講演情報
[15-O-L017-06]老健における音楽療法に関する研究 第25報年齢の違いによる音楽の嗜好調査
*澁澤 茉里乃1、滝原 典子1、石森 卓矢2、美原 淑子2、美原 恵里1 (1. 群馬県 介護老人保健施設アルボース、2. 公益財団法人脳血管研究所 美原記念病院)
高齢者に対する音楽療法において、利用者の年齢により曲目のジャンルや発表年などに嗜好の違いがあるか調査した。79歳未満の利用者は曲目のジャンルや発表年などによる嗜好への影響は認められず、79歳以上の利用者は終戦以前のなじみの曲を好む傾向が認められた。セッションでは利用者の音楽の嗜好を考慮して使用する曲目を選択することが大切であり、その曲目から利用者が感じる思いを受け止め対応することが求められる。
[はじめに]当施設では20年以上にわたり音楽療法を実施してきた。高橋は、高齢者に対する音楽療法では、本人の嗜好に合った曲、よく歌った曲の有用性を報告しており1)、当施設においても音楽療法の個別、集団などさまざまなセッションの場面で利用者の嗜好に留意して曲目を選曲するように努めている。しかし、時代の流れとともに曲のジャンルや歌手など、人々が触れてきた音楽は変化してきており、また、当施設利用者の年齢層は以前より幅広くなっているため、利用者一人ひとりの音楽の嗜好が異なってきていることを感じる。
今回、高齢者に対する音楽療法において、より適切な曲目を調査する目的で、利用者の年齢により、曲目のジャンルや発表年などに嗜好の違いがあるか調査したので報告する。
[方法]令和6年5月から6月の期間における当施設利用者の内、アンケート調査の内容を理解し、回答が可能であった利用者70人(男性24人、女性46人、80.2±10.4歳)を対象とした。研究対象とすることに関する説明と同意は、書面にて研究内容を説明し、本人より同意を得て、当法人倫理委員会の承認を受けた(受付番号122-08)。
施設内の食堂において対象者10人から15人に対し、歌詞カードの利用、歌唱はせずに、音楽療法士のピアノ演奏のみにより音楽を提示した。曲目は、「ポップス・フォークソング」、「洋楽」、「歌謡曲」、「子どもの歌」、「民謡」、「クラシック」、「演歌」の7ジャンルからそれぞれ選曲、合計60曲を用いた。各曲目のジャンルや発表年をランダムに12曲ずつの5パターンに分け、1パターンをおおむね30分で演奏、対象者はすべてのパターンを1回ずつ計5回参加することとした。対象者が曲を聞いている最中にアンケートを実施した。アンケート内容は、「嗜好」について4を最も好きとした4段階で調査した。
解析方法は、対象者の生まれが終戦以前か否かを分かれ目として、79歳未満の群26人(男性12人、女性14人、70±8.7歳)と79歳以上の群44人(男性12人、女性32人、86.3±5.5歳)の2群に分けた。それぞれの群内において、(1)各ジャンルの嗜好について多重比較検討を行った。統計解析はクラスカル・ウォリス検定を用いた。次に(2)ジャンルごとの嗜好を群間比較した。統計解析はマン・ホイットニーのU検定を用いた。最後に(3)すべてのジャンルを合わせた終戦である昭和20年以前発表の曲と昭和20年より後に発表の曲における嗜好を比較した。統計解析は、マン・ホイットニーのU検定を用いた。
[結果](1)79歳未満の群における群内比較の結果、各ジャンルの嗜好に有意差は認めず、ジャンルにおいて嗜好の特徴はなかった。79歳以上の群における群内比較の結果、「洋楽」がほとんどのジャンルと比べて有意に嗜好が低い結果となった(p<0.05)。
(2)ジャンルごとの嗜好を群間比較した結果、「歌謡曲」、「子どもの歌」、「クラシック」の3ジャンルは、79歳未満の群が79歳以上の群に比べて有意に嗜好が低い結果となった(p<0.05)。
(3)昭和20年以前発表の曲における嗜好を群間比較した結果、79歳未満の群は79歳以上の群に比べて有意に嗜好が低い結果となった(p<0.05)。また、昭和20年より後に発表の曲における嗜好を群間比較した結果、79歳未満の群と79歳以上の群で有意差は認めなかった(p=0.96)。
[考察] 本来、音楽療法における使用曲目の選択は、利用者のアセスメントに基づき音楽療法士が決定するものである。しかし、利用者を限定しないオープンセッションや集団セッションにおいて、すべての利用者に対してアセスメントを行い、曲目の好みを把握することは容易ではない。本研究の結果、79歳未満の利用者においては、曲目のジャンルや発表年などは曲目の嗜好に大きく影響しないことが示された。一方、79歳以上の利用者においては、「洋楽」はあまり好まず、79歳未満の利用者に比べて「歌謡曲」、「子どもの歌」、「クラシック」を好む傾向があり、発表年はおおむね終戦前に発表された曲に対する嗜好が高かった。すなわち、79歳以上の利用者は、終戦以前のなじみのある曲を好む傾向が認められた。このことは、個々の曲目を聴いていた時の時代背景や生活環境が強く影響し、利用者の心に深く印象づけられたのかもしれない。セッション現場において音楽療法士は、嗜好にばらつきがあると想定される曲目に対しては演奏方法を工夫し、そのメロディーや歌詞からの回想される事柄や思いを利用者がどのように感じているかを受け止め、適切に対応することが求められる。同時に、アシスタントとセッションに参加する介護福祉士も、利用者に寄り添った対応が望まれる。
[まとめ] 高齢者に対する音楽療法において、より適切な曲目を調査する目的で、利用者の年齢により、曲目のジャンルや発表年などに嗜好の違いがあるか調査した。79歳未満の利用者においては、曲目のジャンルや発表年は嗜好に大きく影響しないことが示された。一方、79歳以上の利用者は終戦以前のなじみのある曲を好む傾向が認められた。セッションにおいては利用者の嗜好を考慮して使用する曲目を選択することが大切であり、嗜好にばらつきがあると想定される曲目を使用する場合は、その曲目に対して利用者がどのように感じているかを受け止め、適切に対応することが求められる。
[引用・参考文献]
1)高橋多喜子:音楽療法概説 An Outline of Music Therapy,日本補完代替医療学会誌(1):77-84,2004
今回、高齢者に対する音楽療法において、より適切な曲目を調査する目的で、利用者の年齢により、曲目のジャンルや発表年などに嗜好の違いがあるか調査したので報告する。
[方法]令和6年5月から6月の期間における当施設利用者の内、アンケート調査の内容を理解し、回答が可能であった利用者70人(男性24人、女性46人、80.2±10.4歳)を対象とした。研究対象とすることに関する説明と同意は、書面にて研究内容を説明し、本人より同意を得て、当法人倫理委員会の承認を受けた(受付番号122-08)。
施設内の食堂において対象者10人から15人に対し、歌詞カードの利用、歌唱はせずに、音楽療法士のピアノ演奏のみにより音楽を提示した。曲目は、「ポップス・フォークソング」、「洋楽」、「歌謡曲」、「子どもの歌」、「民謡」、「クラシック」、「演歌」の7ジャンルからそれぞれ選曲、合計60曲を用いた。各曲目のジャンルや発表年をランダムに12曲ずつの5パターンに分け、1パターンをおおむね30分で演奏、対象者はすべてのパターンを1回ずつ計5回参加することとした。対象者が曲を聞いている最中にアンケートを実施した。アンケート内容は、「嗜好」について4を最も好きとした4段階で調査した。
解析方法は、対象者の生まれが終戦以前か否かを分かれ目として、79歳未満の群26人(男性12人、女性14人、70±8.7歳)と79歳以上の群44人(男性12人、女性32人、86.3±5.5歳)の2群に分けた。それぞれの群内において、(1)各ジャンルの嗜好について多重比較検討を行った。統計解析はクラスカル・ウォリス検定を用いた。次に(2)ジャンルごとの嗜好を群間比較した。統計解析はマン・ホイットニーのU検定を用いた。最後に(3)すべてのジャンルを合わせた終戦である昭和20年以前発表の曲と昭和20年より後に発表の曲における嗜好を比較した。統計解析は、マン・ホイットニーのU検定を用いた。
[結果](1)79歳未満の群における群内比較の結果、各ジャンルの嗜好に有意差は認めず、ジャンルにおいて嗜好の特徴はなかった。79歳以上の群における群内比較の結果、「洋楽」がほとんどのジャンルと比べて有意に嗜好が低い結果となった(p<0.05)。
(2)ジャンルごとの嗜好を群間比較した結果、「歌謡曲」、「子どもの歌」、「クラシック」の3ジャンルは、79歳未満の群が79歳以上の群に比べて有意に嗜好が低い結果となった(p<0.05)。
(3)昭和20年以前発表の曲における嗜好を群間比較した結果、79歳未満の群は79歳以上の群に比べて有意に嗜好が低い結果となった(p<0.05)。また、昭和20年より後に発表の曲における嗜好を群間比較した結果、79歳未満の群と79歳以上の群で有意差は認めなかった(p=0.96)。
[考察] 本来、音楽療法における使用曲目の選択は、利用者のアセスメントに基づき音楽療法士が決定するものである。しかし、利用者を限定しないオープンセッションや集団セッションにおいて、すべての利用者に対してアセスメントを行い、曲目の好みを把握することは容易ではない。本研究の結果、79歳未満の利用者においては、曲目のジャンルや発表年などは曲目の嗜好に大きく影響しないことが示された。一方、79歳以上の利用者においては、「洋楽」はあまり好まず、79歳未満の利用者に比べて「歌謡曲」、「子どもの歌」、「クラシック」を好む傾向があり、発表年はおおむね終戦前に発表された曲に対する嗜好が高かった。すなわち、79歳以上の利用者は、終戦以前のなじみのある曲を好む傾向が認められた。このことは、個々の曲目を聴いていた時の時代背景や生活環境が強く影響し、利用者の心に深く印象づけられたのかもしれない。セッション現場において音楽療法士は、嗜好にばらつきがあると想定される曲目に対しては演奏方法を工夫し、そのメロディーや歌詞からの回想される事柄や思いを利用者がどのように感じているかを受け止め、適切に対応することが求められる。同時に、アシスタントとセッションに参加する介護福祉士も、利用者に寄り添った対応が望まれる。
[まとめ] 高齢者に対する音楽療法において、より適切な曲目を調査する目的で、利用者の年齢により、曲目のジャンルや発表年などに嗜好の違いがあるか調査した。79歳未満の利用者においては、曲目のジャンルや発表年は嗜好に大きく影響しないことが示された。一方、79歳以上の利用者は終戦以前のなじみのある曲を好む傾向が認められた。セッションにおいては利用者の嗜好を考慮して使用する曲目を選択することが大切であり、嗜好にばらつきがあると想定される曲目を使用する場合は、その曲目に対して利用者がどのように感じているかを受け止め、適切に対応することが求められる。
[引用・参考文献]
1)高橋多喜子:音楽療法概説 An Outline of Music Therapy,日本補完代替医療学会誌(1):77-84,2004