講演情報
[15-O-J005-01]誤嚥予防を目的とした多職種共通の評価手段の検討
*村上 沙知子1、小川 理子2 (1. 大阪府 ベルアルト、2. サンガーデン府中)
利用者の食べる力を支援するには多職種連携が不可欠である。昨年度より系列の3老健所属のST間で連携手段について検討を始めた。今回2施設で導入している「KTバランスチャート(KTBC)」に着目し、データを集計して全体的な傾向を確認した。結果、摂食嚥下機能評価のみでは誤嚥予防は困難だということが示唆された。更にKTBCを用いて利用者の状態を可視化し、多職種協働によって機能回復に至った症例を報告する。
【はじめに】
悠人会グループには3つの老健があり、各施設にSTが1~2名配置されている。STは個別に担当する利用者以外にも食物形態の選定や姿勢・介助方法など臨時に評価を担うことが多くある。最終的には医師の指示のもと実行に移すが、実質的な判断を求められることも多い。高齢者の誤嚥リスクは口腔・咽頭期の問題だけでなく認知機能やADL、栄養状態等も大きく影響する。また、フロアの見守り体制や、介助を行う職員の知識や技術によっても状況は異なってくる。そのため、一時的な評価場面のみでSTが誤嚥予防対策を決定することは難しい場合も多く、必ずその後のフォローアップが必要となる。本人や家族の「食べたい」「食べさせたい」希望を反映するためには、第一に職員間の連携が必要であり、そのために「誤嚥リスク」の共通理解が重要になる。
【目的】
摂食嚥下分野は「評価方法がわからない」等の意見も多くきかれる。また、職種間でリスクを共有できず、一人の利用者にバラつきのあるケアを行ってしまうこともある。この現状に、昨年度より3施設のSTで協議し、誤嚥性肺炎予防に有効且つ多職種が抵抗なく使用できる評価手段の検討を始めた。そこで、小山らにより開発されたKTバランスチャート(KTBC)に着目した。KTBCは口から食べるための評価ツールであり、食べることに関連する意欲・認知機能・ADL・栄養状態等13項目を5段階で評価する。当法人では2施設が既に導入している。ミールラウンドにおいて多職種間で利用者の状態評価とそれらを共有する目的で活用している。今回はこれまでの評価データからKTBC導入のメリットについて検証した。以下、データの集計結果を報告するとともに、KTBCを使用した多職種協働によって状態改善を認めた症例について報告する。
【方法】
対象は2022年4月~2024年3月の間に3ヶ月以上入所期間がある長期入所者。男性35名、女性83名、合計118名。
(1)KTBCの項目6と7(摂食嚥下の5期モデルにおける準備期・口腔期・咽頭期にあたる)の対象者全体の傾向をみた。
(2)COVIT-19に感染後、持久力の低下、摂食嚥下機能及びADLの低下を認めた利用者に多職種協働によって介入し、状態の回復に至った症例について振り返りを行った。
【結果】
(1)KTBCの全体の集計からみられた傾向としては、項目6,7で7割以上の利用者の状態が「良好」又は「概ね良好」という結果となった。また、3ヶ月の間に誤嚥を疑う発熱を認めた利用者のうち、項目6,7の両方が「良好」又は「概ね良好」であった利用者は約6割みられた。項目13で「栄養状態が悪い」となる評点1,2に該当する利用者のうち、項目6,7の両方が「良好」又は「概ね良好」であった利用者は約5割となった。
(2)症例:男性 89歳 経過:COVIT-19に感染後、覚醒持続困難、嚥下反射が著しく遅れる、咽頭残留量の増加、姿勢耐久性の低下、食事動作能力の低下が認められた。以前から脳梗塞後遺症による摂食嚥下障害があり、誤嚥性肺炎の既往もあった。体調不良時はその弱みが露呈し、誤嚥リスクが高まる傾向があったため誤嚥性肺炎の再発が心配された。対策として、担当者間で食事時の姿勢、嚥下反射惹起までの時間間隔など観察ポイントを共有。結果、持久力向上や覚醒時間の延長、摂食嚥下運動の持久性向上、栄養状態の改善、誤嚥兆候なく食べる能力が回復。食事動作能力については覚醒状態の回復に伴い変化がみられてきた。覚醒状態に日内差があるため、介護士が状態に合わせて介助量を調整し疲労による危険回避を行った。3ヶ月後の評価では感染前の状態まで回復することができた。
【考察】
(1)の対象者の多くは摂食嚥下機能に目立った障害がないにも関わらず、誤嚥を疑う発熱がみられる利用者がいた。これは摂食嚥下機能評価のみでは誤嚥リスクを判断し難いことを表している。体重変動に関しても摂食嚥下障害の有無にかかわらず確認されていた。結果のとおり口腔期・咽頭期の能力が残存していても栄養状態が低下する利用者が約5割いた。栄養障害はサルコペニアにもつながり嚥下機能の低下を招きかねない。評価時点で嚥下能力が残存していても体重が低下していれば二次的な誤嚥に注意が必要となる。栄養面からも、日々の食事場面において姿勢や食事ペース、注意集中力など多様な側面を評価し、それらを経時的に観察する必要がある。
(2)本症例はKTBCを使用し、状態を可視化。多職種が症例の強み・弱みを把握し、生活リハビリを実践したことが改善につながったと考える。また、当然のことながら、職員間で情報共有を図り、ケア方法を統一することができれば誤嚥性肺炎を予防できる可能性が高まる。
【まとめ】
高齢者の誤嚥予防のためには摂食嚥下機能を中心に評価を行うだけでは難しく、全人的に利用者を捉えることが不可欠である事を再認識した。KTBCは評価項目がわかりやすく簡便で、利用者の「強み」と「弱み」が視覚化されて分かりやすい。職員間はもとより、本人・家族もセルフチェックが可能である。また、医師をはじめ、多職種が同じ指標をもって話し合うことで、シームレスに意見交換ができるのではないかと考える。特に、利用者の状態に対して少し挑戦的な食物形態を提供する場合は、本人・家族、医師を含む多職種との協議結果からケア方法が決定されるシステムが確立されることが望ましい。またKTBCの項目を経時的に追っていくことで、各項目の機能が低下する前に、予防的な対策を講じられる可能性もあるのではないかと考える。業務効率の視点からも短時間で包括的に捉えることができる点は導入にあたってポイントとなる。今後、誤嚥リスクに対する共通理解をもったうえでケア方法を協議できるチームの構築を目指したい。
参考文献 小山珠美:口から食べる幸せをサポートする包括的スキル,第1版,医学書院,2016.
悠人会グループには3つの老健があり、各施設にSTが1~2名配置されている。STは個別に担当する利用者以外にも食物形態の選定や姿勢・介助方法など臨時に評価を担うことが多くある。最終的には医師の指示のもと実行に移すが、実質的な判断を求められることも多い。高齢者の誤嚥リスクは口腔・咽頭期の問題だけでなく認知機能やADL、栄養状態等も大きく影響する。また、フロアの見守り体制や、介助を行う職員の知識や技術によっても状況は異なってくる。そのため、一時的な評価場面のみでSTが誤嚥予防対策を決定することは難しい場合も多く、必ずその後のフォローアップが必要となる。本人や家族の「食べたい」「食べさせたい」希望を反映するためには、第一に職員間の連携が必要であり、そのために「誤嚥リスク」の共通理解が重要になる。
【目的】
摂食嚥下分野は「評価方法がわからない」等の意見も多くきかれる。また、職種間でリスクを共有できず、一人の利用者にバラつきのあるケアを行ってしまうこともある。この現状に、昨年度より3施設のSTで協議し、誤嚥性肺炎予防に有効且つ多職種が抵抗なく使用できる評価手段の検討を始めた。そこで、小山らにより開発されたKTバランスチャート(KTBC)に着目した。KTBCは口から食べるための評価ツールであり、食べることに関連する意欲・認知機能・ADL・栄養状態等13項目を5段階で評価する。当法人では2施設が既に導入している。ミールラウンドにおいて多職種間で利用者の状態評価とそれらを共有する目的で活用している。今回はこれまでの評価データからKTBC導入のメリットについて検証した。以下、データの集計結果を報告するとともに、KTBCを使用した多職種協働によって状態改善を認めた症例について報告する。
【方法】
対象は2022年4月~2024年3月の間に3ヶ月以上入所期間がある長期入所者。男性35名、女性83名、合計118名。
(1)KTBCの項目6と7(摂食嚥下の5期モデルにおける準備期・口腔期・咽頭期にあたる)の対象者全体の傾向をみた。
(2)COVIT-19に感染後、持久力の低下、摂食嚥下機能及びADLの低下を認めた利用者に多職種協働によって介入し、状態の回復に至った症例について振り返りを行った。
【結果】
(1)KTBCの全体の集計からみられた傾向としては、項目6,7で7割以上の利用者の状態が「良好」又は「概ね良好」という結果となった。また、3ヶ月の間に誤嚥を疑う発熱を認めた利用者のうち、項目6,7の両方が「良好」又は「概ね良好」であった利用者は約6割みられた。項目13で「栄養状態が悪い」となる評点1,2に該当する利用者のうち、項目6,7の両方が「良好」又は「概ね良好」であった利用者は約5割となった。
(2)症例:男性 89歳 経過:COVIT-19に感染後、覚醒持続困難、嚥下反射が著しく遅れる、咽頭残留量の増加、姿勢耐久性の低下、食事動作能力の低下が認められた。以前から脳梗塞後遺症による摂食嚥下障害があり、誤嚥性肺炎の既往もあった。体調不良時はその弱みが露呈し、誤嚥リスクが高まる傾向があったため誤嚥性肺炎の再発が心配された。対策として、担当者間で食事時の姿勢、嚥下反射惹起までの時間間隔など観察ポイントを共有。結果、持久力向上や覚醒時間の延長、摂食嚥下運動の持久性向上、栄養状態の改善、誤嚥兆候なく食べる能力が回復。食事動作能力については覚醒状態の回復に伴い変化がみられてきた。覚醒状態に日内差があるため、介護士が状態に合わせて介助量を調整し疲労による危険回避を行った。3ヶ月後の評価では感染前の状態まで回復することができた。
【考察】
(1)の対象者の多くは摂食嚥下機能に目立った障害がないにも関わらず、誤嚥を疑う発熱がみられる利用者がいた。これは摂食嚥下機能評価のみでは誤嚥リスクを判断し難いことを表している。体重変動に関しても摂食嚥下障害の有無にかかわらず確認されていた。結果のとおり口腔期・咽頭期の能力が残存していても栄養状態が低下する利用者が約5割いた。栄養障害はサルコペニアにもつながり嚥下機能の低下を招きかねない。評価時点で嚥下能力が残存していても体重が低下していれば二次的な誤嚥に注意が必要となる。栄養面からも、日々の食事場面において姿勢や食事ペース、注意集中力など多様な側面を評価し、それらを経時的に観察する必要がある。
(2)本症例はKTBCを使用し、状態を可視化。多職種が症例の強み・弱みを把握し、生活リハビリを実践したことが改善につながったと考える。また、当然のことながら、職員間で情報共有を図り、ケア方法を統一することができれば誤嚥性肺炎を予防できる可能性が高まる。
【まとめ】
高齢者の誤嚥予防のためには摂食嚥下機能を中心に評価を行うだけでは難しく、全人的に利用者を捉えることが不可欠である事を再認識した。KTBCは評価項目がわかりやすく簡便で、利用者の「強み」と「弱み」が視覚化されて分かりやすい。職員間はもとより、本人・家族もセルフチェックが可能である。また、医師をはじめ、多職種が同じ指標をもって話し合うことで、シームレスに意見交換ができるのではないかと考える。特に、利用者の状態に対して少し挑戦的な食物形態を提供する場合は、本人・家族、医師を含む多職種との協議結果からケア方法が決定されるシステムが確立されることが望ましい。またKTBCの項目を経時的に追っていくことで、各項目の機能が低下する前に、予防的な対策を講じられる可能性もあるのではないかと考える。業務効率の視点からも短時間で包括的に捉えることができる点は導入にあたってポイントとなる。今後、誤嚥リスクに対する共通理解をもったうえでケア方法を協議できるチームの構築を目指したい。
参考文献 小山珠美:口から食べる幸せをサポートする包括的スキル,第1版,医学書院,2016.