講演情報
[15-O-A015-06]当施設における「ノーリフトケア」普及への取り組み福祉用具の導入で得られた腰痛症状の改善と意識の変化
*今大路 直嗣1 (1. 福岡県 介護老人保健施設ヴィラくしはら)
当施設ではノーリフトケアの普及が不十分であり、介護業務で生じた腰痛を原因に職員が休職を余儀なくされる事案が発生した。職員の負担軽減を目的に普及活動を実施し、一定の成果を得た為報告する。腰痛の実態把握と意識調査を実施し、福祉用具を導入。他職種間で連携し活用を促した結果、腰痛症状の改善と意識の変化が得られた。腰痛の改善、ケアの質の向上といった成功体験の積み重ねが、ノーリフトケアの浸透に繋がると考える。
【はじめに】
わが国では、人力での抱え上げを行わない「ノーリフトケア」を推進し、福祉用具・機器(以下、福祉用具)の活用、介護ロボットの導入を支援している。当施設でもリフトや介助グローブを整備しているが積極的な活用には至っておらず、未だ人力でのケアが主流であった。「ノーリフトケア」の普及が進まないなか、新人職員が介護業務を原因に腰痛を発症し、休職を余儀なくされる事案が発生した。
職員の負担軽減を目的に、腰痛の実態把握と福祉用具に対する意識調査を実施。移乗介助に着目しスライディングボード(以下、ボード)を導入。他職種間で連携して普及活動を行い、再度アンケート調査を実施した。その結果、職員の腰痛症状の改善と福祉用具に対する意識の変化が得られた為ここに報告する。
【対象】
当施設に勤務する看介護職員 19名
【方法】
実施期間 2023年12月19日~2024年6月17日
福祉用具導入の前後に分けてアンケートを実施。導入前アンケートの項目として、腰痛を感じる介護業務(複数回答)、現在の腰痛の有無・程度(NRSによる11段階評価)、福祉用具への興味関心度(11段階の選択式)・整備された福祉用具を活用できていない理由について。
アンケートの実施後、福祉用具としてボードを導入。普及活動としてポスター掲示・個々人への教育介入・実技講習を実施し、約5ヶ月間ボードの活用を促した。
その後、導入後アンケートとして、ボードの使用感や活用頻度、腰痛症状・興味関心度の変化、今後新たな福祉用具・介護ロボットを使用してみたいかを調査した。
【結果】
腰痛を感じる介護業務としては、11名が移乗介助を選択し最も多かった。次にオムツ交換が10名、入浴介助が7名と続いた。腰痛の有無については、導入前に腰痛があると答えた職員は19名中12名でNRSは平均4.9。導入後は11名となり著変なかったものの、NRSは平均2.6と軽減みられている。腰痛症状においては、移乗介助を挙げた11名の職員のうち、ボード導入後2名が改善、7名が少々改善、2名が変わらなかったと回答。増悪がみられた者はいなかった。
福祉用具への興味関心度は、導入前の調査の時点で11段階中平均7.6であった。これまで福祉用具の積極的な活用に至っていなかった理由としては、人力で介助を行った方が早いとの回答が最も多かった。次点で使い方が分からない、設置場所が離れており準備に時間がかかるといった理由が続いた。また、存在自体を把握していなかった職員も数名いた。ボードの活用頻度としては、11名が10回以上使用。5名が10回に満たず、使用機会がなかった者を含め3名が未使用と回答した。
ボードの導入・活用を経て、福祉用具への興味関心度の平均値は11段階中8.8に上昇。今後新たな福祉用具や介護ロボットを使用してみたいかとの問いに、19名中18名の職員から「使ってみたい」との回答が得られた。
【考察】
福祉用具への興味関心度は、導入前の調査時点で高値を示しており、介護業務の負担軽減を期待する職員の関心の高さが伺えた。それにも関わらず、既存の設備の活用に至らず「ノーリフトケア」を実践できていない要因として、使用に関する不安や知識の不足、設置環境等の問題が考えられた。今回普及の為、ポスター掲示や使用に不安のある職員への個人的な教育介入、ボディメカニクスの理論を含めたボードの実技講習を実施。活用を促したことで、半数以上の職員がボードを頻回に使用している。福祉用具に対する苦手意識が幾分か軽減され、使用率の向上に繋がった結果であると考える。看介護の職員間からも、新人職員への指導や環境整備・対象とする利用者の検討等に積極的な介入と協力を得られた。
それに付随して、移乗介助時の腰痛症状に改善がみられている。ボードを積極的に活用し習練を重ねたことで技術面の向上が得られ、腰部に負担の少ない円滑な介助が可能となったことが要因であると考える。
ボードの使用感としては、腰に負担なくスムーズな移乗が行えたとの意見が多数あった。また、使用対象者に看取り期で皮膚状態が悪く、移乗時に負担がかかり腋窩の皮下出血を繰り返す利用者がいた。ボードの特性上、無理に抱え上げない移乗介助が可能となり、皮膚損傷を起こすことなく穏やかに過ごしていただくことができたとの意見もみられた。職員のみならず利用者の負担軽減も見える化できたことが、興味関心度の向上と今後新たな機器の導入に前向きとなった要因であると考え、当施設にとっても大きな前進であったと思える。
「ノーリフトケア」の先進であるオーストラリアのビクトリア州では、ノーリフトの導入で労災申請数を低減させる成果を挙げ、現在ではオーストラリア全土に取り組みが広がっている。利用者の自立度を高める為、自発的な行動を促す言葉掛けを行うことやマニュアルとは別に福祉用具の使用方法の周知を写真やイラストで解説し、職員全員にわかりやすく伝えることなど様々な工夫がなされている。今後当施設においても、導入に成功したモデルの取り組みや工夫を取り入れ、実践していくことがノーリフト普及の為の大きな課題であると考える。リハビリ職が率先して福祉用具を活用し、普及活動を続けることで、更なる使用率の向上に繋がると考える。
【さいごに】
介護職者の離職や休職、人材不足が社会問題とされる現代において、ノーリフトの普及による生産性の向上は必要不可欠である。腰痛予防やその改善、さらにケアの質の向上の実感といった成功体験を積み重ねることで、「ノーリフトケア」の更なる浸透に繋がると考える。
職員一人ひとりが意識し、安全で安楽なケアを提供できる施設を目指して、今後も活動を続けていきたい。
わが国では、人力での抱え上げを行わない「ノーリフトケア」を推進し、福祉用具・機器(以下、福祉用具)の活用、介護ロボットの導入を支援している。当施設でもリフトや介助グローブを整備しているが積極的な活用には至っておらず、未だ人力でのケアが主流であった。「ノーリフトケア」の普及が進まないなか、新人職員が介護業務を原因に腰痛を発症し、休職を余儀なくされる事案が発生した。
職員の負担軽減を目的に、腰痛の実態把握と福祉用具に対する意識調査を実施。移乗介助に着目しスライディングボード(以下、ボード)を導入。他職種間で連携して普及活動を行い、再度アンケート調査を実施した。その結果、職員の腰痛症状の改善と福祉用具に対する意識の変化が得られた為ここに報告する。
【対象】
当施設に勤務する看介護職員 19名
【方法】
実施期間 2023年12月19日~2024年6月17日
福祉用具導入の前後に分けてアンケートを実施。導入前アンケートの項目として、腰痛を感じる介護業務(複数回答)、現在の腰痛の有無・程度(NRSによる11段階評価)、福祉用具への興味関心度(11段階の選択式)・整備された福祉用具を活用できていない理由について。
アンケートの実施後、福祉用具としてボードを導入。普及活動としてポスター掲示・個々人への教育介入・実技講習を実施し、約5ヶ月間ボードの活用を促した。
その後、導入後アンケートとして、ボードの使用感や活用頻度、腰痛症状・興味関心度の変化、今後新たな福祉用具・介護ロボットを使用してみたいかを調査した。
【結果】
腰痛を感じる介護業務としては、11名が移乗介助を選択し最も多かった。次にオムツ交換が10名、入浴介助が7名と続いた。腰痛の有無については、導入前に腰痛があると答えた職員は19名中12名でNRSは平均4.9。導入後は11名となり著変なかったものの、NRSは平均2.6と軽減みられている。腰痛症状においては、移乗介助を挙げた11名の職員のうち、ボード導入後2名が改善、7名が少々改善、2名が変わらなかったと回答。増悪がみられた者はいなかった。
福祉用具への興味関心度は、導入前の調査の時点で11段階中平均7.6であった。これまで福祉用具の積極的な活用に至っていなかった理由としては、人力で介助を行った方が早いとの回答が最も多かった。次点で使い方が分からない、設置場所が離れており準備に時間がかかるといった理由が続いた。また、存在自体を把握していなかった職員も数名いた。ボードの活用頻度としては、11名が10回以上使用。5名が10回に満たず、使用機会がなかった者を含め3名が未使用と回答した。
ボードの導入・活用を経て、福祉用具への興味関心度の平均値は11段階中8.8に上昇。今後新たな福祉用具や介護ロボットを使用してみたいかとの問いに、19名中18名の職員から「使ってみたい」との回答が得られた。
【考察】
福祉用具への興味関心度は、導入前の調査時点で高値を示しており、介護業務の負担軽減を期待する職員の関心の高さが伺えた。それにも関わらず、既存の設備の活用に至らず「ノーリフトケア」を実践できていない要因として、使用に関する不安や知識の不足、設置環境等の問題が考えられた。今回普及の為、ポスター掲示や使用に不安のある職員への個人的な教育介入、ボディメカニクスの理論を含めたボードの実技講習を実施。活用を促したことで、半数以上の職員がボードを頻回に使用している。福祉用具に対する苦手意識が幾分か軽減され、使用率の向上に繋がった結果であると考える。看介護の職員間からも、新人職員への指導や環境整備・対象とする利用者の検討等に積極的な介入と協力を得られた。
それに付随して、移乗介助時の腰痛症状に改善がみられている。ボードを積極的に活用し習練を重ねたことで技術面の向上が得られ、腰部に負担の少ない円滑な介助が可能となったことが要因であると考える。
ボードの使用感としては、腰に負担なくスムーズな移乗が行えたとの意見が多数あった。また、使用対象者に看取り期で皮膚状態が悪く、移乗時に負担がかかり腋窩の皮下出血を繰り返す利用者がいた。ボードの特性上、無理に抱え上げない移乗介助が可能となり、皮膚損傷を起こすことなく穏やかに過ごしていただくことができたとの意見もみられた。職員のみならず利用者の負担軽減も見える化できたことが、興味関心度の向上と今後新たな機器の導入に前向きとなった要因であると考え、当施設にとっても大きな前進であったと思える。
「ノーリフトケア」の先進であるオーストラリアのビクトリア州では、ノーリフトの導入で労災申請数を低減させる成果を挙げ、現在ではオーストラリア全土に取り組みが広がっている。利用者の自立度を高める為、自発的な行動を促す言葉掛けを行うことやマニュアルとは別に福祉用具の使用方法の周知を写真やイラストで解説し、職員全員にわかりやすく伝えることなど様々な工夫がなされている。今後当施設においても、導入に成功したモデルの取り組みや工夫を取り入れ、実践していくことがノーリフト普及の為の大きな課題であると考える。リハビリ職が率先して福祉用具を活用し、普及活動を続けることで、更なる使用率の向上に繋がると考える。
【さいごに】
介護職者の離職や休職、人材不足が社会問題とされる現代において、ノーリフトの普及による生産性の向上は必要不可欠である。腰痛予防やその改善、さらにケアの質の向上の実感といった成功体験を積み重ねることで、「ノーリフトケア」の更なる浸透に繋がると考える。
職員一人ひとりが意識し、安全で安楽なケアを提供できる施設を目指して、今後も活動を続けていきたい。