講演情報

[15-O-C007-06]新型コロナウィルス感染が老健入所者に与える影響

*柴 隆広1、福田 圭佑1、沢谷 洋平2、広瀬 環2、浦野 友彦3 (1. 栃木県 介護老人保健施設 マロニエ苑、2. 学校法人 国際医療福祉大学 理学療法学科、3. 学校法人 国際医療福祉大学 医学部 老年病学講座)
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本研究では,介護老人保健施設入所者(老健)を対象に新型コロナウィルス感染症(COVID-19)発症者の体組成変化を調査した.COVID-19発症者はベースラインから9ヶ月後まで骨格筋量(SMI)や体水分量(TBW)が減少し,体脂肪率(PBF)が上昇した.一方,非発症者はそのような変化はみられなかった.老健入所者におけるCOVID-19の感染は長期的に体組成への影響が生じる可能性が示唆された.
【はじめに】
 2019年に発生した新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は高齢者の健康管理に大きな影響をもたらし,多くの介護老人保健施設(老健)でも対応が難渋したと推察される.
 近年のCOVID-19は自然感染やワクチン接種による免疫の獲得により重症化率や致死率は大幅に低下している.しかし,COVID-19発症による身体への中長期的な影響は未知数である.特に様々な基礎疾患を有している要介護高齢者への影響を調査することはアフターコロナの医療を検討する上で重要である.そこで我々は,COVID-19発症後の要介護高齢者における体組成の変化に着目した.体組成計で計測可能な代表的な項目として,Body Mass Index(BMI),骨格筋量(SMI),体水分量(TBW),体脂肪率(PBF)が挙げられる.SMIの減少は高齢者の筋力低下に繋がり転倒・骨折の危険性を増加すると報告(Larsson L, et al. Physiol Rev. 2019)されている.また,PBFの増加やTBWのバランスの乱れは死亡率と(Lee DH, et al. BMJ. 2018, Perez-Morales R, et al. Ren Fail. 2021)と関連している.そのため,体組成の調査は高齢者の健康管理における重要な指標として注目されている.
 今回,老健入所者を対象にCOVID-19の発症者と非発症者の体組成の変化を縦断的に比較検討することにより、COVID-19が要介護高齢者に与える中期的な影響を明らかにすることを研究目的とする。
【対象・方法】
 取り込み基準は2023年5月に当施設にてCOVID-19のクラスターが発生した療養棟に入所していた者(39名)である.除外基準はペースメーカの装着者(2名),入院中(2名),体調不良の者(2名)である.そのため,除外基準を除いた33名(男性8名,女性25名,平均年齢;87.8±8.2歳)を本研究の対象者とした.研究期間はCOVID-19のクラスターが終息した2023年6月をベースラインとし,3ヶ月毎(2023年9月,2023年12月,2024年3月)に調査を実施した.なお,当施設におけるCOVID-19の対応は,発症した者は10日間の隔離,濃厚接触者は発症者との最終接触から3日間の隔離,その他のご利用者は準隔離対応(他の階への出入り禁止)としていた.なお,リハビリテーションは隔離者以外の方に通常通りに提供し,他の階への移動以外は普段通りに生活を送っていた.
 体組成の調査は体組成分析装置(In body S10)を使用した.計測姿勢は安楽座位もしくは臥位で計測した.また,計測前には普段と体調が変わらない事を確認した.
 解析はベースラインにおけるCOVID-19発症者(発症群;12名)と非発症群(21名)に分類して,年齢・体組成(BMI,SMI,TBW,PBF)・要介護度・性別を比較した.そして,各群の経過を確認するために,ベースラインから3ヶ月後(28名;発症群9名,非発症群19名),半年後(29名;発症群10名,非発症群19名),9ヶ月後(25名;発症群8名,非発症群17名)の体組成の結果を対応のあるt検定で比較した.
【結果】
 ベースラインの比較では発症群は要介護度が有意に低かった.そして発症群は,全ての調査期間においてSMI,TBWが有意に低下し,PBFが有意に上昇した.一方,非発症者は3ヶ月後の項目は有意差がなく,半年後はBMIとSMIが有意に低下した.9ヶ月後はTBWとSMIが有意に低下していた.
【考察】
 本研究は老健入所者における発症群と非発症群の体組成変化を調査した.クラスターが発生した同一療養棟内にて,発症群と非発症群の比較では要介護度が低い人の方が有意に発症していた.これは要介護度が低い者は日中の活動量が多く,感染リスクが高い可能性が推察される.また,発症群において感染後9ヶ月間は有意にSMIやTWBが低下し,PBFが上昇していた.COVID-19の急性期による臥床期間は急速な筋肉量の減少のリスクとなり,全身が衰弱する事が報告されている(Kiekens C, et al. Eur J Phys Rehabil Med. 2020).また,健常成人におけるCOVID-19発症から1ヶ月後の体組成変化では,有意に体脂肪率が上昇し,筋肉量が低下すると報告がある(Yazdanpanah MH, et al. Cureus. 2023).施設入所の要介護高齢者においても先行研究と同様の傾向が認められると共に,COVID-19の発症は長期にわたって体組成に影響する可能性が示唆された.一方,非発症群は半年後・9ヶ月後は有意にSMIが低下していた.加齢に伴う骨格筋量の低下は1-2%と報告(Keller K, et al. Muscles Ligaments Tendons J. 2014)されており,経過に伴う自然な骨格筋量の低下の可能性がある.
 今回、COVID-19の発症は要介護高齢者において中長期的に骨格筋量と体水分量低下,体脂肪率の上昇と関連している可能性が示された.今後はCOVID-19が長期的には要介護度の変化や新規疾病の発生率等に与える影響を調査する予定である.