講演情報
[15-O-J004-02]安全かつ本人の希望に沿った食事とは
*尾花 敦子1、菅原 史歩1 (1. 宮城県 メープル小田原)
高齢者は嚥下機能の低下あり誤嚥を起こしやすく、安全な食事提供が重要となる。当施設でも多職種連携し誤嚥予防に努めているが、安全を優先させるために食べたいものを提供できず、ジレンマを抱えるケースも多い。今回【医療倫理の4分割法】を用いてK氏の事例を振り返り、安全かつ本人の希望に沿った食事提供に必要なことは何かをアセスメントし、不足していたアプローチを明らかにすることができたので、ここに報告する。
「はじめに」
高齢者は咀嚼能力や嚥下機能の低下がみられてくるため誤嚥を起こしやすく、安全な食事提供が重要となっている。当施設でも多職種連携し誤嚥予防に努めているが、安全を優先させるために利用者が食べたいものを提供することができず、ジレンマを抱えるケースも多い。今回【医療倫理の4分割法】を用いてK氏の事例を振り返ることで、安全かつ本人の希望に沿った食事提供に必要なことは何かをアセスメントし、不足していたアプローチを明らかにすることができたので、ここに報告する。
「対象」
K氏 83歳 男性 要介護2 HDS-R19点 37.2kg(BMI 14.5)
既往 :胃がん全摘 糖尿病 パーキンソン 大腿骨骨折 誤嚥性肺炎
家族構成 :KP妻のみ 子供なし 近隣に身寄りなし
「方法」
約3カ月の入所中の記録を振り返り、再度経口摂取が困難となったとき下線部(A)焦点を当てアセスメントする。
「経過」
2022年11月から3カ月の間で3回の誤嚥性肺炎を繰り返しリハビリ目的で2023年2/2に当施設へ入所。
入所後も咽込みやSpO2の低下がみられ痰吸引が必要であり、昼のみ食事提供。それ以外は水分ゼリーで対応。本人からは「昼だけじゃお腹が空いて死にそうだ」などの訴えが聞かれた。また、咽込みや発熱などあれば食止めとし、補液対応としたため更に本人の不満が増強した。
2/22、完全側臥位法(横向きになり咽頭や梨状窩に飲食物を貯めることで、重力による気管への流入を防止する方法)の提案あり実施。咽込みや痰がらみなく3食ミキサーハーフ食5~10割摂取可能となる。
3月中旬、食事量安定に伴い居室からフロアへベッド出し対応となる。K氏の食事に対する意欲は強く、夜間に食べ物を探すなどの行動もみられ、3月末には、全粥ソフト食に食形態アップし週1回程度のアイスも可能となる。
(A)4月上旬、急に摂取量が低下。食事に対しても「何もしたくないし、食べたくない」と拒否あり。離床の促し行うも拒否みられ進まず。脱水傾向にて補液開始。痰量の増加により頻回な吸引を要する状態にて食止め。妻の面会あり、K氏から「カステラ買ってきて」と要望あるも看護師から妻へ誤嚥や窒息の危険性あり現状では食べることは難しいことを説明。
4/19、食止めのまま看取りケア開始となる。風味を味わう程度にカニやチョコなどを提供すると「こんなんじゃお腹いっぱいにならないから要らない」との不満も聞かれた。その後も食事は中止のまま4/26他界される。
「結果」
【医療倫理の4分割法】による分析を用いてアセスメントし以下の4つのアプローチ不足が明らかとなった。
(1)インフォームド・コンセントが不明で意志や意向を確認できていない
(2)K氏と妻とが相互理解できるようなコミュニケーションの場の設定
(3)本人の自尊心に配慮した環境
(4)妻の思いに寄り沿った対応
「考察」
K氏は入所前より嚥下機能の低下があり安全な食事摂取が困難であったが、多職種で検討を繰り返し、完全側臥位法での食事提供を行いむせ込みが減り、困難であると思っていた経口摂取が可能となった。しかし、その後、経口摂取が再び困難になり入所後、約3カ月で他界された。
私たちは「食べる喜びを感じてもらいたい気持ち」と「誤嚥による苦痛と生命の危機を避けたい気持ち」が同時に起こりジレンマを感じながらも、それに対するアセスメントやアプローチが不足していたのではと悔いが残った。
【医療倫理の4分割法】は、「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」の4つの視点から情報を出し合い最善策を考える手法であり、倫理的ジレンマが生じた場合に有効とされている。今回下線部(A)に焦点を当てて振り返ることで、4つのアプローチ不足が明らかとなった。
(1)入院中のインフォームド・コンセントで嚥下障害が治癒可能なものかどうかや、K氏と妻がそれを理解しているのかなど情報が不足していた。また、今後どのように食事をしていきたいか、「安全」と「食べる欲求」どちらを優先したいかなど把握しないままであったため、統一した対応ができていなかったと痛感する。
(2)入所中はコロナ禍で面会制限があり、稀に面会ができてもK氏は苛立ちを妻へ向けることが多く、2人の時間を設けることができなかった。そのため食事に対してのお互いの意見を共有する場が無く、私たちが介入し2人の相互理解を促せるようなコミュニケーションの場を設ける必要があった。
(3)食事が再度困難になったことには環境的な要因も考えられる。食事前後の吸引はK氏にとって大きな苦痛であったと考える。また、フロアへベッド移動して介助を行っていたが、そこでは異なるADLの方がおり、ベッドで横になっての食事介助や他の業務により食事が中断されることは意欲を削ぐ要因ともなる。環境整備や自尊心に対する配慮が必要であったと考える。
(4)妻が面会を許可された時、本人からは「カステラ」を要求され、持参しないと「なんで持ってこないんだ、買ってこい」と怒られる。また、本人の食べたい物は看護師からは形のあるものは避けてほしいと説明され、妻は困惑しジレンマを抱いていたと考える。妻の立場を理解し、思いに寄り添った説明や具体的な差し入れの提案などの配慮が必要だったと考える。
K氏は食べることが唯一の楽しみであり生きがいとなっていたが、自分たちのアプローチ不足からか食事の意義が喪失されたのではと考える。今回、明らかとなった4つのアプローチをチーム全体で取り組むことが必要であったと振り返ることができた。
「結論」
今回、K氏や妻への関わりを振り返り、不足していたアプローチを明らかにすることができた。「安全」と「本人の希望」のどちらを優先するかは今後も生じる永遠の課題である。今後も【医療倫理の4分割法】を活用し積極的に関わることで可能な限り本人・家族の希望に沿ったケアの実施やQOLの向上に努めていきたい。
高齢者は咀嚼能力や嚥下機能の低下がみられてくるため誤嚥を起こしやすく、安全な食事提供が重要となっている。当施設でも多職種連携し誤嚥予防に努めているが、安全を優先させるために利用者が食べたいものを提供することができず、ジレンマを抱えるケースも多い。今回【医療倫理の4分割法】を用いてK氏の事例を振り返ることで、安全かつ本人の希望に沿った食事提供に必要なことは何かをアセスメントし、不足していたアプローチを明らかにすることができたので、ここに報告する。
「対象」
K氏 83歳 男性 要介護2 HDS-R19点 37.2kg(BMI 14.5)
既往 :胃がん全摘 糖尿病 パーキンソン 大腿骨骨折 誤嚥性肺炎
家族構成 :KP妻のみ 子供なし 近隣に身寄りなし
「方法」
約3カ月の入所中の記録を振り返り、再度経口摂取が困難となったとき下線部(A)焦点を当てアセスメントする。
「経過」
2022年11月から3カ月の間で3回の誤嚥性肺炎を繰り返しリハビリ目的で2023年2/2に当施設へ入所。
入所後も咽込みやSpO2の低下がみられ痰吸引が必要であり、昼のみ食事提供。それ以外は水分ゼリーで対応。本人からは「昼だけじゃお腹が空いて死にそうだ」などの訴えが聞かれた。また、咽込みや発熱などあれば食止めとし、補液対応としたため更に本人の不満が増強した。
2/22、完全側臥位法(横向きになり咽頭や梨状窩に飲食物を貯めることで、重力による気管への流入を防止する方法)の提案あり実施。咽込みや痰がらみなく3食ミキサーハーフ食5~10割摂取可能となる。
3月中旬、食事量安定に伴い居室からフロアへベッド出し対応となる。K氏の食事に対する意欲は強く、夜間に食べ物を探すなどの行動もみられ、3月末には、全粥ソフト食に食形態アップし週1回程度のアイスも可能となる。
(A)4月上旬、急に摂取量が低下。食事に対しても「何もしたくないし、食べたくない」と拒否あり。離床の促し行うも拒否みられ進まず。脱水傾向にて補液開始。痰量の増加により頻回な吸引を要する状態にて食止め。妻の面会あり、K氏から「カステラ買ってきて」と要望あるも看護師から妻へ誤嚥や窒息の危険性あり現状では食べることは難しいことを説明。
4/19、食止めのまま看取りケア開始となる。風味を味わう程度にカニやチョコなどを提供すると「こんなんじゃお腹いっぱいにならないから要らない」との不満も聞かれた。その後も食事は中止のまま4/26他界される。
「結果」
【医療倫理の4分割法】による分析を用いてアセスメントし以下の4つのアプローチ不足が明らかとなった。
(1)インフォームド・コンセントが不明で意志や意向を確認できていない
(2)K氏と妻とが相互理解できるようなコミュニケーションの場の設定
(3)本人の自尊心に配慮した環境
(4)妻の思いに寄り沿った対応
「考察」
K氏は入所前より嚥下機能の低下があり安全な食事摂取が困難であったが、多職種で検討を繰り返し、完全側臥位法での食事提供を行いむせ込みが減り、困難であると思っていた経口摂取が可能となった。しかし、その後、経口摂取が再び困難になり入所後、約3カ月で他界された。
私たちは「食べる喜びを感じてもらいたい気持ち」と「誤嚥による苦痛と生命の危機を避けたい気持ち」が同時に起こりジレンマを感じながらも、それに対するアセスメントやアプローチが不足していたのではと悔いが残った。
【医療倫理の4分割法】は、「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」の4つの視点から情報を出し合い最善策を考える手法であり、倫理的ジレンマが生じた場合に有効とされている。今回下線部(A)に焦点を当てて振り返ることで、4つのアプローチ不足が明らかとなった。
(1)入院中のインフォームド・コンセントで嚥下障害が治癒可能なものかどうかや、K氏と妻がそれを理解しているのかなど情報が不足していた。また、今後どのように食事をしていきたいか、「安全」と「食べる欲求」どちらを優先したいかなど把握しないままであったため、統一した対応ができていなかったと痛感する。
(2)入所中はコロナ禍で面会制限があり、稀に面会ができてもK氏は苛立ちを妻へ向けることが多く、2人の時間を設けることができなかった。そのため食事に対してのお互いの意見を共有する場が無く、私たちが介入し2人の相互理解を促せるようなコミュニケーションの場を設ける必要があった。
(3)食事が再度困難になったことには環境的な要因も考えられる。食事前後の吸引はK氏にとって大きな苦痛であったと考える。また、フロアへベッド移動して介助を行っていたが、そこでは異なるADLの方がおり、ベッドで横になっての食事介助や他の業務により食事が中断されることは意欲を削ぐ要因ともなる。環境整備や自尊心に対する配慮が必要であったと考える。
(4)妻が面会を許可された時、本人からは「カステラ」を要求され、持参しないと「なんで持ってこないんだ、買ってこい」と怒られる。また、本人の食べたい物は看護師からは形のあるものは避けてほしいと説明され、妻は困惑しジレンマを抱いていたと考える。妻の立場を理解し、思いに寄り添った説明や具体的な差し入れの提案などの配慮が必要だったと考える。
K氏は食べることが唯一の楽しみであり生きがいとなっていたが、自分たちのアプローチ不足からか食事の意義が喪失されたのではと考える。今回、明らかとなった4つのアプローチをチーム全体で取り組むことが必要であったと振り返ることができた。
「結論」
今回、K氏や妻への関わりを振り返り、不足していたアプローチを明らかにすることができた。「安全」と「本人の希望」のどちらを優先するかは今後も生じる永遠の課題である。今後も【医療倫理の4分割法】を活用し積極的に関わることで可能な限り本人・家族の希望に沿ったケアの実施やQOLの向上に努めていきたい。