講演情報

[15-O-Z002-03]はじめよう腰活(こしかつ)

*中島 美穂1、田中 万里子1、増田 浩則2、牧野 裕之1、冨田 奈美1、渡辺 陽子1 (1. 静岡県 介護老人保健施設フォレスタ藤枝、2. 医療法人社団凜和会藤枝駿府病院)
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令和3年度と4年度に数名の腰痛被災労働者が発生したため労働安全衛生委員会が中心となり、法人一丸で取り組んだ腰痛対策を報告する。移乗介助用福祉用具の選定、少人数での研修、車椅子と移乗介助用福祉用具の組み合わせの表示、利用者とともに行うラジオ体操、キャッチコピーの公募等で令和5年度は腰痛被災労働者がゼロであった。多職種が一同に腰痛対策に取り組んだ相乗効果と法人全体で取り組むという風土づくりができた。
【はじめに】
介護事業における労働災害は「動作の反動・無理な動作」による腰痛などが最も多く、介助作業で発生したものが8割以上、休業1か月以上となる者は4割1)と報告されている。当法人は介護老人保険施設、デイケア、訪問看護、訪問介護、訪問リハビリを運営している。令和3年度に介護福祉士1名、理学療法士1名。令和4年度に介護福祉士3名が腰痛の被災労働者であった。その職員の休業期間は5~14日であった。移乗介助用福祉用具のスライディングボード(以下、ボード)、スライディングシート(以下、シート)の使用はほとんどない状況であった。
そこで、労働安全衛生委員会が中心となり、法人が一丸となり腰痛対策に取り組み、令和5年度の腰痛被災労働者はゼロの効果が見られたので報告する。
【方法】
対象は、令和5年4月から令和6年4月に在籍する職員(非正社員を含む113~118名)。年齢、職種などによる基本情報以外に、腰痛の程度を10段階で評価するNRS(Numerical Rating Scale)2)を含む8項目で構成した質問紙を作成し調査した3)4)。回収した質問紙は、単純集計を行い、腰痛有無と年齢、性別、職種、雇用形態、夜勤有無などクロス集計を行った。次に、8種類のボードと2種類のシート、床走行式リフトの使用方法を動画で視聴し、その後に講習会を行った。講習会は、理学療法士から労働安全衛生委員の介護職員、リハビリ職員らに伝達し、各々の職員が委員から伝達講習を受ける体制にした。また、ボードの種類によっては使用できる車椅子が限定するため、より適切に使用できるように車椅子の種別とボードの組み合わせを写真で掲示した。さらに腰痛対策に関心を持ってもらおうと、腰痛対策キャッチフレーズを全職員から公募し、ポスターを掲示した。個々への身体的アプローチとして始業開始時に全館ラジオ体操を放送し実施した。部署ごとに実施時間を変更しても、全部署で1回/日は実施することにした。
【結果】
今回の取組前後の質問紙では腰痛有りと回答した全職員は83%と84%で変化はなかった。腰痛重度11%が10%でほとんど差がなく、腰痛中等度48%が34%となり14%減少、腰痛軽度が41%から57%に増加した。NRS平均値は取り組み前3.31±2.26から取組後3.05±2.24にわずかに軽減した。
職種を介護職員に着目すると、腰痛なし又は腰痛軽度の職員は、取組前36%が取組後に58%、腰痛中等度が49%から33%、腰痛重度が15%~9%となり腰痛中等度から腰痛軽度に大きく変化した。(図1)
NRS平均値は、4.0±2.35から3.3±2.14に軽減した。
動画視聴後に介護職員から「自身で体験しないと使用方法がわからない」等の意見が聞かれ、ボード、シートと床走行式リフトの使用が進まなかった。そのため、ボードとシートを主に、3~4名の少人数で、約20分間の講習会を複数回行った。
また、介護職員からは「車椅子の種類別にボードの組み合わせの写真で、選定しやすくなった。」「腰への負担が軽減した」。利用者からは「以前より安心して移乗できる」と双方から良い結果が得られた。少人数制で講習会を行ったことは介護職員個々にあった指導ができ、正しいポジションで移乗ができるようになった。また、介護職員からは利用者に適し、なおかつ介護職員が楽に移乗できる方法の相談が増えた。リフト購入には至らなかったがボードとシート数が増え管理方法も確立できた。
腰痛予防のストレッチ、体操の紹介は多くなされているなか、ラジオ体操の導入に至ったのは、体操を習慣化するために業務時間内に全職員、利用者とともにでき、座位でも実施可能で、なじみ深いところから選択した。利用者の参加が多く、朝の覚醒が良くなっている。職員には習慣化され、腰だけでなく肩こりなどの他の部位の疼痛緩和に効果がでていると高評価を得ている。
【考察】
施設全体のNRS中等度の痛みが14%減少し、介護職員に至っては、腰痛のない職員を含め軽症の腰痛者が22%増加し、半分以上が腰痛なしから軽症腰痛者になったことは、今回の取組が腰痛対策につながったと言える。
ボードやシートなどの福祉用具が導入されていても使用率は、ボード32.6%、シート31.2%であったとの報告5)があり、当施設においても対策前はほとんどの介護職員が使用できていなかった。しかし、現在ボード使用率は、76%の職員が使用している。眼で確認できる移乗介助用福祉用具と車椅子の組み合わせの掲示が有効であった。シートの使用率は56%であった。今後、使用率を高めていきたい。ボードの使用には対象者の身体機能の評価が必要で、コツがあることから介護職員個々が正しい移乗介助用福祉用具の使用方法を習得する機会を多くしていく必要性を感じた。
今後、ノーリフティングケアの必要性の理解を進め、労働安全の観点から腰痛予防対策の継続や教育、腰痛がなくならなくとも悪化することなく働き続けられる職場環境の構築が課題である。
また、ラジオ体操を利用者と当法人の多職種が一同で行ったことによる相乗効果と法人全体の取組という風土づくりができ、効果が大きかったと考える。
【参考・引用文献】
1)令和元年労働者死傷病報告
2)日本整形外科学会他:腰痛診療ガイドライン2019 改定第2版,株式会社 南江堂,2019;81-83
3)樋口由美子:予防と産業の理学療法,株式会社 南江堂,2020;302-303
4)高知県地域福祉部地域福祉政策課:腰痛予防のためのノーリフティングの手引書,付録2
5)労働安全衛生総合研究所:介護者の腰痛予防を目指してー福祉用具の使用状況に関する調査―,2017年