講演情報
[27-O-C001-04]最後までその人らしく、本人と家族を支えるケア
島根県 ○岡田 哲也, 三原 美和子, 市場 詩恵里 (老人保健施設たき)
【はじめに】
当施設は、多床室11室個室7室の施設である。ターミナル期に入った利用者に対して最後までその人らしく生き抜くための支援ができるよう、常日頃よりコミュニケーション時には死生観についての話をするように心がけている。また、家人の意向は定期的に文書にて今後の意向を確認し、訪室時にはなるべく会話の中から家族への思いを傾聴するようにし、お互いの思いを職員と共有し支援を行っている。ターミナルケア提供後には、家族からの感謝の言葉を本人と家族の満足度と評価し、その言葉を全職員に伝えることで職員の達成感につながるようにしている。コロナ感染症が発生してからは面会制限や外出制限が厳しく行われるようになったが、現場の職員の「家族との時間を少しでも長く作りたい」との強い思いから、感染対策を家族へ指導し制限なく面会を行ってもらっていた。今回、余命宣告を受けた利用者に対して、家族と本人の思いを傾聴した際に、入所前からの家族との約束であった温泉宿での宿泊を実現させたいとの申し出があり、それを全職員が一丸となって実現させることが出来た。本人そして家族にとって最後の楽しい思い出ができ、悔いなく看取りをしていただくことが出来たので報告する。
【倫理的配慮】
家人へは、看取りケアについての研究発表のため症例を報告させていただきたいことについて文書をもって説明し、個人情報保護法のガイドラインに沿って個人が特定できない様配慮し同意書を得る。
【症例】
91歳女性、令和6年7月に坐骨骨折で入院。入院中発熱が続き胆管・肝臓の腫瘍の指摘を受けられたが、高齢でもあり積極的な治療は望まれず詳しい検査をされなかった。入院中の安静臥床により廃用が進行したため在宅復帰を目標にリハビリ目的で老健に入所された。当初は家人も本人も在宅復帰への思いが強く、家族は建築関係の仕事をしておられたこともあり住宅改修に対しても積極的に相談されていた。リハビリも順調に進み排泄動作も軽介助で可能となっていた矢先、大動脈解離で緊急入院された。保存的加療で状態改善されたが、家人も本人も在宅では、行き届いたケアが出来ないことや急変時の対応が不安との理由でもう一度老健で生活したいと希望され、同年の12月に再入所された。再入所後、全身の浮腫が増大し徐々に腹水が貯留したため、施設医より受診を進められ外来受診を行ってもらう。肝臓がんで余命1ヶ月から2カ月との診断を受けられた。帰設後、施設医より今できるうちにやりたかったこと、家族との時間を楽しんでほしいと家族にムンテラされた。すぐに家族会議が行われケガをする前に家族で計画していた温泉宿に泊まりたいとの思いを相談された。
【経過】
末期の肝臓がんで腹水も貯留し座っていることも苦痛であったが、医師や現場の看護師に相談し許可を得ると、職員全員が今しかできないことを支援したいという同じ思いになった。まずは、外泊に当たり、弊害となることや、家族の介護力など話し合いを行った。介護力のなさや、急変時の相談や対応の方法、車への安全な乗り降りの方法などたくさんの問題点が見つかった。そこで、各専門職による家族への指導を行うことと決めた。看護師より今後起こりうる状態変化や急変時の相談や対応方法、服薬などについて家族への指導を行った。次に,作業療法士より車の昇降・ベッドへの移乗・体位変換についての実技指導、合わせて介護職員からの排泄ケアの指導を数回行った。指導後、介護技術に若干の不安はあったが、温泉宿は車椅子で過ごせる施設を選択され温泉への入浴は断念され、子供たち3人でできることを分担し協力し合いながら宿泊することを決意された。ご本人の状態は日々悪化し、座位時間も少しずつ短くなっておられたが、本人の意思を確認し温泉宿への宿泊を実行した。一泊二日の宿泊であったが、急変されることなく無事帰ってこられた。ご本人の疲労感は強く全身の浮腫は増大していた。家族からは大変でしたとの感想でしたがご本人、家族ともとても笑顔で満足した表情をしておられた。宿泊後ベッドサイドには旅行時の写真を飾られた。本人、家族とも楽しかった思い出を語りながら過ごされた。お亡くなりになる3日前まで、職員に感謝の言葉を伝えられていた。その表情はとても穏やかで死への受容をされたように思われた。最後は家族に見守られながら一日を過ごされ永眠された。とても安らかで眠っているような表情を見られたご家族からは、大往生でした。本当に感謝していますとの言葉をいただいた。
【考察と結語】
今までたくさんのターミナルケアを行ってきたが、なるべく本人に負担をかけないよう、床上で安静対応を行ってきた。家人との時間を少しでも長く作るため、家族が宿泊できる配慮は行っていたが、外泊援助は今回初めて行った。今回の計画が無事に実施されたのには、医師のターミナルケアについての理解や、協力があったこと。また、全職員が一丸となって協力しあえたことであったと考える。相談員としてアドボカシー役という自分にできることを行ったことも本人や家族が満足できるターミナルケアに繋がった。最後まで自分らしく生きることが出来、家族がそのケアに携わり後悔なく笑顔で最期が迎えられるよう今後も自分の役割を担っていきたい。
当施設は、多床室11室個室7室の施設である。ターミナル期に入った利用者に対して最後までその人らしく生き抜くための支援ができるよう、常日頃よりコミュニケーション時には死生観についての話をするように心がけている。また、家人の意向は定期的に文書にて今後の意向を確認し、訪室時にはなるべく会話の中から家族への思いを傾聴するようにし、お互いの思いを職員と共有し支援を行っている。ターミナルケア提供後には、家族からの感謝の言葉を本人と家族の満足度と評価し、その言葉を全職員に伝えることで職員の達成感につながるようにしている。コロナ感染症が発生してからは面会制限や外出制限が厳しく行われるようになったが、現場の職員の「家族との時間を少しでも長く作りたい」との強い思いから、感染対策を家族へ指導し制限なく面会を行ってもらっていた。今回、余命宣告を受けた利用者に対して、家族と本人の思いを傾聴した際に、入所前からの家族との約束であった温泉宿での宿泊を実現させたいとの申し出があり、それを全職員が一丸となって実現させることが出来た。本人そして家族にとって最後の楽しい思い出ができ、悔いなく看取りをしていただくことが出来たので報告する。
【倫理的配慮】
家人へは、看取りケアについての研究発表のため症例を報告させていただきたいことについて文書をもって説明し、個人情報保護法のガイドラインに沿って個人が特定できない様配慮し同意書を得る。
【症例】
91歳女性、令和6年7月に坐骨骨折で入院。入院中発熱が続き胆管・肝臓の腫瘍の指摘を受けられたが、高齢でもあり積極的な治療は望まれず詳しい検査をされなかった。入院中の安静臥床により廃用が進行したため在宅復帰を目標にリハビリ目的で老健に入所された。当初は家人も本人も在宅復帰への思いが強く、家族は建築関係の仕事をしておられたこともあり住宅改修に対しても積極的に相談されていた。リハビリも順調に進み排泄動作も軽介助で可能となっていた矢先、大動脈解離で緊急入院された。保存的加療で状態改善されたが、家人も本人も在宅では、行き届いたケアが出来ないことや急変時の対応が不安との理由でもう一度老健で生活したいと希望され、同年の12月に再入所された。再入所後、全身の浮腫が増大し徐々に腹水が貯留したため、施設医より受診を進められ外来受診を行ってもらう。肝臓がんで余命1ヶ月から2カ月との診断を受けられた。帰設後、施設医より今できるうちにやりたかったこと、家族との時間を楽しんでほしいと家族にムンテラされた。すぐに家族会議が行われケガをする前に家族で計画していた温泉宿に泊まりたいとの思いを相談された。
【経過】
末期の肝臓がんで腹水も貯留し座っていることも苦痛であったが、医師や現場の看護師に相談し許可を得ると、職員全員が今しかできないことを支援したいという同じ思いになった。まずは、外泊に当たり、弊害となることや、家族の介護力など話し合いを行った。介護力のなさや、急変時の相談や対応の方法、車への安全な乗り降りの方法などたくさんの問題点が見つかった。そこで、各専門職による家族への指導を行うことと決めた。看護師より今後起こりうる状態変化や急変時の相談や対応方法、服薬などについて家族への指導を行った。次に,作業療法士より車の昇降・ベッドへの移乗・体位変換についての実技指導、合わせて介護職員からの排泄ケアの指導を数回行った。指導後、介護技術に若干の不安はあったが、温泉宿は車椅子で過ごせる施設を選択され温泉への入浴は断念され、子供たち3人でできることを分担し協力し合いながら宿泊することを決意された。ご本人の状態は日々悪化し、座位時間も少しずつ短くなっておられたが、本人の意思を確認し温泉宿への宿泊を実行した。一泊二日の宿泊であったが、急変されることなく無事帰ってこられた。ご本人の疲労感は強く全身の浮腫は増大していた。家族からは大変でしたとの感想でしたがご本人、家族ともとても笑顔で満足した表情をしておられた。宿泊後ベッドサイドには旅行時の写真を飾られた。本人、家族とも楽しかった思い出を語りながら過ごされた。お亡くなりになる3日前まで、職員に感謝の言葉を伝えられていた。その表情はとても穏やかで死への受容をされたように思われた。最後は家族に見守られながら一日を過ごされ永眠された。とても安らかで眠っているような表情を見られたご家族からは、大往生でした。本当に感謝していますとの言葉をいただいた。
【考察と結語】
今までたくさんのターミナルケアを行ってきたが、なるべく本人に負担をかけないよう、床上で安静対応を行ってきた。家人との時間を少しでも長く作るため、家族が宿泊できる配慮は行っていたが、外泊援助は今回初めて行った。今回の計画が無事に実施されたのには、医師のターミナルケアについての理解や、協力があったこと。また、全職員が一丸となって協力しあえたことであったと考える。相談員としてアドボカシー役という自分にできることを行ったことも本人や家族が満足できるターミナルケアに繋がった。最後まで自分らしく生きることが出来、家族がそのケアに携わり後悔なく笑顔で最期が迎えられるよう今後も自分の役割を担っていきたい。
