講演情報

[15-O-O004-01]COVID-19発症前自己隔離基準の確立を目指して

*徳永 敬助1、内田 由佳1、中嶋 顕一1、長田 理津子1、小川 晴彦1 (1. 石川県 金沢春日ケアセンター)
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新型コロナウイルス感染症の発症前に自己の感染成立を認識できれば、感染拡大を抑制できると考えた。そこで感染症状発現前に脈拍が上昇すると仮定、全職員を対象に脈拍・体温等を連続的に測定、記録した。その結果から[平均脈拍+11(拍/分)]を基準値とし、危険行動後に脈拍がその基準値を超えた時点を<発症前段階>と判断、自己隔離を発動する起点とした。基準値設定までのプロセスや自己隔離の現状等につき報告した。
【はじめに】
 新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)は、令和5年5月に感染症法上の5類感染症に移行したが、我々の脅威であることに違いはない。新型コロナが脅威となる理由のひとつに本人が発症する前に他者を感染させることがある。もし、何らかの方法で発症前に自分が感染していることを認識し、自ら出勤を控える等の対策を取ることができれば、感染の広がりを抑えることができる。
【目的と方法】
 発熱の前兆症状のひとつに交感神経系の興奮があるが、交感神経系の興奮は心拍数増加の要因でもある。ならば、発熱前に心拍数、すなわち脈拍が上昇することがないだろうか、あればそれを発症前に自己隔離等をする指標にできないだろうか。
 その検討のため、まず、各部署長を対象に調査の趣旨や内容の説明会を開催、それを自部署に伝えてもらった上で、全職員を対象に、脈拍と体温、自覚症状の有無とある場合はその内容を調査した。期間は令和4年7月後半から9月まで。脈拍と体温は朝、昼、夕の1日3回、脈拍は手首血圧計やスマートウオッチは用いず手で1分間または20秒間×3で測定してもらった。また、自覚症状は測定時の状態を申告してもらった。なお、本調査は当施設の倫理委員会の承認(倫理委員会 kasuga 2021-03)を得て実施した。
【検討1:症状発現前に脈拍が上昇しているか】
 脈拍の上昇を指標に新型コロナ発症前に自己隔離等を行うには、発熱等の症状が発現する前に脈拍が上昇していることが必要になる。その確認をするため、調査期間中に新型コロナに感染した14名の職員を対象に脈拍と体温の推移を検討した。
 その結果、症状発現前後に脈拍を測定していなかった者、脈拍が上昇したか判断不能であった者を除いた6名のうち、症状発現前に脈拍が上昇した者が4名、症状発現と脈拍上昇が同時の者が2名存在した。症状発現前に脈拍が上昇していた4名の脈拍上昇から症状発現までの時間は、14~24時間(中央値21.5時間)であった。
 また、脈拍が上昇したか判断不能であったケースの例として、安静時に脈拍を測定していないことが多かったのか申告された脈拍が70~99拍/分と変動が大きく、90台後半の値も多かったため、発熱前の脈拍98拍/分が高いのか低いのか、その前の脈拍から上昇したのかそうでないのか判断ができないというものがあった。
【検討2:判断基準の設定】
 発熱等の症状発現前に脈拍が上昇している者が存在し、脈拍の上昇を発症前に自己隔離等をする指標にできる可能性があることは確認できた。そこで、判断基準をどのように設定するべきか検討した。
 職員ごとに申告された脈拍の分布を確認すると、一定数以上のデータがあるものであれば、脈拍は正規分布すると仮定しても大きな問題はなさそうであったため、95%信頼区間の上限値(以下、上限値)を判断基準に用いることができないか検討することにした。正規分布を仮定すると、理論上、上限値を上回る値は全データの2.5%しか存在せず、その2.5%に該当する値は、飲酒、運動、感染等、背後に何か存在する値と捉えることができると考えたからである。
 そこで調査期間中に新型コロナに感染した職員のうち、症状発現前に脈拍が上昇した4名の症状発現前の脈拍と、個々の脈拍の平均値と標準偏差から算出した上限値[平均値+(1.96×標準偏差)]を比較すると、4名とも症状発現前の脈拍は上限値を上回っていた。その結果より上限値を判断基準に用いることを検討したが、脈拍の分布位置は人により異なるため、上限値も人により異なる。そのため、判断基準に用いるにはあらかじめ自己の上限値を知っておかなければならないという問題が残った。
【ROC解析と判断基準】
 正規分布は平均値と分散、すなわち分布の位置と広がりが決まれば、決まる分布である。その性質を考慮し、「平均脈拍+定数」という形で基準を作ることを検討した。この形であれば分布の広がりを考慮した定数を導き出すことができれば基準を作れることに加え、上限値に比べて運用しやすいという利点がある。
 そこで、調査期間中に脈拍を60回以上測定した職員73名を対象に、期間中に新型コロナに感染した職員12名としていない職員61名における「上限値-平均脈拍」のROC解析を実施した。そしてカットオフ値を導き出し、そのカットオフ値を平均脈拍に加える定数とすることにした。分析の結果、カットオフ値の候補として11、14、17の3つがあがり、その中で、偽陽性率が高いという問題はあるが、感度1、偽陽性率0の点からの距離が最も短く、かつYouden indexが最も大きい11をカットオフ値とすることにした。
 その結果を受け、自己の行動に「感染したかも」と思うような危険行動があり、かつ脈拍が「平均脈拍+11」を超えた時点で発症前段階にあると判断し、自己隔離等を発動することにした。
【考察】
 今回の結論として、自分の行動に「感染したかも」と思うような危険行動があり、かつ脈拍が「平均脈拍+11」を超えた時点で自己隔離等を発動するという基準を得た。この基準を基に自らの行動を制御することは未然に感染の拡大を防ぐことにつながる。しかし、この基準には偽陽性率が高い、すなわち感染していない人まで少なからず規制対象にしてしまうという問題がある。したがって、現場の状況を踏まえ、出勤を自粛するか、出勤して食事介助等をはじめとする感染リスクの高い業務から外れるか、感度が低くなることを覚悟して基準を緩和するか等、弾力的に運用することが必要になってくる。
 世の中の新型コロナに対する認識が大きく変化し、今後も未知の新興感染症が出現する可能性が否定できない中、利用者や職員をどのように感染から守っていくのか、今後も考え続けなければならい課題であると考えている。