講演情報

[15-O-A013-07]看取りに際しての意思決定支援

*久保坂 美保1 (1. 愛知県 老人保健施設愛泉館)
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高齢者の増加と家庭環境の変化から施設内での看取りは増加傾向にあり、本人の意思決定を支援するACPの取り組みが必要となっている。今回、最期まで意思を持ち続ける本人の思いと、「亡くなってから湯灌するぐらいなら、今生きているうちに温かいお風呂に入れてあげたい」という死の直前まで本人の意思を尊重する家族の望みを、多職種連携により実現できたケースを報告する。
【はじめに】 
 高齢者の増加と家庭環境の変化から施設内での看取りは増加傾向にあり、本人の意思決定を確認するACPの取り組みが必要となっている。今回、本人が自分の意思を最期まで持ち、本人の望むケアが実現できたケースを報告する。
【事例紹介】 
 A氏 89歳 女性 幼少期から脳性麻痺で構音障害、歩行障害あり。円背。4mm大の盲腸腫瘍あり。進行がんの可能性あるが手術の希望はなく当施設入所前から保存的加療を選択していた。結婚歴はなく実子なし。もともとは姪の家族と暮らしていたが、発熱しB病院にて入院加療後、姪がキーパーソンとなり当施設へ入所となる。
【ケアの実際】 
 BMI:15.1と入所時から低体重であり、家族は食事摂取量が増えること、元気になって自宅に帰ってくることを望まれた。食事摂取量を増やすため、食事介助、栄養補助食品の導入、車いすのシーティング、配膳のセッティング、食事席の配慮など試みた。少しずつ関係性も築け、一時は表情も穏やかになり笑顔が増えたものの、栄養状態に大きな改善は見られないまま、入所から3か月後、更に食欲低下が進んだ。 
 しだいに血便が出現しリクシアナ内服を中止。左側腹部痛あり、痛み止めを勧めるが「いらない」と拒否された。「何もしないでほしい」「私にかまわないで」と入浴も拒否されるようになった。水分摂取も本人が希望するわずかな量しか摂取できず、脱水傾向となり排尿も減少。姪に連絡し状態を報告するが、死への受け入れができておらず「もっとちゃんと食べて」と差し入れが増えていった。 
 亡くなる3日前、状況を説明すると「“無理やり”でも食べさせてほしい」と言われたが、対話を重ねる中で徐々に自然で穏やかなお別れに対する理解も得ていった。 
 2日前、血圧低下していくが、本人の意識ははっきりしていた。姪より「もうすぐ誕生日なのでケ-キを食べさせたい」と希望あり。本人ははっきり受け答えされ、「いらない」と言いながら生クリ-ム3口食べる。 
 1日前、頸動脈でやっと触れる脈であったが、本人は「トイレに行きたい」と繰り返し希望された。同時に姪は「本人の兄弟に会わせたい」と希望していた。万が一を考え、「先に、会わせたい人に会っていただくよう」伝え、兄弟たちとの面会を果たし喜ばれた。その後、家族同意のもと、準備したポータブルトイレに座ったところ意識レベル低下。トイレは中止し臥床すると意識は回復する。 
 亡くなる当日、付き添っていた姪より「最期にお風呂に入れてあげたい、本人も入りたがっている」と言われる。小柄なA氏は、ひときわ冷え性で温かい風呂が好きだった。通常であれば入浴できるような状態ではなかったが、姪の「死んでから湯灌するぐらいだったら、今、生きているうちに温かいお風呂に入れてあげたい。そのまま逝けたら本望です」の言葉に最期の入浴を決断した。残された時間はわずかであったため、すぐに付き添っていた家族全員の同意を得て、11時20分、家族が付き添う中で温かいお風呂に入ることができた。その後、居室に戻り、12:00家族に看取られながら静かに呼吸が止まる。
【考察】 
 「高齢者の終末期では、家族の意向が優先される傾向にあり、よりよい支援になるよう看護師はアセスメントしたことを家族に伝え話し合うことが重要」1)といわれているように今回の人生最期の入浴は、前日トイレで意識レベルが低下したことを踏まえ、リスクについて事前に家族に説明した上で、実現したケアとなった。また、最後までトイレに行きたい意思をもったA氏の気持ちに、会わせたい人がいるという家族の気持ちも知ったうえで、ポータブルトイレに座るというケアに至ることができ、本人の意思決定に沿うことができた。 
 入浴介助時、頭を上げられない状況と早めの入浴介助が必要な場面において「看護師のみならず介護職やスタッフの緩和ケアの知識と技術の向上が求められる」2)が、介護スタッフは下顎呼吸が出現している状態を観察し、寝浴を手早く行える技術を持っていた。また、入浴を計画してから入浴するまでの時間も、午後まで呼吸がもたないであろうと看護師が判断し、支援相談員から家族への説明をするなど、多職種での連携も図れた。 
 「終末期ケアは、地域や施設の多職種連携が試されるケア。」3)と言われているようにスタッフ皆が同じ方向を向いて利用者の望みを叶えたいという気持ちや、どう動いたらよいかを考えることができた結果と言える。 
 亡くなる3日前の「無理やりたべさせてほしい」という姪の言葉は、毎日A氏をみているスタッフとしてはA氏の気持ちを受け入れられない家族として目に映ったが、家族も「患者の死を避けられないものとして認めざるを得ず、悲しみや不安や葛藤を感じる」4)がゆえの言動であったと考える。
【おわりに】 
 今回は利用者自身に最期まで意思表示ができたケースであったが、認知症を患っており自己決定がしにくい利用者が多くなっている中で、ますますACPの重要性を感じた。シシリー・ソンダースが「人がいかに死ぬかということは、残される家族の記憶の中にとどまり続ける。最後の数時間に起こったことが残される家族の心の癒しにも、悲嘆の回復の妨げにもなる」と言っているように今回、家族にとって心の癒しになったと考えたい。
<引用文献>1) 園田芳美、石垣和子:明確な意思表示のできない終末期高齢者と家族のターミナルケアにおける意思決定に関する訪問看護支援、老年看護学Vol13 No2,2009,P722) 森一恵、杉本知子:高齢がん患者の終末期に関する意思決定支援の実際と課題、岩手県立大学看護学部紀要14:21-32,20123) 島田千穂、高橋龍太郎:高齢者終末期における多職種間の連携、日老医誌2011;48:221-2264) 柴田純子、佐藤まゆみ他:日本における終末期がん患者を抱える家族員の体験、千葉看護学会会誌、16(2)、19-26,2011