講演情報
[15-O-L010-05]運動・認知の二重課題訓練がグループにもたらした効果
*北川 純平1、山中 康太1、田中 聖二1、柿本 香菜1、雫 裕子1、鈴木 芽衣1 (1. 高知県 介護老人保健施設ピアハウス高知)
当施設デイケアにて、日中の活動性向上や認知症予防・改善の観点から、一部利用者のグループ訓練として、運動・認知の二重課題訓練を行った。結果、対象者のうち、認知症未病者においては、認知評価項目の一部で処理速度の改善を有意に認めた。加えて、参加した利用者同士での社会的交流が増加し、利用に対する意欲向上に繋がる等、二重課題訓練およびグループ訓練の有用性が改めて示唆された。
【目的】
近年、運動課題と認知課題を同時に行うことが、認知症予防や改善に有効といった研究報告が散見される。特に軽度認知障害(以下:MCI)のある高齢者においては、国立長寿医療研究センターの「コグニサイズ」により、全般的な認知機能の低下が抑制され、記憶力・言語能力・全般的認知機能が向上し、更に、脳全体および海馬の萎縮の抑制がみられたという結果が報告されている。また、運動の中でも有酸素運動は、認知機能のうち注意機能や実行機能の改善の有効性が確認されているとの報告がある。
当施設リハビリテーション科には、リハビリ3職種に加え、音楽療法士も在籍し、日頃から介護スタッフと協働して、集団レクリエーションでのリズム体操や認知リハビリ等を実施しているが、これまで一定の検査や取り組みを通じて、認知症予防や改善に対する成果を確認したことは少なかった。今回、運動・認知の二重課題訓練を軸に、当施設で行ったグループ訓練を通じて得られた結果に考察を加え、報告する。
【方法】
当施設デイケア利用者5名(年齢平均81.8±13.8歳、男性3名・女性2名、アルツハイマー型認知症1名・脳血管性認知症1名・認知症未病者3名、要支援2~要介護4)に対し、ストレッチ・筋力訓練・有酸素運動と認知課題を組み合わせた二重課題訓練を実施した。対象者の選定においては、認知症の診断の有無や介護度の如何にかかわらず、認知症予防や改善に意欲があり、今回の取り組みに対して了承を得られた方とした。頻度は、対象者の利用日に合わせ週2回、1回当たり40分(ストレッチ・筋力訓練20分、二重課題訓練20分)、期間は3ヶ月間と設定した。尚、二重課題訓練においては、身体レベルや転倒リスクを考慮し、着座姿勢による足踏みや風船バレーといった有酸素運動を基本とし、それに計算や語想起等の認知課題を加えるようにした。更に、音楽療法士が課題時にリズム伴奏を行うことで、課題開始・終了の合図の明確化や課題速度の負荷調整を担うようにした。また、前後評価として、初回開始前と開始から3ヶ月後に、運動機能評価としてTimed Up&Go Test(以下:TUG)、5回椅子立ち座りテスト(以下:立ち座りテスト)、認知機能評価として、Mini Mental State Examination(以下:MMSE)、Trail Making Test日本版(以下:TMT-J)を行い、その差を比較した。統計処理は、介入前後の各評価項目に対して対応のあるt検定を行い、有意水準は5%未満とした。
【結果】
まず運動機能面においては、TUGおよび立ち座りテストにて、有意差は認められなかった(p>0.05)。しかし、TUGにおいて、初期評価時平均12.23secに対し、3ヶ月後の平均10.6secとなり、対象者5名ともに歩行速度はやや早まっていた。また、立ち座りテストでは初期評価時平均14.61secに対し、3ヶ月後の平均12.66secと数的変化を認め、加えて一部対象者には、立ち上がり時に肘置きを支えずに立てるようになる等の質的変化を認めた。
認知機能面においては、対象者5名のうち、認知症未病者3名のTMT-JのPart Aにおいて、有意に向上が認められた(p=0.02)。特に、3名のうち2名においては、開始時に異常値であった1名が境界域に、境界域であった1名が正常値にまで改善した。もう1名においては、90歳代であり年齢平均での成果比較は困難であったが、開始時113secであったのが、3ヶ月後95secと処理速度の向上を認めた。TMT-JのPart B、MMSEでは、認知症の診断の有無に関わらず、有意差は認められなかった(p>0.05)。
その他、活動中には、対象者同志で心身状態の変化に対する不安等を相談する、認知課題時のヒントを相互に出し合う、他利用者の成功に対し労いの言葉をかける等の社会的交流が自発的に行われた。
【考察】
従来、二重課題は単純課題に比べ、それぞれの課題へ適切に注意を選択・分配しながら遂行する機能が求められる。今回、認知症未病者におけるTMT-JのPart Aの結果から、二重課題訓練によって注意機能面、特に注意選択時の処理速度に改善が生じたと考えた。実際、訓練開始当初は、20分間で2課題程度の実施が基本であったが、回が重なるにつれ時間内に実施できる課題数も増加し、処理速度の向上が窺われた。加えて、音楽療法士のピアノ伴奏によるリズム同期や速度調整が、課題時の運動・認知処理に意識的に影響し、より課題遂行における処理速度向上を促した点もあったと考えた。反面、TMT-JのPart Bでは、個人成績の上昇は幾人かに認めたものの有意差が認められず、また運動面のTUG、立ち座りテストでも有意な改善を認めなかった。この点は実施期間の短さや、二重課題訓練の内容が影響している点が考えられた。実際に、MCIを対象とした国立長寿医療研究センターの研究において、「コグニサイズ」は概ね6ヶ月以上の実施で効果が確認されたとの報告があり、今回の実施期間は効果実証に短かった可能性が高い。また5名の対象者の中には、計算や想起課題といった認知課題に苦手意識のある利用者もおり、訓練中のエラー量にも個人差が認められていた。以上のことから、より効果を高めるためには、実施期間の延長や認知課題における適切な難易度設定をすることが必要と考えられ、この点は課題である。
また、今回のグループ訓練は対象者を絞って実施したものであったが、期間中に「これを楽しみに来た」という声や、グループのメンバーが休みだと「残念」といった声も聞かれ、各利用者のデイケア利用時の活動意欲に繋がってきている実感が得られている。尚、介護スタッフからも「グループ訓練に参加した利用者の表情が良くなった」といった意見が挙がる等、個別機能訓練とは異なる意味で、グループ訓練による一定の訓練効果もあったと考えられた。今後はより多くの対象者に実施することで、デイケア全体における更なる活動性の向上および運動の継続と習慣化、認知症予防や改善に活かしていきたい。
近年、運動課題と認知課題を同時に行うことが、認知症予防や改善に有効といった研究報告が散見される。特に軽度認知障害(以下:MCI)のある高齢者においては、国立長寿医療研究センターの「コグニサイズ」により、全般的な認知機能の低下が抑制され、記憶力・言語能力・全般的認知機能が向上し、更に、脳全体および海馬の萎縮の抑制がみられたという結果が報告されている。また、運動の中でも有酸素運動は、認知機能のうち注意機能や実行機能の改善の有効性が確認されているとの報告がある。
当施設リハビリテーション科には、リハビリ3職種に加え、音楽療法士も在籍し、日頃から介護スタッフと協働して、集団レクリエーションでのリズム体操や認知リハビリ等を実施しているが、これまで一定の検査や取り組みを通じて、認知症予防や改善に対する成果を確認したことは少なかった。今回、運動・認知の二重課題訓練を軸に、当施設で行ったグループ訓練を通じて得られた結果に考察を加え、報告する。
【方法】
当施設デイケア利用者5名(年齢平均81.8±13.8歳、男性3名・女性2名、アルツハイマー型認知症1名・脳血管性認知症1名・認知症未病者3名、要支援2~要介護4)に対し、ストレッチ・筋力訓練・有酸素運動と認知課題を組み合わせた二重課題訓練を実施した。対象者の選定においては、認知症の診断の有無や介護度の如何にかかわらず、認知症予防や改善に意欲があり、今回の取り組みに対して了承を得られた方とした。頻度は、対象者の利用日に合わせ週2回、1回当たり40分(ストレッチ・筋力訓練20分、二重課題訓練20分)、期間は3ヶ月間と設定した。尚、二重課題訓練においては、身体レベルや転倒リスクを考慮し、着座姿勢による足踏みや風船バレーといった有酸素運動を基本とし、それに計算や語想起等の認知課題を加えるようにした。更に、音楽療法士が課題時にリズム伴奏を行うことで、課題開始・終了の合図の明確化や課題速度の負荷調整を担うようにした。また、前後評価として、初回開始前と開始から3ヶ月後に、運動機能評価としてTimed Up&Go Test(以下:TUG)、5回椅子立ち座りテスト(以下:立ち座りテスト)、認知機能評価として、Mini Mental State Examination(以下:MMSE)、Trail Making Test日本版(以下:TMT-J)を行い、その差を比較した。統計処理は、介入前後の各評価項目に対して対応のあるt検定を行い、有意水準は5%未満とした。
【結果】
まず運動機能面においては、TUGおよび立ち座りテストにて、有意差は認められなかった(p>0.05)。しかし、TUGにおいて、初期評価時平均12.23secに対し、3ヶ月後の平均10.6secとなり、対象者5名ともに歩行速度はやや早まっていた。また、立ち座りテストでは初期評価時平均14.61secに対し、3ヶ月後の平均12.66secと数的変化を認め、加えて一部対象者には、立ち上がり時に肘置きを支えずに立てるようになる等の質的変化を認めた。
認知機能面においては、対象者5名のうち、認知症未病者3名のTMT-JのPart Aにおいて、有意に向上が認められた(p=0.02)。特に、3名のうち2名においては、開始時に異常値であった1名が境界域に、境界域であった1名が正常値にまで改善した。もう1名においては、90歳代であり年齢平均での成果比較は困難であったが、開始時113secであったのが、3ヶ月後95secと処理速度の向上を認めた。TMT-JのPart B、MMSEでは、認知症の診断の有無に関わらず、有意差は認められなかった(p>0.05)。
その他、活動中には、対象者同志で心身状態の変化に対する不安等を相談する、認知課題時のヒントを相互に出し合う、他利用者の成功に対し労いの言葉をかける等の社会的交流が自発的に行われた。
【考察】
従来、二重課題は単純課題に比べ、それぞれの課題へ適切に注意を選択・分配しながら遂行する機能が求められる。今回、認知症未病者におけるTMT-JのPart Aの結果から、二重課題訓練によって注意機能面、特に注意選択時の処理速度に改善が生じたと考えた。実際、訓練開始当初は、20分間で2課題程度の実施が基本であったが、回が重なるにつれ時間内に実施できる課題数も増加し、処理速度の向上が窺われた。加えて、音楽療法士のピアノ伴奏によるリズム同期や速度調整が、課題時の運動・認知処理に意識的に影響し、より課題遂行における処理速度向上を促した点もあったと考えた。反面、TMT-JのPart Bでは、個人成績の上昇は幾人かに認めたものの有意差が認められず、また運動面のTUG、立ち座りテストでも有意な改善を認めなかった。この点は実施期間の短さや、二重課題訓練の内容が影響している点が考えられた。実際に、MCIを対象とした国立長寿医療研究センターの研究において、「コグニサイズ」は概ね6ヶ月以上の実施で効果が確認されたとの報告があり、今回の実施期間は効果実証に短かった可能性が高い。また5名の対象者の中には、計算や想起課題といった認知課題に苦手意識のある利用者もおり、訓練中のエラー量にも個人差が認められていた。以上のことから、より効果を高めるためには、実施期間の延長や認知課題における適切な難易度設定をすることが必要と考えられ、この点は課題である。
また、今回のグループ訓練は対象者を絞って実施したものであったが、期間中に「これを楽しみに来た」という声や、グループのメンバーが休みだと「残念」といった声も聞かれ、各利用者のデイケア利用時の活動意欲に繋がってきている実感が得られている。尚、介護スタッフからも「グループ訓練に参加した利用者の表情が良くなった」といった意見が挙がる等、個別機能訓練とは異なる意味で、グループ訓練による一定の訓練効果もあったと考えられた。今後はより多くの対象者に実施することで、デイケア全体における更なる活動性の向上および運動の継続と習慣化、認知症予防や改善に活かしていきたい。