、施設を検討する運びとなる。しかし、HIV患者を受入可能な介護施設は限られ、退院支援は難航した。地域包括支援センター経由で行政に相談の結果、区立施設である当施設への入所相談に至った。

【対応】
入所受入にあたり、以下の4点が課題として挙げられた。
(1)ケアに対するスタッフの不安
(2)性的マイノリティへの意識
(3)入所後の受診、抗HIV薬の継続にかかるコスト
(4)状態悪化時の対応

(1)ケアに対するスタッフの不安
HIVに対する漠然とした恐怖から、スタッフの不安は大きかった。実際に「老健で受ける病気ではないのでは」「この薬は扱いたくない、怖い」という声も上がった。しかし、相談員自身もHIVについて調べる中で、適切に治療を行えば感染力はほぼなくなることを理解した。相談時点での施設スタッフの受入に対する姿勢は決して前向きなものではなかったが、当施設の「まずは受け入れる」という方針に基づき、スタッフの不安緩和に取り組むべく、行政と連携の結果、C病院にてHIVについての勉強会を開催することが決まった。
C病院での勉強会は、当施設医師(施設長)、看護師2名、相談員が参加。主治医からの講演・病棟スタッフとのカンファレンス・本人との面会にて、HIV患者への対応方法やA氏個人のパーソナリティについて知ることができた。
その後、参加した看護師により施設内スタッフへ数回に分けた研修を実施。C病院からの配布資料も共有し、HIVへの理解を多職種で深めた。

(2)性的マイノリティへの意識
相談受付当初は、A氏のパーソナリティについて「同性愛者」というのみの情報であったため、入院中の他患者・スタッフとの接し方や、多床室利用について確認した。
C病院では男性4人床を利用。実際にC病院で本人と面会を行った際の会話内容や昔の写真から、A氏の性自認も男性であると推察された。また、C病院MSWからの話では、同室者の男性に対し強く関心を持つこともなく、スタッフに対しても、男性女性いずれのスタッフの介入も拒否なく受け入れていることが分かった。
それを受け、当施設内でも相談し、A氏のパーソナリティについては過度な配慮はせず、他の男性利用者と同様に対応する方針となった。

(3)入所後の受診、抗HIV薬の継続にかかるコスト
入所中の受診、薬剤処方となるため、コスト面についても検討。受診頻度、薬価について確認を行った。
*受診頻度
入所直後は1か月後の受診、以降は3か月毎の受診で問題なし。毎度受診時には、採血を実施。
*薬価
抗HIV薬2剤で約9000円/日。
⇒受診・採血費用については当施設負担だが、抗HIV薬の薬価については、他科受診として算定可能であることが分かる。受診・採血費用がかかるため、施設長へ相談。他施設に入所できる可能性が限りなく低いことを鑑み、費用負担はあるものの、前向きに受入を進める意向あり。

(4)状態悪化時の対応
C病院の医師・看護師・MSWへ状態悪化時について相談。入所中は当施設内で採血を行わないことを病院・施設間の共通認識とした。また、当施設内での対応が困難な場合には、C病院にて早期の入院受入を行うとのお話を頂き、入所後も引き続き連携が取れる関係を築いた。

【結果】
上記の結果、HIV患者全般への対応やA氏個人のパーソナリティを当施設内で共有することができた。C病院との連携により良好な関係が築けたことも、A氏の入所後のケアに対するスタッフの不安感を大きく変えるきっかけとなった。また、コスト面では、受診・採血のために当施設の負担はゼロではないものの、薬剤費用の負担が抑えられることも分かり、多職種で統一された認識のもと、HIV患者の前向きな入所受入に繋げることができた。
実際にA氏は当施設へ入所した後、COVID-19に罹患。施設内で治療を行ったが、肺炎を併発しC病院へ一時入院となっている。その際の入院受入が大変迅速であり、病院・施設間の連携の重要性を再認識した。
そして、2024年6月、当施設では新たに2例目となるHIV患者の入所受入を行うまでに至った。

【考察】
今回、HIV患者の入所受入という初の試みを行う中で、「HIV患者に接する」という漠然とした不安が施設全体にあることが明らかになった。しかし、その不安感は正しい知識と他医療機関との連携により、改められることが分かった。同時に、世間のHIV患者に対する偏見は未だ根深く、医療者・介護者の認識から徐々に変えていく必要性も感じた。ボーダレス化しつつある社会で分け隔てない医療・介護を提供することを想像すると、HIV患者の介護施設での受入は必然的である。相談員として、共生社会の実現に向け、きめ細やかな調整に今後も努めていきたいと考える。