講演情報
[15-O-A012-02]希望を持って暮らせるために職員ができること質の高い認知症ケアの考察
*渋谷 祐輔1、熊谷 優吾1、鎌田 信也1、渋谷 光代1、本多 ひとみ1 (1. 宮城県 介護老人保健施設コジーケアホーム)
新しい認知症の政策が施行され、これからは認知症高齢者に対するケアの質が問われてくることが考えられる。質の高いケアを探るため、介護職員に対して質問紙調査とパーソン・センタード・ケアの実施をして認知症ケアの理解状況を考察した。認知症高齢者への理解不足が不適切な対応に繋がり、十分なケアができていない現状があった。介護職員は認知症高齢者の症状を理解していることが質の高いケアに繋がると考える。
【はじめに】
令和元年6月に「認知症施策推進大綱」がとりまとめられ、令和6年1月から「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行された。これらは認知症になっても尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができる社会の実現を目指している。そして、認知症施策推進大綱において「介護従事者の認知症対応力向上の推進」が掲げられている。このことから、高齢者施設における認知症高齢者に対するケアの質が問われてくることが考えられる。
認知症の対応は介護者のストレスの原因の1つとして挙げられている。その背景には「認知症高齢者の理解不足」が指摘されており、不適切な対応をして十分なケアができていない現状がある。それが認知症の行動心理症状の誘発に繋がっていく。認知症高齢者に対するケアは認知症の症状を理解することが必要である。
そこで、当施設の介護職員を対象に、認知症ケアの理解状況を明らかにして、質の高いケアを実施するためには介護職員として何が出来るかを考察した。
【方法】
1.質問紙調査の実施
「職員の認知症ケアの理解の現状」について標本抽出した20名の職員を対象に質問紙調査を取り組み前に実施した。対象の職員に質問紙を配布して3段階評価で当てはまるものにチェックをしてもらった。この回答率は72%であった。尚、年齢・経験年数・資格などは考慮していない。
2.パーソン・センタード・ケアの実施
質の高いケアを考えるにあたり、認知症の基本的なケアであるパーソン・センタード・ケアの実施を通して職員の認知症ケアの理解を図ることにした。パーソン・センタード・ケアとは日本語に訳せば「その人中心のケア」であり、その人の立場に立ったケアを行うことである。今回は利用者様の分析を可視化するにあたり、ひもときシートを活用した。各フロアから1名ずつ、計2名の利用者様を選出して約20日間実施した。実施内容として、対象の利用者様の情報収集をしてニーズを把握し、利用者様が困っている課題を解決する支援を考え、その支援を実施して評価を行った。取り組み実施後に無作為抽出した10名の職員に聞き取り調査を実施して、取り組んで感じたことを聞き取りした。
【結果】
1.質問紙調査の結果
「認知症の対応について勉強したことがある」と答えたのは76%であった。また、「認知症のケア技法を知っている」と答えたのは30%、「対応に自信がある」「対応が出来ている」と答えたのは15%であった。
2.パーソン・センタード・ケアの実施結果
聞き取りをした職員から「認知症の方への対応は症状を理解し、その人に合った対応を考え実施していくことが大切だと感じた」「症状が起こる理由を理解することができて対応がしやすいと感じた」「意思表示の難しい方でも本人の意思を汲み取っていくことが大事だ」という意見が聞かれた。しかし、利用者様に対して「理解できていない気がする」「認知症があるから理解してもらうのが難しい」という否定的な意見もあった。
【考察】
質問紙に回答した職員のうち「認知症の対応について勉強したことがある」と答えたのは76%だったが、「対応に自信がある」「対応が出来ている」と答えたのは15%に留まり大きな差があった。認知症ケアは簡単にはいかないケアであるため多くの職員は理解することに難しさを感じていた。今までは対応が分からないと思いながらも経験からケアを行っていたが、取り組みを通して根拠に基づく認知症ケアについて理解を得た職員もいた。
今回パーソン・センタード・ケアの対象にした利用者様は、「見当識と短期記憶の低下」「中核症状の失語や実行機能障害などの影響」という認知症の基本的な症状が原因として起こる行動心理症状であることが紐解けた。実施前はそれに気づくことが出来なかった。短い期間の取り組みであったものの、それぞれの利用者様に対して考えた支援は継続して対応しており、ケアプランにも盛り込まれるようになった。
一方で、良い変化が見られているのにも関わらず否定的な見方をする職員もおり、レッテルは質の高いケアを行う上で阻害要因となり得ることが考えられる。認知症専門医の長谷川和夫氏は、認知症の本質は「暮らしの障害」であると話している。周囲の接し方次第で障害の程度は軽減できる。そのためには、知識や技術を知っていれば認知症高齢者にとっての生きやすさは違ってくる。その人を理解し、生活の障害となっていることをサポートすることで認知症高齢者の生活が楽になるだけでなく、介護者自身も支援の負担が軽減される。この取り組みで利用者様は安心して過ごせるようになり、職員からも「対応がしやすい」との声があり、両者の負担の軽減に繋がっていった。
【結論】
認知症高齢者に対する質の高いケアを行うには、介護職員は認知症高齢者の症状を理解していることが前提であると考える。当たり前のことと思うかもしれないが、それが実施出来ていない現状があった。
今回少ないサンプル数ではあるが、利用者様にも職員にも良い変化があったのではないかと考える。しかし、考え方が変わらなかった職員もいたため課題は残った。この取り組みを継続して実践を重ねることで職員の自信に繋がることが予測出来き、課題の解消にも繋がることが考えられる。今回で終わりとせず、パーソン・センタード・ケアの考え方を認知症の行動心理症状に直面した際に一人ひとりの職員が考え実践し活かしていけるような一助としたい。
【参考文献】
「認知症施策推進大綱」厚生労働省
小野寺敦志(2005)「認知症高齢者に対する生活支援の試み」日本大学大学院総合社会情報研究科紀要
「ひもときネット」認知症介護研究・研修センター
鈴木みずえ監(2017)「認知症の看護・介護の役立つ よくわかるパーソン・センタード・ケア」池田書店
長谷川和夫・猪熊律子著(2019)「ボクはやっと認知症のことがわかった」KADOKAWA
令和元年6月に「認知症施策推進大綱」がとりまとめられ、令和6年1月から「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行された。これらは認知症になっても尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができる社会の実現を目指している。そして、認知症施策推進大綱において「介護従事者の認知症対応力向上の推進」が掲げられている。このことから、高齢者施設における認知症高齢者に対するケアの質が問われてくることが考えられる。
認知症の対応は介護者のストレスの原因の1つとして挙げられている。その背景には「認知症高齢者の理解不足」が指摘されており、不適切な対応をして十分なケアができていない現状がある。それが認知症の行動心理症状の誘発に繋がっていく。認知症高齢者に対するケアは認知症の症状を理解することが必要である。
そこで、当施設の介護職員を対象に、認知症ケアの理解状況を明らかにして、質の高いケアを実施するためには介護職員として何が出来るかを考察した。
【方法】
1.質問紙調査の実施
「職員の認知症ケアの理解の現状」について標本抽出した20名の職員を対象に質問紙調査を取り組み前に実施した。対象の職員に質問紙を配布して3段階評価で当てはまるものにチェックをしてもらった。この回答率は72%であった。尚、年齢・経験年数・資格などは考慮していない。
2.パーソン・センタード・ケアの実施
質の高いケアを考えるにあたり、認知症の基本的なケアであるパーソン・センタード・ケアの実施を通して職員の認知症ケアの理解を図ることにした。パーソン・センタード・ケアとは日本語に訳せば「その人中心のケア」であり、その人の立場に立ったケアを行うことである。今回は利用者様の分析を可視化するにあたり、ひもときシートを活用した。各フロアから1名ずつ、計2名の利用者様を選出して約20日間実施した。実施内容として、対象の利用者様の情報収集をしてニーズを把握し、利用者様が困っている課題を解決する支援を考え、その支援を実施して評価を行った。取り組み実施後に無作為抽出した10名の職員に聞き取り調査を実施して、取り組んで感じたことを聞き取りした。
【結果】
1.質問紙調査の結果
「認知症の対応について勉強したことがある」と答えたのは76%であった。また、「認知症のケア技法を知っている」と答えたのは30%、「対応に自信がある」「対応が出来ている」と答えたのは15%であった。
2.パーソン・センタード・ケアの実施結果
聞き取りをした職員から「認知症の方への対応は症状を理解し、その人に合った対応を考え実施していくことが大切だと感じた」「症状が起こる理由を理解することができて対応がしやすいと感じた」「意思表示の難しい方でも本人の意思を汲み取っていくことが大事だ」という意見が聞かれた。しかし、利用者様に対して「理解できていない気がする」「認知症があるから理解してもらうのが難しい」という否定的な意見もあった。
【考察】
質問紙に回答した職員のうち「認知症の対応について勉強したことがある」と答えたのは76%だったが、「対応に自信がある」「対応が出来ている」と答えたのは15%に留まり大きな差があった。認知症ケアは簡単にはいかないケアであるため多くの職員は理解することに難しさを感じていた。今までは対応が分からないと思いながらも経験からケアを行っていたが、取り組みを通して根拠に基づく認知症ケアについて理解を得た職員もいた。
今回パーソン・センタード・ケアの対象にした利用者様は、「見当識と短期記憶の低下」「中核症状の失語や実行機能障害などの影響」という認知症の基本的な症状が原因として起こる行動心理症状であることが紐解けた。実施前はそれに気づくことが出来なかった。短い期間の取り組みであったものの、それぞれの利用者様に対して考えた支援は継続して対応しており、ケアプランにも盛り込まれるようになった。
一方で、良い変化が見られているのにも関わらず否定的な見方をする職員もおり、レッテルは質の高いケアを行う上で阻害要因となり得ることが考えられる。認知症専門医の長谷川和夫氏は、認知症の本質は「暮らしの障害」であると話している。周囲の接し方次第で障害の程度は軽減できる。そのためには、知識や技術を知っていれば認知症高齢者にとっての生きやすさは違ってくる。その人を理解し、生活の障害となっていることをサポートすることで認知症高齢者の生活が楽になるだけでなく、介護者自身も支援の負担が軽減される。この取り組みで利用者様は安心して過ごせるようになり、職員からも「対応がしやすい」との声があり、両者の負担の軽減に繋がっていった。
【結論】
認知症高齢者に対する質の高いケアを行うには、介護職員は認知症高齢者の症状を理解していることが前提であると考える。当たり前のことと思うかもしれないが、それが実施出来ていない現状があった。
今回少ないサンプル数ではあるが、利用者様にも職員にも良い変化があったのではないかと考える。しかし、考え方が変わらなかった職員もいたため課題は残った。この取り組みを継続して実践を重ねることで職員の自信に繋がることが予測出来き、課題の解消にも繋がることが考えられる。今回で終わりとせず、パーソン・センタード・ケアの考え方を認知症の行動心理症状に直面した際に一人ひとりの職員が考え実践し活かしていけるような一助としたい。
【参考文献】
「認知症施策推進大綱」厚生労働省
小野寺敦志(2005)「認知症高齢者に対する生活支援の試み」日本大学大学院総合社会情報研究科紀要
「ひもときネット」認知症介護研究・研修センター
鈴木みずえ監(2017)「認知症の看護・介護の役立つ よくわかるパーソン・センタード・ケア」池田書店
長谷川和夫・猪熊律子著(2019)「ボクはやっと認知症のことがわかった」KADOKAWA