講演情報

[15-O-L016-03]高齢者における咀嚼能力と心身機能の関連性多職種連携でオーラルフレイル予防のためにすべきこと

*三橋 亮介1、西堀 悦子1、坂東 裕一1、石地 正代1、西川 琴代1、大塚 朋子1 (1. 滋賀県 長浜メディケアセンター)
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施設入所者の噛み合わせと心身機能の関連性を調査した。測定項目は握力、MMT、BI、HDS-R、義歯の有無、残存歯数、咀嚼能力測定法、統計処理はSpearman相関係数を用いた。咀嚼能力と握力、下肢筋力、HDS-R等と正の相関を認め重回帰分析にて咀嚼能力と独立して握力が抽出され施設入所者においても噛み合わせは心身機能と関連する結果が示され機能歯も多く残すためにオーラルフレイルの早期発見が大切である。
【はじめに】
高齢者の自立した生活を支援するためには、運動・栄養・口腔に関する介護サービスを複合した健康増進の推進が必要とされている。口腔機能低下は老年症候群の一つであるとされ、口腔機能評価は介護予防において重要である。口腔機能低下としてオーラルフレイルの概念が提唱され、口腔領域に着目した高齢期の健康増進として注目されている。報告されている口腔機能の研究はいずれも日常生活の自立した健常高齢者を対象としたものであり、日常生活に何らかの支援を要する高齢者に介入することの多い医療・介護の現場において噛み合わせと心身機能の関連を検討した報告は見当たらない。本年4月の介護保険改正により実施となったこれら 3つの介護予防サービスの一体としての取り組みを開始しており、本研究では施設入所者の噛み合わせと心身機能の関連性を検討したので報告する。
【対象】
対象者は令和6年5月に認知症棟に入所していた45名(男性5名、女性40名)、平均年齢89.1歳、平均要介護度3.3 、HDS-R平均9.6点であった。対象者の選択は、脳血管障害や明らかな麻痺が認められないこととした。
【方法】
測定項目は、握力、徒手筋力テスト(以下MMT)にて大腿四頭筋力、日常生活評価としてバーセルインデックス(以下BI)、認知機能評価として長谷川式簡易知能評価スケール(以下HDS-R)を実施した。握力測定は左右2回ずつ実施し最大値を選択した。噛み合わせについては義歯の有無、残存歯数、咬断片を10段階で評価する咀嚼能力測定表(スコア法)を用い、統計処理はSpearman相関係数を用いた。また、咬合に影響を及ぼす因子を検討するために目的変数を咀嚼能力測定表、説明変数を握力、MMT、BI、HDS-R、義歯の有無、残存歯数とし、重回帰分析を用いて咬合と独立して関連する項目を抽出した。分析には統計分析プログラムEZRを用い、有意水準は5%とした。
【結果】
握力は平均8.3 kg、MMTは平均3.3、BI平均43.1、義歯は有りが27名、無しが18名、残存歯数は平均7.4本であり、咀嚼能力は5.8スコアであった。統計処理では咀嚼能力と握力(0.556)、下肢筋力(0.436)、BI(0.442)、HDS-R(0.287)、残存歯数(0.211)と正の相関性がみられ、介護度(-0.447)とは負の相関性を認めた。さらに、ステップワイズ重回帰分析にて咀嚼能力と独立して握力(回帰係数推定値0.15、標準誤差0.03、t統計量4.51)が抽出された。義歯の有無と握力との関連性はみられなかった。(-0.149)
【考察】
握力は、測定された最大値をもって個人のもつ筋力の指標とされており、最大等尺性筋収縮時の力―時間曲線から瞬発力を分析する方法が発表されて以来、最大筋力のみならず、瞬発筋力の概念が注目を浴びるようになっている。咀嚼能力と握力が相関を示すことで咬合に伴い等尺性四肢筋力が有意に増強する従来知見を支持する結果となった。 
残存歯数と握力や下肢筋力、BI、HDS-Rとは有意な相関はみられなかったが、残存歯数は栄養を介してADLや筋力との間接的な関係を有することが述べられている。本研究では残存歯数が20本未満のものが多かったことや、握力測定時に義歯を装着していたことで有意な相関が見られなかった可能性があると推察する。オーラルフレイルと定義する項目の中に残存歯数の減少とあり、歯の喪失によって咬合可能な機能歯数が減少すると総咬合力は著しく低下する。天然歯における咬合・咀嚼圧は、約50~90kgというような強圧をも許容できるが、総義歯での咬合・咀嚼圧は2~15kgで天然歯の約1/5以下となり咀嚼効率は、天然歯の約1/6といわれている。また、義歯の使用において天然歯が少しでも残存していれば、総義歯と比べて咬合・咀嚼圧は上昇するため残存歯を一本でも多く残すことで義歯を使用することになっても総義歯ではなく部分義歯となり、咬合・咀嚼圧は総義歯より保たれる。さらに、咀嚼が脳血流量を増加させること、海馬の神経細胞数に影響を与えることで、咬合力は認知機能と関連すると報告されていることから、咬合可能な機能歯を残すことが大切と考える。部分義歯であれば咬合・咀嚼圧は保たれることや咀嚼能力と握力が相関を示したこと、噛みしめは四肢・体幹筋活動の増大もたらすことが示されていることからリハビリ実施時や生活場面においての起立動作時など筋力が必要な場面においては、義歯を装着することでより効率のよいリハビリを提供することができることに繋がる。
施設入所者においてもこれまで報告されている日常生活の自立した健常高齢者と同様に噛み合わせは心身機能と関連する結果が示された。厚生労働省が推進する8020運動の令和4年度調査では、80歳になっても自分の歯が20 本以上ある割合が51.6%に増加しており、徐々に残存歯数が増加している。オーラルフレイルは痛みの発現がないまま徐々に進行し,多少の「むせ、食欲低下、体重減少」があったとしても加齢による現象と判断し、危機感を感じないため、気付いた時には改善が見込めない口腔機能低下の状態に進行している可能性がある。したがって、オーラルフレイルを早期に発見し口腔ケアや嚥下体操など適切なセルフケアなどの介入が重要と考える。また、口腔機能訓練を実施するうえで重要なのは継続性であり、自分にとってよい結果が得られると思える訓練の選択やレクリエーションの中に訓練内容を組み込むこと、日常生活から会話の中で口を動かすなど生活の中でも工夫を実施することが重要となる。そのため、介護老人保健施設の特徴を活かし、多職種で連携し様々な視点から介入することでオーラルフレイルの予防に繋げていき、施設入所者の心身機能の維持、向上に努めていきたい。