講演情報
[15-O-L014-07]在宅復帰のための「限定的な」リハビリテーション
*吉岡 崇浩1 (1. 栃木県 介護老人保健施設やすらぎの里八州苑)
高次脳機能障害・認知症・身体的後遺症など様々な課題を抱える事例に対して、介入する範囲を限定し集中的なリハビリテーションを行い、フォーマルサービスを併用しての在宅復帰へ繋ぐことができた。今後、入所者の多様化・入所者を取り巻く環境がより複雑化するなかで「アプローチを限定する」リハビリテーションが在宅復帰にとって重要になってくると考えられた。
1.はじめに
老人保健施設での「短期集中リハビリテーション」は、利用者に生じうる廃用症候群や認知機能低下を予防し早期にADLを獲得し、在宅復帰へと繋げることを目的とし、早期からの短期集中リハビリテーションによる介入がBarthel Indexにおいて有意に改善を認めると報告されている1)。しかし早期にリハビリテーション介入しても、依然として在宅復帰が困難であるケースは多くある。
リハビリテーションにおける在宅復帰の阻害要因は「リハビリを行いADLが向上しても戻れるほどの成果が出ない」「家族のリハビリに対する期待が大きすぎて望むまで向上しない」2)などが挙げられ、状態の改善が得られても在宅復帰を達成できないケースは枚挙に暇がない。
老健のリハビリテーションは、対象者のADL向上の他、医療機器の自己管理のための訓練や家族への介助指導など多岐に及ぶ。短期集中リハビリテーションの期間は限られており、当然、全ての領域を支援することは難しいのが現状である。ここで重要なことは、支援する領域を「限定」して集中的なリハビリテーションを実施することである。あえて全般的な機能向上は目指さず、「在宅生活に必要な動作は何か」を具体化し介入を行った。結果、期間で退所・在宅復帰へ至った事例を経験したので報告する。
2.事例紹介
1)76歳 女性 要介護4 脳出血(左片麻痺) 変形性膝関節症
≪身体機能≫
入所時B. I:20点(食事:5 移乗:5 トイレ:5 歩行:5)→ 退所時:25点(移乗:10)
【在宅への課題】
#認知症#基本動作・ADL能力の低下
【経過】
脳出血後遺症として長下肢装具を日常装着していた。立位バランスの不良からトイレ動作にて転倒リスクが高く、介助者・家族を交えたトイレ動作の習得が必要であった。また病態認識が低いため日常生活で麻痺側上下肢の自己管理を促す必要があった。リハビリテーションでは基本動作~ADL・装具の自己管理の練習を継続したが、自己管理の習慣付けが困難であり、一人でトイレへ向かう場面が継続していた。加えて、尿路感染症をきっかけに尿閉と診断され尿道カテーテル管理となった。
【転帰】
在宅での日中独居生活は困難であると判断し、退所後は看護小規模多機能施設での通所サービスを主体に管理していく方向に修正。医師と協議の上、あえて尿道カテーテル管理を継続することで自宅生活ではトイレ動作・介助をせず過ごすことを提案した。これによりリハビリテーションは、在宅生活で必要な「起居動作~車椅子移乗」のみとなった。リハビリ訓練は反復的な動作練習に限定され、上記サービスを利用しての自宅退所へ至った。
2)49歳 男性 要介護2 2022年 脳梗塞 症候性てんかん
≪身体機能≫
入所時B. I:80点(減点:入浴:0 歩行:5)→ 退所時:85点(歩行:10)
【在宅への課題】
#麻痺側過緊張による動作能力の低下#失語症によるIADL困難#病態への過剰な心気症状
【経過】
入所時より比較的ADL能力は自立に近かったが、動作全般が非麻痺側のみで遂行され、麻痺側の不使用・過緊張状態が観察された。
そのためリハビリでは、麻痺側を使用しての動作練習および麻痺側のセルフケアの習慣化が必要であった。施設生活では、高次脳機能障害、失語症の影響から生活場面において誘導・支援が必要であり、予定・計画を立てるなどの日程を理解して行動する訓練が必要であった。しかし高次脳機能障害から麻痺側の自己管理、日課の遂行が困難であり、失語症の影響により理解・表出ともに困難で本人が混乱する場面が頻回にみられた。また麻痺側への過剰な心気症状があり、自身の身体機能への理解・セルフケアの習慣化も難渋した。
【転帰】
施設生活の様子からもともとの独居での生活に戻ることは難しく、脳梗塞の後遺症に対する過度な心気症状から継続的なリハビリの提供が必要であると判断し、家族・本人と協議を重ねサービス付き高齢者住宅への退所を目標とし、通所リハで継続的にフォローしていくことを提案した。そのためリハビリテーションは、IADL練習・日課・日程の習慣化・麻痺側の自己管理練習など本人の混乱を招く可能性のある訓練は除外され、「基本動作・ADL練習」のみとなり退所へと至った。
3.考察
在宅復帰を促進するためには、「個別のケースプランニング」「家族との連携」「リハビリテーション」「地域のリソースとの連携」「対象者・家族を含めた心理的サポート」が必要であり、これらを組み合わせて個別ニーズに合った在宅復帰支援を行うことが重要とされる。
現状ではいくつかの要素が不足し在宅復帰が困難となるケースが多い。
そのなかでリハビリテーションにとって重要なことは、他の要素がどれだけ活用できるか見極め、「出来るだけ広域な範囲を支援」するのではなく、「範囲を限定して」効果的なリハビリを行うことである。われわれセラピストはしばしば全般的な機能向上を至上命題として掲げ、それに固執してしまう傾向があるが、他職種からの情報をもとに在宅復帰を阻害する要因を抽出しそれに集中的にアプローチすることが重要と考えた。
今回、フォーマルサービスを利用することを前提とした退所を立案することで、早期よりリハビリテーションの対象領域を限定し、集中的なリハビリテーションを行うことが可能となり退所へと至った。
今後、入所者の多様化と共に入所者を取り巻く環境がより複雑化するなか、アプローチを限定するリハビリテーションが重要となってくると考えられる。
【引用・参考文献】
1)全国老人保健施設協会:介護老人保健施設における効果的なリハビリテーションのための評価指標にかかる研究 報告書:2022
2)全国老人保健施設協会:介護老人保健施設における在宅復帰・在宅療養支援機能の強化へ向けて:2018.3
老人保健施設での「短期集中リハビリテーション」は、利用者に生じうる廃用症候群や認知機能低下を予防し早期にADLを獲得し、在宅復帰へと繋げることを目的とし、早期からの短期集中リハビリテーションによる介入がBarthel Indexにおいて有意に改善を認めると報告されている1)。しかし早期にリハビリテーション介入しても、依然として在宅復帰が困難であるケースは多くある。
リハビリテーションにおける在宅復帰の阻害要因は「リハビリを行いADLが向上しても戻れるほどの成果が出ない」「家族のリハビリに対する期待が大きすぎて望むまで向上しない」2)などが挙げられ、状態の改善が得られても在宅復帰を達成できないケースは枚挙に暇がない。
老健のリハビリテーションは、対象者のADL向上の他、医療機器の自己管理のための訓練や家族への介助指導など多岐に及ぶ。短期集中リハビリテーションの期間は限られており、当然、全ての領域を支援することは難しいのが現状である。ここで重要なことは、支援する領域を「限定」して集中的なリハビリテーションを実施することである。あえて全般的な機能向上は目指さず、「在宅生活に必要な動作は何か」を具体化し介入を行った。結果、期間で退所・在宅復帰へ至った事例を経験したので報告する。
2.事例紹介
1)76歳 女性 要介護4 脳出血(左片麻痺) 変形性膝関節症
≪身体機能≫
入所時B. I:20点(食事:5 移乗:5 トイレ:5 歩行:5)→ 退所時:25点(移乗:10)
【在宅への課題】
#認知症#基本動作・ADL能力の低下
【経過】
脳出血後遺症として長下肢装具を日常装着していた。立位バランスの不良からトイレ動作にて転倒リスクが高く、介助者・家族を交えたトイレ動作の習得が必要であった。また病態認識が低いため日常生活で麻痺側上下肢の自己管理を促す必要があった。リハビリテーションでは基本動作~ADL・装具の自己管理の練習を継続したが、自己管理の習慣付けが困難であり、一人でトイレへ向かう場面が継続していた。加えて、尿路感染症をきっかけに尿閉と診断され尿道カテーテル管理となった。
【転帰】
在宅での日中独居生活は困難であると判断し、退所後は看護小規模多機能施設での通所サービスを主体に管理していく方向に修正。医師と協議の上、あえて尿道カテーテル管理を継続することで自宅生活ではトイレ動作・介助をせず過ごすことを提案した。これによりリハビリテーションは、在宅生活で必要な「起居動作~車椅子移乗」のみとなった。リハビリ訓練は反復的な動作練習に限定され、上記サービスを利用しての自宅退所へ至った。
2)49歳 男性 要介護2 2022年 脳梗塞 症候性てんかん
≪身体機能≫
入所時B. I:80点(減点:入浴:0 歩行:5)→ 退所時:85点(歩行:10)
【在宅への課題】
#麻痺側過緊張による動作能力の低下#失語症によるIADL困難#病態への過剰な心気症状
【経過】
入所時より比較的ADL能力は自立に近かったが、動作全般が非麻痺側のみで遂行され、麻痺側の不使用・過緊張状態が観察された。
そのためリハビリでは、麻痺側を使用しての動作練習および麻痺側のセルフケアの習慣化が必要であった。施設生活では、高次脳機能障害、失語症の影響から生活場面において誘導・支援が必要であり、予定・計画を立てるなどの日程を理解して行動する訓練が必要であった。しかし高次脳機能障害から麻痺側の自己管理、日課の遂行が困難であり、失語症の影響により理解・表出ともに困難で本人が混乱する場面が頻回にみられた。また麻痺側への過剰な心気症状があり、自身の身体機能への理解・セルフケアの習慣化も難渋した。
【転帰】
施設生活の様子からもともとの独居での生活に戻ることは難しく、脳梗塞の後遺症に対する過度な心気症状から継続的なリハビリの提供が必要であると判断し、家族・本人と協議を重ねサービス付き高齢者住宅への退所を目標とし、通所リハで継続的にフォローしていくことを提案した。そのためリハビリテーションは、IADL練習・日課・日程の習慣化・麻痺側の自己管理練習など本人の混乱を招く可能性のある訓練は除外され、「基本動作・ADL練習」のみとなり退所へと至った。
3.考察
在宅復帰を促進するためには、「個別のケースプランニング」「家族との連携」「リハビリテーション」「地域のリソースとの連携」「対象者・家族を含めた心理的サポート」が必要であり、これらを組み合わせて個別ニーズに合った在宅復帰支援を行うことが重要とされる。
現状ではいくつかの要素が不足し在宅復帰が困難となるケースが多い。
そのなかでリハビリテーションにとって重要なことは、他の要素がどれだけ活用できるか見極め、「出来るだけ広域な範囲を支援」するのではなく、「範囲を限定して」効果的なリハビリを行うことである。われわれセラピストはしばしば全般的な機能向上を至上命題として掲げ、それに固執してしまう傾向があるが、他職種からの情報をもとに在宅復帰を阻害する要因を抽出しそれに集中的にアプローチすることが重要と考えた。
今回、フォーマルサービスを利用することを前提とした退所を立案することで、早期よりリハビリテーションの対象領域を限定し、集中的なリハビリテーションを行うことが可能となり退所へと至った。
今後、入所者の多様化と共に入所者を取り巻く環境がより複雑化するなか、アプローチを限定するリハビリテーションが重要となってくると考えられる。
【引用・参考文献】
1)全国老人保健施設協会:介護老人保健施設における効果的なリハビリテーションのための評価指標にかかる研究 報告書:2022
2)全国老人保健施設協会:介護老人保健施設における在宅復帰・在宅療養支援機能の強化へ向けて:2018.3