講演情報

[15-O-O004-03]Withコロナ時代を乗り切る大規模クラスターからの学び入所者の生命と生活の質を守る

*伊藤 志保1 (1. 秋田県 独立行政法人地域医療機能推進機構秋田病院附属介護老人保健施設)
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Withコロナ時代となり高齢者施設では今後も起こりうるクラスターに対して、入所者の生命維持を第一優先としコロナの症状にとらわれず、全身状態の把握と対応する人員確保が必要である。更に感染対策だけではなく、予備能力が低下した入所者の生活の質の維持が重要な点となる。今回、隔離や行動制限によるADL低下や認知症増悪を最小限にできたことからその経緯を報告する。高齢者施設における有事の際の一助になれば幸いである。
【はじめに】
 新型コロナウイルスは感染症法で5類に変更となり、世間では感染対策への意識が緩和されている。しかし罹患リスクが軽減したわけではなく、高齢者施設では陽性者が一人発生すればクラスター化する可能性が高く、感染対策は2類時と同様である。一般的に感染拡大防止のためには隔離や行動制限が余儀なくされるが、高齢者故のADL低下や認知症増悪の要素を含んでいる。Withコロナ時代に入り今後も起こりうるクラスターに対しては、感染対策だけではなく入所者の生活の質の維持が重要な点となる。今回大規模クラスターを経験し、生命の維持を第一優先としながら入所者の生活の質低下防止に努めた関わりができたため報告する。
【経緯と結果】
 当施設は入所定員100名、職員は看護師9名・介護福祉士23名で運営している。令和4年12月に入所者52名、職員17名の新型コロナウイルスによる大規模クラスターが発生した。職員の陽性者1名から始まり収束まで38日間を要した。職員の感染拡大防止への思いとは裏腹に、認知症の陽性者がマスクを装着せず歩き回ったり、非感染者がレッドゾーンに出入りしたりゾーニングが機能しない状態に陥った。現場を観察する中で入所者が現状を把握して感染拡大防止行動をとることは、困難であると理解した。部屋移動、行動制限、繰り返される検査治療、他者との交流の遮断、防護衣をまとった職員の対応、入浴中止など通常の生活とは違ったストレス環境となり、認知症の症状を助長させたことで感染は更に拡大するという、負のサイクルとなっていた。
 まずは陽性者の生命の維持・重症化防止を最重要課題とし、人員配置と役割分担の明瞭化に努めた。病院の応援体制を得て看護師を確保し対症治療を実施した。施設長と看護師の情報共有を密にしコロナの症状をはじめ合併症発症に注意を払った。入所者は症状を適切に訴えることが困難な為、客観的情報から適切にアセスメントし早期対応を行った。特に食事量低下者を見逃さず、脱水予防の点滴治療と口からの栄養補助食の摂取を積極的に行った。現場は不慣れな業務で混乱状態であったがリハビリ職員を介護要員として導入し多職種の協力を得ながら、看護師には専門業務に従事させた。また附属老健のメリットを活かし病院と連携し入院対応を行った。
  次に重要課題としたことは、入所者の生活の質の維持という点である。隔離や行動制限によって低下したADLが元の状態に戻るのか不安を感じ、その対策として活動・認知・摂食機能の維持が重要と考えた。クラスター発生8日目になると、陽性者割合が非感染者を大きく上回ったことや職員の看護介護力等を総合的に判断し、レッドゾーン拡大というゾーニングの逆転に切り替えた。感染対策チームからゾーニングの再指導を受け、陽性者の隔離は中止し通常の生活範囲をレッドゾーンとして開放した。陽性者は隔離を解除されて廊下に出て散歩をし生活リハビリで筋力維持の機会を得ることができ、他者との交流にて表情も豊かになった。また食堂に集まり皆で食事を摂ることで、生活リズムの回復と共に食事量も増加した。入浴は職員が防護衣着用のままで再開し入所者から「生き返った」との言葉が聞かれ、職員の顔にも笑顔が戻ってきた。ゾーニングの逆転をしたフロアからは、それ以降陽性者の発生はなかった。
【考察】
 クラスター発生時には感染対策と並行して多くの検査や治療業務が発生する。そして生命の維持・重症化を見極めるアセスメント力が重要となり、その業務を担う看護師の必要性の高さ故に人員不足による困難さを痛感した。病院附属老健であるため応援体制を得られたが、看護師の業務の見直しは必要であると考える。コロナの感染による食欲低下は、発熱ともに早期に現れる症状であり解熱後も継続する傾向があった。発熱や上気道症状のみにとらわれず食欲低下の程度や期間を把握する必要があり、脱水傾向がある場合には速やかに点滴治療を行うことが高齢者施設の治療としては有効であると考える。そして点滴治療で全身状態の回復を図りながらも、口から食べることの支援を継続することが摂食機能維持に繋がるため、栄養補助食の摂取を積極的に行ったことは有効であった。今回当施設で行ったゾーニングの逆転は、通常のリハビリが実施できない状況下では生活リハビリとして活動意欲と活動量が得られ、ADL維持に繋がるものであった。また入所者同士の関係性の回復は社会性の構築であり、刺激を得ることで表情に変化が見られ認知機能維持に効果的であったと思われる。特に入浴の再開は入所者の気分転換に繋がり、また職員にとっても介助できる喜びがストレス解消になったと考える。食堂に移動可能となったことで、共食に伴う利点から食欲増進にも効果があった。また職員からは、行動を抑制する必要が無くなった、また一か所で多数の入所者の観察やケアが提供可能となったとの言葉が聞かれ業務量軽減に繋がった。
 クラスターの終息には数週間を要するため、予備能力の低下した高齢者に対してクラスター禍においても感染対策をしながら日常に近い環境を提供できるかが、その後の生活の質において重要となる。今回当施設では入所者の陽性者の割合が非常に大きくなったため、レッドゾーンを開放空間としてゾーニングし生活の質の低下防止に繋がったと考えている。
【まとめ】
 Withコロナ時代となってもコロナウイルスの感染力は衰えず、今後も高齢者施設でのクラスターは繰り返されることが予想される。今回の経験で予備能力の低下した高齢者の生命維持を第一優先とするには、コロナの症状にとらわれず全身状態を把握し対応することが必要である。そのためには人員確保と業務の見直しを行い、隔離や行動制限による入所者のADL低下や認知症増悪を最小限にすることが重要であると学んだ。高齢者施設における有事の際の一助になれば幸いである。