講演情報
[15-O-J005-02]多職種連携による終末期入所者に対する食の希望の実現
*馬場崎 順子1、田中 愛子1、塩向 幸法1、本村 俊之1、瀧 こず恵1、木下 竜太郎1 (1. 佐賀県 介護老人保健施設きりん)
今回私たちは終末期を迎えた経管栄養が必要な入所者の強い希望で、思い出の味を再び口にできるように多職種連携して取り組んだので報告する。対象者は嚥下機能低下の為、余生を経管栄養で過ごすこととなった。病気を抱えながらも、より満足がいく生活を送るため“食”に関する希望を実現し、対象者の絶望を希望に変えることができた。今後も入所者の希望を叶えることで人生の終着点までの希望の明かりを灯す取り組みを継続したい。
【はじめに】
日本人100人に「手、足、口のうち、最期の時まで動いてほしい体の部分はどこか」と質問すると、99人が選ぶのは「口」だと言われている.人は食べることを楽しみ、話すことで社会を構築し生活する動物である.当施設では平成20年より訓練部に言語聴覚士を2名配置し、令和6年6月現在まで多くの利用者に対して、この「口」の果たす役割に重きをおき、入所者の彩り豊かな食生活の実現を行ってきた.最期の時まで「食べる」希望を実現することで幸せに生きることを目指し、生活の場である老健だからこそできる多職種連携による包括的支援を提供している.今回1症例を通して、嚥下訓練だけではなく、患者やその家族、多職種と連携しながら最後の時までいかに“食”を楽しんでもらえるのか、創意工夫することが大切なのかを経験したので報告する.
【症例】
95歳、男性.
診断:
#1.前頚部皮下出血・正中頚嚢胞摘出術後
#2.嚥下機能低下
#3.慢性心不全
#4.慢性腎不全
#5.腹部大動脈瘤(エンドリークあり)
現病歴:
X年サービス付き高齢者住宅入居、完全自立の状態で、外食など食事を楽しんでいた.
(X+2)年6月、前頚部の皮下出血・気道狭窄症に対し血腫除去・止血術および正中頸嚢胞摘出術施行.術後より嚥下障害が出現し、誤嚥性肺炎発症したため経口摂取困難と評価され経管栄養開始.その後言語聴覚士以下(ST)介入のもと嚥下評価および嚥下訓練を行ったが食事までの実用性はないと判断され経管栄養となる.
リハビリ継続目的でX+2年9月に当施設入所.
【機能評価(令和6年3月)】
基本動作:起居動作及び座位保持自立、起立及び立位保持一部介助
ADL:移乗動作見守り、排泄日中一般トイレ見守りから一部介助、食事動作自立、入浴一部介助
認知機能:改訂長谷川式簡易知能評価スケール28点
摂食嚥下機能:経鼻経管栄養(腹部大動脈瘤エンドリークあり、胃瘻増設不能)、藤島摂食嚥下グレードII-4(開始時I-3)、摂食状況のレベルLv4(開始時Lv3)、
RSST3回(開始時1回) とろみなし~ポタージュ状の水分を1回最大100CC程度の経口摂取が可能.
入所後誤嚥性肺炎:4回/6か月
【本人・家族の希望】
本人希望:誤嚥性肺炎のリスクは承知で、もう一度思い出の味を口から食べたい 家族希望:本人の希望に沿うことが家族の願いであり希望を叶えるために協力したい
【経過】
入所早期より多職種協同(医師の診察評価、歯科医師・歯科衛生士による口腔管理、STによる口腔リハビリ、看護師による経管栄養とバイタル管理、介護士による口腔体操、管理栄養士による栄養管理と調理の工夫)によるリハビリを開始した.直接訓練は平日の毎昼食時に経口摂取を行った.経口メニューは、本人・家族・ST・管理栄養士で話し合い、風味を損なわないように自前厨房で加工し提供した.内容としてはスープやジュースに加え、季節の果物等を提供した.毎週金曜日は特別メニュー日とし、オリジナルメニューを提供することで非常に満足度の高い食事時間を過ごされるようになった.
【ある1週間のメニュー】
月曜日:昆布茶
火曜日:メロン・煎茶
水曜日:ほうじ茶
木曜日:飲むあんこで作るおしるこ・煎茶
金曜日:佐賀牛のわさびソース添え・煎茶
【佐賀牛のわさびソース添えレシピ】
1.佐賀牛を焦げ目がつくまでカリカリに牛脂で焼く
2.水分を少量フライパンの中に入れる
3.フライパンの中の佐賀牛、脂、焦げ、水分ごとミキサーにかける
4.練りワサビを食べる直前に水分で伸ばす(風味を損なわないために直前に行う)
5.塩・たれ・わさびソースを小皿に入れて完成
認知機能が高く、間接訓練として行う自己喀痰練習、口腔体操、ブラッシング等は効果が高かった.これにより特に口腔内乾燥の改善、痰の貯留感軽減、声質の改善がみられた.また、昼食時以外にも、氷片や飴・ラムネ、お茶等の直接訓練を行い、口腔の賦活に努めた.しかしながら神経や筋肉に非可逆のダメージがあり、本人が望む完全経口移行の達成は困難と判断した.現在(入所+9か月)、誤嚥性肺炎の発症等はあるものの大きなエピソードはなく、本人の希望通りの“食”を楽しまれている.
【考察】
多職種連携により終末期を迎えつつある経管栄養者に対する“食”の希望の実現を行った1例を経験した.本症例は術後の反回神経麻痺に伴う重度の嚥下障害と思われ、また認知機能を含む高次脳機能が保たれているという当施設では稀な症例であった.認知機能が保たれているために経口摂取困難に伴う食事への喪失感を強く抱く症例もあり、今後も個人の症状に応じた嚥下訓練や食事内容の工夫により生きるための充足感を上げる方法を模索する必要がある.“食”に対する取り組みに本人・家族の満足度は非常に高く、本人の“食”=“幸福度”の維持につながっていると考える.各老健入所者により食べる量や質には嚥下機能や認知機能により大きな差異がある.老健では嚥下造影などの詳細な嚥下評価は難しいため、各個人の機能を見極め臨床徴候を見逃さず安全に取り組みを行う必要があると考える.当施設では看取りも含め最期の時まで幸せに生きることを実現するために“食”に焦点を当てた取り組みを続けているが、この“食”を起点に思いを繋げる包括的支援は当施設の理念である「長生きしてよかった」を具現化するための一つのツールとなった.今回のような包括的な支援ができるのは、職員同士がオープンスペースですぐに相談し合える環境を整えている結果であると考えられ、引き続き利用者、家族に寄り添いながら、職員同士が共同・連携した支援を継続できるよう努めていきたい.
日本人100人に「手、足、口のうち、最期の時まで動いてほしい体の部分はどこか」と質問すると、99人が選ぶのは「口」だと言われている.人は食べることを楽しみ、話すことで社会を構築し生活する動物である.当施設では平成20年より訓練部に言語聴覚士を2名配置し、令和6年6月現在まで多くの利用者に対して、この「口」の果たす役割に重きをおき、入所者の彩り豊かな食生活の実現を行ってきた.最期の時まで「食べる」希望を実現することで幸せに生きることを目指し、生活の場である老健だからこそできる多職種連携による包括的支援を提供している.今回1症例を通して、嚥下訓練だけではなく、患者やその家族、多職種と連携しながら最後の時までいかに“食”を楽しんでもらえるのか、創意工夫することが大切なのかを経験したので報告する.
【症例】
95歳、男性.
診断:
#1.前頚部皮下出血・正中頚嚢胞摘出術後
#2.嚥下機能低下
#3.慢性心不全
#4.慢性腎不全
#5.腹部大動脈瘤(エンドリークあり)
現病歴:
X年サービス付き高齢者住宅入居、完全自立の状態で、外食など食事を楽しんでいた.
(X+2)年6月、前頚部の皮下出血・気道狭窄症に対し血腫除去・止血術および正中頸嚢胞摘出術施行.術後より嚥下障害が出現し、誤嚥性肺炎発症したため経口摂取困難と評価され経管栄養開始.その後言語聴覚士以下(ST)介入のもと嚥下評価および嚥下訓練を行ったが食事までの実用性はないと判断され経管栄養となる.
リハビリ継続目的でX+2年9月に当施設入所.
【機能評価(令和6年3月)】
基本動作:起居動作及び座位保持自立、起立及び立位保持一部介助
ADL:移乗動作見守り、排泄日中一般トイレ見守りから一部介助、食事動作自立、入浴一部介助
認知機能:改訂長谷川式簡易知能評価スケール28点
摂食嚥下機能:経鼻経管栄養(腹部大動脈瘤エンドリークあり、胃瘻増設不能)、藤島摂食嚥下グレードII-4(開始時I-3)、摂食状況のレベルLv4(開始時Lv3)、
RSST3回(開始時1回) とろみなし~ポタージュ状の水分を1回最大100CC程度の経口摂取が可能.
入所後誤嚥性肺炎:4回/6か月
【本人・家族の希望】
本人希望:誤嚥性肺炎のリスクは承知で、もう一度思い出の味を口から食べたい 家族希望:本人の希望に沿うことが家族の願いであり希望を叶えるために協力したい
【経過】
入所早期より多職種協同(医師の診察評価、歯科医師・歯科衛生士による口腔管理、STによる口腔リハビリ、看護師による経管栄養とバイタル管理、介護士による口腔体操、管理栄養士による栄養管理と調理の工夫)によるリハビリを開始した.直接訓練は平日の毎昼食時に経口摂取を行った.経口メニューは、本人・家族・ST・管理栄養士で話し合い、風味を損なわないように自前厨房で加工し提供した.内容としてはスープやジュースに加え、季節の果物等を提供した.毎週金曜日は特別メニュー日とし、オリジナルメニューを提供することで非常に満足度の高い食事時間を過ごされるようになった.
【ある1週間のメニュー】
月曜日:昆布茶
火曜日:メロン・煎茶
水曜日:ほうじ茶
木曜日:飲むあんこで作るおしるこ・煎茶
金曜日:佐賀牛のわさびソース添え・煎茶
【佐賀牛のわさびソース添えレシピ】
1.佐賀牛を焦げ目がつくまでカリカリに牛脂で焼く
2.水分を少量フライパンの中に入れる
3.フライパンの中の佐賀牛、脂、焦げ、水分ごとミキサーにかける
4.練りワサビを食べる直前に水分で伸ばす(風味を損なわないために直前に行う)
5.塩・たれ・わさびソースを小皿に入れて完成
認知機能が高く、間接訓練として行う自己喀痰練習、口腔体操、ブラッシング等は効果が高かった.これにより特に口腔内乾燥の改善、痰の貯留感軽減、声質の改善がみられた.また、昼食時以外にも、氷片や飴・ラムネ、お茶等の直接訓練を行い、口腔の賦活に努めた.しかしながら神経や筋肉に非可逆のダメージがあり、本人が望む完全経口移行の達成は困難と判断した.現在(入所+9か月)、誤嚥性肺炎の発症等はあるものの大きなエピソードはなく、本人の希望通りの“食”を楽しまれている.
【考察】
多職種連携により終末期を迎えつつある経管栄養者に対する“食”の希望の実現を行った1例を経験した.本症例は術後の反回神経麻痺に伴う重度の嚥下障害と思われ、また認知機能を含む高次脳機能が保たれているという当施設では稀な症例であった.認知機能が保たれているために経口摂取困難に伴う食事への喪失感を強く抱く症例もあり、今後も個人の症状に応じた嚥下訓練や食事内容の工夫により生きるための充足感を上げる方法を模索する必要がある.“食”に対する取り組みに本人・家族の満足度は非常に高く、本人の“食”=“幸福度”の維持につながっていると考える.各老健入所者により食べる量や質には嚥下機能や認知機能により大きな差異がある.老健では嚥下造影などの詳細な嚥下評価は難しいため、各個人の機能を見極め臨床徴候を見逃さず安全に取り組みを行う必要があると考える.当施設では看取りも含め最期の時まで幸せに生きることを実現するために“食”に焦点を当てた取り組みを続けているが、この“食”を起点に思いを繋げる包括的支援は当施設の理念である「長生きしてよかった」を具現化するための一つのツールとなった.今回のような包括的な支援ができるのは、職員同士がオープンスペースですぐに相談し合える環境を整えている結果であると考えられ、引き続き利用者、家族に寄り添いながら、職員同士が共同・連携した支援を継続できるよう努めていきたい.