講演情報

[15-O-J004-07]高齢者の唾液分泌向上を目的とした梅の酸味の活用

*末広 文利1 (1. 愛知県 介護老人保健施設メディコ守山)
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高齢者の加齢に伴う口腔機能低下の一つに、唾液分泌の減少が挙げられる。これに対して、梅の酸味の特性を活かすことで唾液分泌を促し、口腔機能全般の向上が期待できるため報告する。対象の利用者に一定期間摂取した結果、排便の緩やかな変化の他に、湿性嗄声軽減、食事時の発動性の向上などが見られた。口渇感への取り組みの重要性を再認識する事となった。
【はじめに】
高齢者の加齢に伴う口腔機能の低下要因として、歯の欠損、口腔器官の筋力低下、予備力の低下などが挙げられるが、その一つの唾液分泌の低下に対して、梅の酸味 『梅雲丹液状』の有効性を検討した。「甘いもの好きの嗜好を変える」と発表者(=私)の家族から勧められ知り、実際口にすると強い酸味の刺激だった。
介護施設に従事する言語聴覚士として、食べられない方へ様々な味覚を探していた中、1滴の摂取で強い刺激の入力が可能であり、取り扱い易い点が多いので言語聴覚療法での嚥下機能の初期評価などで使用するようになった。
今回の発表に至った経緯は、食事の経口摂取が困難ではあるが意思疎通が可能な入所利用者が、頻繁に口渇を訴えていた事だった。入所利用者の中には、さらに身体的な訴えが自発的に行えず、口渇感にも気付けない方が多くいる事が想定されたからであった。
【目的】
介護現場では、唾液分泌の重要性が広く知られており、食事前の嚥下体操を実施する施設が多い。できない方や体操の理解が難しい方も一定数存在するが、実際のところこのような方々にこそ嚥下体操を行って欲しい方であったりする。この梅の酸味は、1滴の経口摂取で唾液分泌の促進が可能。酸味が苦手な方への摂取を勧めにくいが、日本古来の梅の力を知り味覚の感度を上げ美味しく食事が食べられる。入所利用者の口渇感が改善し、口腔機能全般の向上が期待できる。
なお高齢者は梅の酸味を比較的食べ慣れているものの、酸味に対して抵抗感を示す方もあり、年齢層での好みの比較と全体の酸味の好き嫌いの割合を調べる目的で当施設職員にも嗜好調査をした。そして梅の効能として、自律神経のバランスを整える点と口腔への強い酸味の刺激を提供する事で、入所施設の課題として常に挙がる、排便への作用及び水分摂取を促しにくい方への有効性を検証したので報告する。
【対象及び方法】
梅の酸味の液体1滴をスプーンで摂取し質問項目の回答を得た。なお摂取前に酸っぱいものが嫌いで無理な方へは実施しなかった。回答数は、60代から100代の高齢者計141名で、内訳は通所利用者65名、入所利用者2階36名、3階40名の計76名、職員は10代から60代の職員計72名だった。次に水分摂取を促したい方、排便を促したい方に対しては一定期間(3ヶ月間)提供し、検証した。対象の入所利用者に対しては1日毎食事前(朝昼夕)それぞれ3滴摂取しブリストルスケールにて評価し、水分摂取に関しては日常的な観察を行った。
【結果】
嗜好調査した結果は次の通りであった。摂取前の問いで利用者が酸味を好む割合が高く、嫌いな人の割合は少なかった。酸味を強く感じる割合は職員が多く、酸味を感じない割合は4から5%多かった。
味の感じ方に関しては、次の通りであった。特に通所利用者でおいしいと答える割合は入所者と比べると大きな差が生じた。
職員の味の感じ方と比べて利用者の方がおいしくないと感じる割合は少なく、特に通所、3階と比べ2階:認知機能低下の程度が大きいフロアの回答では比率が低くなった点が特徴的だった。
排便への作用に対する結果は次の表を参照。(一部諸事情で経過途中にて終了する方がいる。)顕著な変化ではないが数値では一部軟らかくなる傾向になった。
水分摂取に関しては1ヶ月経過で一部摂取量が増加したが2ヶ月目以降は元の摂取量となり、持続的な変化は見られなかった。
調査過程で次の様な特徴的な現象が見られた。
唾液嚥下が不十分で常に口腔内に唾液が貯留していた方の湿性嗄声が軽減した。
また、口腔内で溜め込む傾向があり、食事が全介助になり半年程度経過した方がスプーンを持って自己摂取を開始する場面も見られた。
【考察】
嗜好調査の結果において、認知機能の低下によって酸味を受け入れる傾向が見られた。これは味覚も含めた感覚低下が影響を与えている可能性があると考えた。
水分摂取の促しに対しては、酸味の刺激による効果は短時間で消失する特徴があり、嚥下の誘発は促せたが連続的な水分摂取の促しには至らなかったと考えた。
排便への作用に関しては、唾液に含まれる消化酵素が排便を促進する一因になった事が示唆された。
湿性嗄声が軽減した背景には、梅の酸味によって口腔内の唾液を知覚する感覚を刺激する事ができた可能性が考えられた。
食事の自己摂取を開始できた要因として、梅の酸味の刺激で唾液嚥下の促しが行え、この動作が引き金になって「食べる」という動作を呼び起こせた可能性が考えられた。
唾液を飲み込む動作をかなり強く促すことができる場面に遭遇する一方、唾液の分泌が増加した影響で流涎する人や唾液でむせる方に対しては注意が必要であった。
【終わりに】
嗜好調査では時間帯の統制が行えなかった。
活動後や、今回と異なる季節などの条件を変更する事で味覚の感じ方が変わる可能性があり、今後実施する余地があった。また、1人の対象者自身に対して1日数回継続摂取して普段より酸味を強く感じる時や、より美味しく感じる時など、対象者での味覚変化を追跡する事で、身体状態の判断材料になる可能性があると考えた。
今回は早朝の離床時間帯にて実施できる時間的、人的余裕がなかったので起きがけの方に対しての摂取ができなかった。しかし、梅の酸味を携帯してベッドサイドで直接、数滴舌上に垂らすなど、提供方法を工夫すれば可能である。夜間帯の口渇感による不快な状態が、梅の酸味の摂取で口腔内が湿潤し快適になるのであれば効果的かと考えた。
食事介助の基本的な方法では「初めの一口目は口の中を潤す意味で汁物を摂取しましょう」とあるが、食事開始前から口腔内が湿潤し、飲み込みが確実に行える事が安全に食事摂取するためには必要であり、健全な唾液の分泌が行え、唾液を飲み込むことに対してさらに注意を向けて行く事が必要と考えた。