講演情報

[15-O-S001-04]能登半島地震直後入所者への温かい入浴の効果について絶対もとに戻りたい 綱渡りの日々を乗り越えて

*杉木 正子1、永森 敏子1、林 佳子1、瀬口 純子1、橋本 千春1、宮島 靖之1 (1. 富山県 アルカディア氷見)
PDFダウンロードPDFダウンロード
認知症高齢者施設において能登半島地震による損壊で浴室のタイル落下がある中で困難時こそ入所者へ温かい入浴を提供したいと奮起した職員の思いを報告する。日頃当たり前のように実施されていた入浴が、入所者にとって非常事態の中においても大切なことであり心身の安定につながり、入浴後の入所者の穏やかな表情と笑顔が震災を受けた職員のモチベ-ション維持にもつながったことが示唆された。
【はじめに】
2024年1月1日(元旦)16:10能登半島の付け根部分に立地する施設内で最大震度7想定外の地震災害に遭遇した。100年に一度あるかないかの震災を入所中の高齢者と職員が経験した。 断水し浴室の一部が損壊する中、やっとの思いで断水が復旧し壊れたタイルの中で職員が入所者へ入浴を提供したいと発案した。非常時の限られた状況下において工夫と熱意で提供できた入浴は、入所者にこの上ない心身のリラクゼ-ション効果をもたらすとともに職員自身がケアに対する自信を取り戻す機会となった。【目的】
職員の自宅が一部損壊、自宅の部屋の畳が浮き生活できない環境、普段毎日通勤している道路の陥没で通勤がままならず、施設で宿泊を続けていて沈みがちだった職員の心境を払拭し、介護職員として自分自身のケアに自信を持ちなおし、モチベ-ションの維持にもつながった側面が強調される。温かい湯船に入り身体を温めることは自律神経を副交感神経優位に導き心身の緊張状態を和らげる。どんな状況でも入所者に入浴を提供することが大切であることを再確認した実際を報告する。【倫理的配慮】
発表に際し個人が特定されないよう配慮することを家族に説明し同意を得ると共に施設長にも承諾を得た。【対象】
70歳代から100歳までの全入所者および自宅が被災した職員【方法】
破損した浴室タイルと壁面の下、入所者にゴムスリッパを使用して入浴した【結果】
2024年1月1日16:10夜勤者が施設に到着した頃、なんの前触れもなく突然、大きく施設が揺れた。天井からエアコンが外れ電気が落ち、ガラスが割れる音、職員のスマホの警戒アラ-ト音が一斉に鳴る、タンスが倒れる、棚から物が飛び出る、地域防災ラジオが何かを伝えている、何が起こっているのか全くわからない状態に見舞われた。「30分で津波が到着する」、と大津波警報が発令された。と同時に、1階の入院患者45名を各階に移動させなければならなかった。停電のためエレベ-タ-は作動せずアラ-ム音が鳴り響き続ける中、施設内はごった返した。以前よりBCP(業務継続計画)委員会に参加していた主任たちが偶然に全員勤務していたことが幸いした。停電で薄暗い階段で入院患者を背負う職員、お姫様抱っこする職員、1台の車椅子を4名の職員で持ち上げるなど、こうした人力のみで2階3階へと入院患者45名全員を垂直移動した。しばらくすると電気が復旧しテレビから奥能登地方の家屋倒壊、輪島の大規模火災の画像が伝えられた。BCPの想定を遥かに上回る震災であった。震災当日1日目 居室の天井・壁が破損した中、通路のエアコンが天井から外れ落下しずらりとコ-ドでぶら下がっていた。居室の壁と天井に亀裂が入りベッド上は壁土が剥がれ落ち真っ白で埃っぽい。入所者は居室で過ごすことができないため全員ホールに集められ不安な夜を過ごした。震災2日目 家族より問い合わせの電話がひっきりなしにかかってくる。管理者より安全な場所で温かい食事を提供できていることを伝える。全老健本部より電話があり、困っていることはないか、と尋ねられた。地震直後から断水となり貯水タンクがほぼ空のため生活用水に苦労していることを伝えた。震災3日目 備蓄していた水が底をつきはじめた。トイレなどの生活用水は雪をバケツに入れ溶かしたものを使用した。自宅が能登地域で道路が寸断したため帰宅できない職員が数名いた。ストレスが極大となり免疫力の低下につながることが予想された。震災4日目 待ちに待った給水車が横浜市水道局から到着した。40トンの貯水タンクに注水され断水が解消した。まずは手洗い水の確保、清拭、入浴、と期待がふくらむ。全国から支援物資が次々と届く。感謝しきり。困ったときはお互い様、と地域の方より励ましの手紙が届く。入所者からは「我慢しとらんならん」「早く風呂に入りたい」「風呂入りたいと願っている」等の声が次々に聞こえてきた。入浴は身体の清潔保持、特に高齢者には安らぎを感じることができる何ものにも代えがたい生活の一部である。自宅に帰れない職員たちの表情が少しずつ暗くなり、家族と自宅のことを考えると心配だけれども帰れない。帰宅できたとしても通勤に普段の倍以上の時間がかかる危惧があった。職員自身が不安で押しつぶされそうな中、ひとりの職員が「お風呂に入りたい」と声を上げた。「自分たちもお風呂に入ることでリラックスできるのだから、入所者の方にもゆっくりと入浴していただくことが大切ではないか。」との一言をきっかけにどうすれば安全に入浴できるか職員で検討した。割れているタイルと石の破片を片付けて、浴槽の中心部に入れる方には入っていただこう。普段は大浴槽使用だが少しでもリスクがあると考えられる方にはリフト浴も使用してみることにした。 しかし、施設の浴室はタイルが割れ、壁が落ちてくるかもしれないリスクがある。安全な入浴方法として、大浴槽の中心部に浸かり、落ちたタイルで足底を傷つけないようゴムスリッパを履いて浴槽に浸かってもらうことにした。入浴上がりの入所者のみなさんは、満足この上ない表情で満面の笑顔がみられた。【考察】
災害時の介護では平常時と異なる臨機応変の対応力が試される。今回の震災において、入所者の心情を機敏に感じ取り、損壊した入浴環境のリスクに備えつつ第一優先と考えた入所者のリラクゼ-ションと心身の安定を図ることができたが、同時に自身も被災した職員が介護職としてのモチベ-ションを維持する側面効果も実感された。過大なストレスが引き起こす免疫力の低下を防止するためにも入浴は効果的である。震災は再び起こる可能性がある。「自然災害は忘れた頃にやってくる」を教訓として高齢者に寄り添い、安全・安心を提供できる施設整備に務め、次の時には地域住民も避難場所として提供できる態勢作りが課題である。