講演情報
[15-O-L014-06]失語症者の社会参加を意識した取り組み
*細田 みどり1、児嶋 吉功1、竹内 茂伸2 (1. 鳥取県 介護老人保健施設さかい幸朋苑、2. 錦海リハビリテーション病院)
老健入所中の重度失語症者に対し、失語症者が困難となりやすい社会参加を意識した取り組みを行ったことについて報告する。他の失語症者と関わる場に参加し、様々なコミュニケーション手段の存在に気付く機会を提供した。そのことがコミュニケーション意欲の向上につながった。老健入所中から社会参加への支援を行っていくことが重要であることが示唆された。
【はじめに】
昨今、失語症者の社会参加の難しさが問題となっている。それに伴い、国としても『失語症者支援者事業』を進めている実状がある。今回、在宅復帰を目標とする失語症患者であるA氏を担当することになった。A氏が当苑の老人保健施設(以下老健)入所中、個別のリハビリ以外にも『社会参加』を意識した様々な関わりの機会を提供した結果、A氏が自らコミュニケーションを取ろうとする機会が増加した。そのことについて考察を交えて報告する。
【事例紹介】
1.対象者 A氏 60代 男性 要介護2 左被殻出血(保存的療法)による重度の運動性失語を呈している。リハビリの継続を目的に発症約6か月後に当苑の老健へ入所。退所先は自宅の予定である。
2.言語症状について 入所1か月後に標準失語症検査(以下SLTA)実施。重症度得点は65点と重度である。聴理解は単語・短文レベルは良好だが長文や複雑な文では聴覚的把持力低下の影響もあり十分な理解は困難である。文字理解は単語・短文レベルで良好。発話面は喚語困難が著明。語性錯語が多く、聞き手の推測を要する。言い誤りに自分で気づくが多くは修正できない。話しかければ返事をするが、自分から話しかける場面は見られない。
3.高次脳機能など 長谷川式簡易知能評価スケールは失語症のため未実施。日付は曖昧だが、場所や人の見当識は保たれている。リハビリ意欲は比較的高く拒否はない。
【取り組み内容】
(1)個別リハ 短期集中算定期間の3か月は週5回20分~40分、その後は週2回20分の言語リハを実施。錯語、喚語困難へのアプローチを中心に行った。
(2)家族への状況報告、指導 家族は週1回のペースで面会しており、その際にやり取りの難しさが聞かれた。そこで、現在のことばの様子の伝達やリハビリ内容の説明を行った上で、やり取りの際に「簡潔な文で」「繰り返し言う」「文字提示するとより伝わりやすい」などのアドバイスを行った。
(3)失語症者の集まりへの参加 さかい幸朋苑では失語症特化型短時間デイケア「げんごろう」(以下げんごろう)、失語症当事者や家族の交流を目的とした不定期開催の「ことの葉カフェ」を実施している。A氏に参加意欲が見られたため、げんごろうの見学を複数回、ことの葉カフェの参加を1回行った。
【結果】
個別リハビリについて、入所6か月後にSLTAを実施。重症度得点は61点であり入所当初と変化は少なく、錯語、喚語困難に改善は見られなかった。
家族からはカンファレンスなどで、「退院した時は話すことは難しいと思っていた」「前より何か言おうとすることが増えた」の意見が出た。また、リハビリで頑張ってほしいことを文字で書いてA氏に渡していた。
げんごろう見学の際、他の失語症者の発話や書字、描画など様々な手段でコミュニケーションを取っている様子を見て「すごいな」と驚いている様子であった。書き初めを行った際は自ら見本を選び、集中して取り組んでいた。他者の書き初めを見て「やっぱすごいな」と感心していた。終了後の感想は「楽しかった」であった。他の利用者に自ら「こんにちは」と挨拶する場面も見られた。ことの葉カフェでは中等度・重度の失語症者と交流し、次も参加したいとの希望がA氏より聞かれた。その後、日中A氏が過ごすことが多いデイルームでスタッフとやり取りすることが増えた。またA氏の知人から「だいぶ(発話面が)良くなった」「前より言いたいことが分かるようになった」との声が聞かれた。デイルームで食事中、他の入所者が落ち着かず動いていると「いけんよ」と注意したり、別の入所者が落としたスプーンをスタッフが探していると、車椅子を指さし「そこ」と言いながら落ちた場所を知らせたりするなど自分から話しかける場面が見られるようになった。
【考察とまとめ】
老健のような入所施設では認知症や高度難聴などによりコミュニケーション障害となる高齢者が多く、A氏のような60代で認知機能が比較的保持されている入所者はコミュニケーション機会が少なくなる傾向にある。さらにA氏は重度失語症者であるため、より一層その機会が少なくなっていた。今回個別の言語リハでは目立つ機能回復は認められなかった。しかし失語症であると取り組みにくい社会参加を意識し、コミュニケーション機会を積極的に提供していった。病前は社交的な性格であった重度の失語症者であるA氏のコミュニケーション態度上昇に寄与したのではないかと考える。
維持期(慢性期)では「他の失語症者との交流により心理・社会面の改善が期待できる」と中村1)は述べている。入所中から社会参加への支援を行っていくことで、入所中だけでなく在宅復帰後の閉じこもりを防ぐことが出来るのではないかと考える。さかい幸朋苑では毎週水曜日午後に「げんごろう」、不定期開催である交流会「ことの葉カフェ」という他ではあまり見られない交流の場を設けており、今後も失語症の入所者へ体験・参加を積極的に促していきたい。
【今後の展望】
A氏の自宅復帰の時期は未定であるが、今後は実用コミュニケーション能力検査(CADL)を用いて評価を行ったり、家族にリハビリや他者とのコミュニケーション場面の見学の案内を行ったりして、家庭で円滑にコミュニケーションを取るための支援を行っていきたい。
【引用文献】
1)竹内愛子・河内十郎編著 脳卒中後のコミュニケーション障害 改訂第2版 p350 2012
昨今、失語症者の社会参加の難しさが問題となっている。それに伴い、国としても『失語症者支援者事業』を進めている実状がある。今回、在宅復帰を目標とする失語症患者であるA氏を担当することになった。A氏が当苑の老人保健施設(以下老健)入所中、個別のリハビリ以外にも『社会参加』を意識した様々な関わりの機会を提供した結果、A氏が自らコミュニケーションを取ろうとする機会が増加した。そのことについて考察を交えて報告する。
【事例紹介】
1.対象者 A氏 60代 男性 要介護2 左被殻出血(保存的療法)による重度の運動性失語を呈している。リハビリの継続を目的に発症約6か月後に当苑の老健へ入所。退所先は自宅の予定である。
2.言語症状について 入所1か月後に標準失語症検査(以下SLTA)実施。重症度得点は65点と重度である。聴理解は単語・短文レベルは良好だが長文や複雑な文では聴覚的把持力低下の影響もあり十分な理解は困難である。文字理解は単語・短文レベルで良好。発話面は喚語困難が著明。語性錯語が多く、聞き手の推測を要する。言い誤りに自分で気づくが多くは修正できない。話しかければ返事をするが、自分から話しかける場面は見られない。
3.高次脳機能など 長谷川式簡易知能評価スケールは失語症のため未実施。日付は曖昧だが、場所や人の見当識は保たれている。リハビリ意欲は比較的高く拒否はない。
【取り組み内容】
(1)個別リハ 短期集中算定期間の3か月は週5回20分~40分、その後は週2回20分の言語リハを実施。錯語、喚語困難へのアプローチを中心に行った。
(2)家族への状況報告、指導 家族は週1回のペースで面会しており、その際にやり取りの難しさが聞かれた。そこで、現在のことばの様子の伝達やリハビリ内容の説明を行った上で、やり取りの際に「簡潔な文で」「繰り返し言う」「文字提示するとより伝わりやすい」などのアドバイスを行った。
(3)失語症者の集まりへの参加 さかい幸朋苑では失語症特化型短時間デイケア「げんごろう」(以下げんごろう)、失語症当事者や家族の交流を目的とした不定期開催の「ことの葉カフェ」を実施している。A氏に参加意欲が見られたため、げんごろうの見学を複数回、ことの葉カフェの参加を1回行った。
【結果】
個別リハビリについて、入所6か月後にSLTAを実施。重症度得点は61点であり入所当初と変化は少なく、錯語、喚語困難に改善は見られなかった。
家族からはカンファレンスなどで、「退院した時は話すことは難しいと思っていた」「前より何か言おうとすることが増えた」の意見が出た。また、リハビリで頑張ってほしいことを文字で書いてA氏に渡していた。
げんごろう見学の際、他の失語症者の発話や書字、描画など様々な手段でコミュニケーションを取っている様子を見て「すごいな」と驚いている様子であった。書き初めを行った際は自ら見本を選び、集中して取り組んでいた。他者の書き初めを見て「やっぱすごいな」と感心していた。終了後の感想は「楽しかった」であった。他の利用者に自ら「こんにちは」と挨拶する場面も見られた。ことの葉カフェでは中等度・重度の失語症者と交流し、次も参加したいとの希望がA氏より聞かれた。その後、日中A氏が過ごすことが多いデイルームでスタッフとやり取りすることが増えた。またA氏の知人から「だいぶ(発話面が)良くなった」「前より言いたいことが分かるようになった」との声が聞かれた。デイルームで食事中、他の入所者が落ち着かず動いていると「いけんよ」と注意したり、別の入所者が落としたスプーンをスタッフが探していると、車椅子を指さし「そこ」と言いながら落ちた場所を知らせたりするなど自分から話しかける場面が見られるようになった。
【考察とまとめ】
老健のような入所施設では認知症や高度難聴などによりコミュニケーション障害となる高齢者が多く、A氏のような60代で認知機能が比較的保持されている入所者はコミュニケーション機会が少なくなる傾向にある。さらにA氏は重度失語症者であるため、より一層その機会が少なくなっていた。今回個別の言語リハでは目立つ機能回復は認められなかった。しかし失語症であると取り組みにくい社会参加を意識し、コミュニケーション機会を積極的に提供していった。病前は社交的な性格であった重度の失語症者であるA氏のコミュニケーション態度上昇に寄与したのではないかと考える。
維持期(慢性期)では「他の失語症者との交流により心理・社会面の改善が期待できる」と中村1)は述べている。入所中から社会参加への支援を行っていくことで、入所中だけでなく在宅復帰後の閉じこもりを防ぐことが出来るのではないかと考える。さかい幸朋苑では毎週水曜日午後に「げんごろう」、不定期開催である交流会「ことの葉カフェ」という他ではあまり見られない交流の場を設けており、今後も失語症の入所者へ体験・参加を積極的に促していきたい。
【今後の展望】
A氏の自宅復帰の時期は未定であるが、今後は実用コミュニケーション能力検査(CADL)を用いて評価を行ったり、家族にリハビリや他者とのコミュニケーション場面の見学の案内を行ったりして、家庭で円滑にコミュニケーションを取るための支援を行っていきたい。
【引用文献】
1)竹内愛子・河内十郎編著 脳卒中後のコミュニケーション障害 改訂第2版 p350 2012