講演情報
[15-O-A016-04]肺炎予防に向けて口腔環境を改善した取り組み
*石田 繁之1、守山 真弘1、有本 貴昌2、有本 明日香2、村山 恵1、伊藤 ひろみ1 (1. 兵庫県 兵庫医科大学ささやま老人保健施設、2. 有本歯科医院、3. 杉本歯科医院)
肺炎の発症を予防すべく、多職種で入所者の口腔環境改善に取り組んだ。歯科医師・歯科衛生士を含む多職種チームを運用し、施設職員への口腔ケアに対する技術指導、ケースカンファレンスでの課題検討等の取り組みを行った。共通のツールを用いた評価の導入や職員個々の口腔ケアに関する知識や技術が向上した結果、取り組み前後の期間を比較し肺炎を発症した入所者総数の減少という成果が得られたので報告する。
はじめに: 口腔ケアと肺炎の関係性を見ると、米山ら1)は、「口腔ケアは口腔内さらには咽頭部の細菌数を減少させ、ひいては唾液等に含まれる細菌数を減らし、発熱、肺炎の原因である細菌感染を予防することで、肺炎の発症を防げる可能性があることを示している。」 当施設では入所者に対し看護介護職員、言語聴覚士により日常的な口腔ケアを実施してきた。2018年より治療と口腔衛生の管理体制を整備し、入所者の状態に応じた口腔衛生の管理を計画的に実施している。歯科医師・歯科衛生士の限られた関わりを、看護介護職員の日々の口腔ケアでも質を落とすことなく提供出来るように、口腔ケアの重要性の理解・口腔ケア技術の向上に取り組んだ。その結果、入所者の肺炎発症者件数が減少したのでその過程を報告する。研究方法: 1)口腔機能改善に向けた取り組み前後の肺炎発症件数の推移 対象者:2012年4月~2023年3月老健入所者 2)口腔衛生評価表(以下、OAG)を用いての入所者の口腔機能の記録と評価 対象者:2021年1月~2021年12月のうち介入が必要と判断した入所者 3)口腔衛生管理加算のLIFEデータフィードバックによる問題点の比較 対象者:2023年5月10月~2024年1月老健入所者 4)肺炎発症者における個人因子分析 ア 障害高齢者日常生活自立度 イ R4システムアセスメント 5a嚥下機能、8a口腔ケア 対象者:2018年4月~2023年3月老健入所者で肺炎と診断された入所者 5)口腔機能改善に向けた実践内容 日常的に口腔ケアに関わる職員の口腔ケア技術の向上を目指し、歯科医師、歯科衛生士との連携方法を 検討した内容は以下の通りである。 ア 多職種の統一した評価を目的に、OAGを用い、対象者の口腔内の状況を共有した。 イ カンファレンスで事例を共有し、口腔内の環境や症状に合わせた口腔ケア方法の指導を行った。 ウ 口腔ケア基礎知識や安全な口腔ケア方法についての研修会を開催した。 エ 口腔ケアラウンドを月に1回実施し、対象者のケア場面で歯科衛生士が看護介護 職員に対して直接指導した。 オ 症状や状態に合わせた個別的口腔ケアを目指し、舌ブラシやワンタフトの導入など口腔ケア用品を 見直した。 カ 口腔ケア前後の業務調整や勤務者のスケジュール調整など、口腔ケアに時間を費やせる業務調整と 職員体制の見直しを行った。 キ 研修内容や物品の見直しを反映させた口腔ケアマニュアルへ更新した。結果: 1)肺炎発症者の推移:2012年~2023年の期間の肺炎発症者件数の推移は、取り組み前の2018年以前は年間で最小26件~最大46件であった。取り組み後の2019年は14件、2020年~2023年は年間最小2件~最大6件と減少した。(※肺炎発症者とは、所定疾患名で肺炎として治療を実施した入所者を示すため、すべてが誤嚥性肺炎の診断であるものではない) 2)口腔機能の評価:チェック対象者8名の、OAG 8項目合計点数を評価期間内で比較した。“変化なし”が25%、“ポイントが改善した”が75%であった。 3)口腔衛生管理加算(2024年1月登録分のLIFEフィードバックデータ)では、歯の汚れは100%から82%、義歯の汚れ50%から45%、舌苔は100%から86%と3項目については3か月前より改善した。口臭の項目のみ0%から10%へと悪化した。 4)肺炎発症者の個人因子:2018年~2023年の期間の肺炎発症者のうち、障害高齢者日常生活度はランクAが5件、ランクBが38件、ランクCが26件であった。R4アセスメント5a嚥下機能はステージ1(食べ物の嚥下を行っていない)が47%、ステージ2(固形物の嚥下は行っていないが嚥下食の嚥下は行っている)が25%で全体の約80%を占めた。8a口腔ケアの項目では、ステージ1(歯磨き全般的に介助が必要)が59%、ステージ2(セッティングしても自分で歯磨きができない)が22%で全体の約80%を占めた。考察 歯科医師・歯科衛生士が介入する前と後の肺炎発症件数は激減している。これは、歯科医師・歯科衛生士の直接的なケアの成果でもあるが、看護介護職員の口腔機能改善に対する知識や理解が深まり、ケアの技術が向上したものと推察される。口腔ケアを提供するチーム内でOAGを導入し共通言語を持てたことはケアの質の向上につながるも要因であり、多職種で情報共有が図れた事は入所者個々に対するケアが統一できた。取り組み当初は、他人の口を清掃する技術的困難さと入所者の協力が得られにくい状況がみられた。研修会を通して、安全で無理のない口腔ケアのあり方を学び、実践を積み重ねることで入所者の恐怖心を取り除き協力が得られるよう変化が見られた。こうした成功体験によって職員に余裕が生まれ取り組みを継続することが出来た、と考える。技術的な側面からは、歯茎の腫れや歯や舌の状態へのケア方法や義歯の取り扱いについて、歯科衛生士介入時のケア動画を共有することで手技の統一に役立った。また、介護職員が歯科医師から入所者の口腔環境の改善について、ポジティブフィードバックを得られたことは、口腔環境改善への更なる意欲向上に繋がった。肺炎発症者の個人因子分析では障害高齢者の日常生活自立度でランクCよりランクBが多い結果となった、これは口腔ケアによる口腔環境の改善だけでは肺炎の発症要望には限界があると推察され、嚥下訓練、食事や姿勢など口腔環境以外の肺炎発症リスクへの対応が必要である、と考える。まとめ歯科医師・歯科衛生士介入によるチーム発足により、入所者の口腔内環境の改善が図れ、肺炎発症者は減少した。衛生的な口腔環境を維持することは、肺炎の予防や口から食事することの楽しみを継続するだけでなく、コミュニケーションや社会活動への参加を楽しんで生活してもらえることの一部であることを理解し、今後も日々のケアの向上に努めていきたい。