講演情報
[27-O-L009-06]視覚障害高齢者の自伝的記憶と現実の乖離へのリハ支援~帰りたいのは“家族がいた自宅”~
愛知県 ○清水 友章 (介護老人保健施設サン・くすのき)
【はじめに】
視覚障害は活動性や他者との関わりが制限され、生活の質(以下、Quality of Life:QOL)が低下しやすいことが指摘されている。一方で、支援のアプローチが機能回復や身体活動に偏ると、本人の内面的な思いや生活歴に十分寄り添えないまま介入が進むケースも少なくない。
本事例では、訪問リハを通じた継続的な関わりの中で、視覚障害を有する高齢者が語る「自宅に帰りたい」という希望に込められた背景と、QOLの変化との関連を明らかにすることを目的とした。
【事例紹介】
対象は90代前半の男性。主疾患は両網膜脈絡膜萎縮で、右眼は失明、左眼も輪郭がぼんやり見える程度。加えて難聴も進行しており情報入手や他者との関わりが制限されていた。
入所前は独居で訪問介護等を利用していたが、生活困難や入院を経てX月に住宅型有料老人ホームに入所。キーパーソンは県外在住の嫁。
入居時の主訴は「目が見えない」「自宅に帰りたい」「死にたい」など悲観的なものが多く、本人の希望として「自宅に帰りたい」「歩けられるようになれば帰られる」と語られていた。
起居動作はベッド柵を使用して自立、移動は車椅子自操または介助下での杖歩行により室内移動が可能。排泄はベッド真横にトイレを配置し、環境設定と一部見守りにて自己完結している。その他食事等のIADL動作も介助や説明により遂行可能な状態である。
【方法】
訪問リハでは、ICF(以下、International Classification of Functioning, Disability and Health)に基づいて各項目へ個別的な支援を実施。特に、本人の希望である自宅復帰を前提に動機づけを行い、自発的に生活動作を促す活動量維持・増加を図った。具体的支援例として歩行機会の支援、照明や時間が分かる環境調整、本人の思いや悩みに対する傾聴等を行った。さらに、本人の訴えや状況に応じて心情に寄り添いながら意図的に対話の機会を設け、現実との差異をプライドが損なわぬよう丁寧に擦り合わせていった。
主アウトカムは活動量として活動量計(Omron HJA-750C)を装着し、週単位での軽活動量(1.5~3.0METs)の割合を指標とした。またQOL評価としてASCOT(以下、Adult Social Care Outcomes Toolkit)を使用し、活動量と共に定期的に評価した。
【結果】
X+1年強までの身体的な改善は限定的で、軽活動量は5.7%→8.9%と上昇したが、HDS-Rは29→23点、SC-QOLスコア(ASCOT)は0.029→-0.263と低下。自宅復帰に向けた動機づけとして、本人の希望を根拠に活動量や生活範囲の拡大を図ったが、提案は実行に至らず活動量・日常生活の状況は大きく変化しなかった。本人も徐々に「もう諦めた」「帰りたいけど施設の生活が続いても仕方ない」と語るようになっていた。
転機はX+1年7カ月、本人が「帰りたいのは、家族がいた自宅」と語られた。そこに至る要因として、本人より「支援者に自宅復帰の際に具体的状況の想定を幾つも提示された(自宅での支援者の配置、移動や外出、金銭管理など)ことが考えを改めるキッカケとなった」様の発言があった。それまで本人の中で曖昧だった希望が初めて整理され、言語化された瞬間だったと考える。視覚や聴覚による外界との接点が乏しい中で、過去の「家族と過ごした生活」の記憶(自伝的記憶)が強く残っており、現実の生活との乖離を生んでいた。これは感情的な体験が記憶として強く定着しやすい高齢者の特徴でもあると考えられる。
この“語れなかった記憶”がようやく整理され、初めて自身の願いと現実との距離を自覚することができた。今回の「気づきと気持ちの整理」は、支援の方向性を再定義する重要な契機となった。
本人が語られた翌月(X+1年8カ月)に各アウトカムを再評価。軽活動量は5.8%と低下したが、SC-QOLスコア(ASCOT)は0.352と大幅な改善がみられた。現状本人の迷いや不安が消えた訳ではなく日常生活状況に明らかな変化はみられないが、会話時に笑顔が増える・時折自発的な発言をされるなど様子がみられた。
【考察】
この事例での支援の困難さは、本人の「自宅に帰りたい」が、実は“現実の自宅”ではなく“記憶の中の自宅”だったことに、支援者・本人自身も気づけなかった点にある。支援者は自宅復帰に関する動機づけを繰り返したが、実際には“行き先”が本人の中で明確でなかったため、行動に結びつかなかったと思われる。気づきの前に支援を積み重ねるだけでは変化が生まれなかった。
「帰りたいのは家族がいた自宅」という言葉は、単なる語りの変化ではなく“心の奥にあった願いがようやく言語化された瞬間”だったと考える。これが本人・支援者共に大きな転機となった。
結果として活動量は増加しなかったが、QOL(ASCOT)に改善が見られたことは、支援の質的転換と意味づけの変化が生活の満足度に与える影響を示唆している。
【まとめ】
本事例は様々な支援を重ねても変化が見られなかった期間を経て“本人の気づきと気持ちの整理”がQOLを動かした一例である。視覚障害や加齢による社会的刺激の低下により、過去の自伝的記憶が現在の行動や希望に影響を及ぼすことは十分考えられる。
今後も数値的な改善のみを支援の成果とせず、本人の中にある希望や記憶に丁寧に寄り添い、それが言葉になるまでの“時間”を支えるリハビリテーション支援が求められる。
視覚障害は活動性や他者との関わりが制限され、生活の質(以下、Quality of Life:QOL)が低下しやすいことが指摘されている。一方で、支援のアプローチが機能回復や身体活動に偏ると、本人の内面的な思いや生活歴に十分寄り添えないまま介入が進むケースも少なくない。
本事例では、訪問リハを通じた継続的な関わりの中で、視覚障害を有する高齢者が語る「自宅に帰りたい」という希望に込められた背景と、QOLの変化との関連を明らかにすることを目的とした。
【事例紹介】
対象は90代前半の男性。主疾患は両網膜脈絡膜萎縮で、右眼は失明、左眼も輪郭がぼんやり見える程度。加えて難聴も進行しており情報入手や他者との関わりが制限されていた。
入所前は独居で訪問介護等を利用していたが、生活困難や入院を経てX月に住宅型有料老人ホームに入所。キーパーソンは県外在住の嫁。
入居時の主訴は「目が見えない」「自宅に帰りたい」「死にたい」など悲観的なものが多く、本人の希望として「自宅に帰りたい」「歩けられるようになれば帰られる」と語られていた。
起居動作はベッド柵を使用して自立、移動は車椅子自操または介助下での杖歩行により室内移動が可能。排泄はベッド真横にトイレを配置し、環境設定と一部見守りにて自己完結している。その他食事等のIADL動作も介助や説明により遂行可能な状態である。
【方法】
訪問リハでは、ICF(以下、International Classification of Functioning, Disability and Health)に基づいて各項目へ個別的な支援を実施。特に、本人の希望である自宅復帰を前提に動機づけを行い、自発的に生活動作を促す活動量維持・増加を図った。具体的支援例として歩行機会の支援、照明や時間が分かる環境調整、本人の思いや悩みに対する傾聴等を行った。さらに、本人の訴えや状況に応じて心情に寄り添いながら意図的に対話の機会を設け、現実との差異をプライドが損なわぬよう丁寧に擦り合わせていった。
主アウトカムは活動量として活動量計(Omron HJA-750C)を装着し、週単位での軽活動量(1.5~3.0METs)の割合を指標とした。またQOL評価としてASCOT(以下、Adult Social Care Outcomes Toolkit)を使用し、活動量と共に定期的に評価した。
【結果】
X+1年強までの身体的な改善は限定的で、軽活動量は5.7%→8.9%と上昇したが、HDS-Rは29→23点、SC-QOLスコア(ASCOT)は0.029→-0.263と低下。自宅復帰に向けた動機づけとして、本人の希望を根拠に活動量や生活範囲の拡大を図ったが、提案は実行に至らず活動量・日常生活の状況は大きく変化しなかった。本人も徐々に「もう諦めた」「帰りたいけど施設の生活が続いても仕方ない」と語るようになっていた。
転機はX+1年7カ月、本人が「帰りたいのは、家族がいた自宅」と語られた。そこに至る要因として、本人より「支援者に自宅復帰の際に具体的状況の想定を幾つも提示された(自宅での支援者の配置、移動や外出、金銭管理など)ことが考えを改めるキッカケとなった」様の発言があった。それまで本人の中で曖昧だった希望が初めて整理され、言語化された瞬間だったと考える。視覚や聴覚による外界との接点が乏しい中で、過去の「家族と過ごした生活」の記憶(自伝的記憶)が強く残っており、現実の生活との乖離を生んでいた。これは感情的な体験が記憶として強く定着しやすい高齢者の特徴でもあると考えられる。
この“語れなかった記憶”がようやく整理され、初めて自身の願いと現実との距離を自覚することができた。今回の「気づきと気持ちの整理」は、支援の方向性を再定義する重要な契機となった。
本人が語られた翌月(X+1年8カ月)に各アウトカムを再評価。軽活動量は5.8%と低下したが、SC-QOLスコア(ASCOT)は0.352と大幅な改善がみられた。現状本人の迷いや不安が消えた訳ではなく日常生活状況に明らかな変化はみられないが、会話時に笑顔が増える・時折自発的な発言をされるなど様子がみられた。
【考察】
この事例での支援の困難さは、本人の「自宅に帰りたい」が、実は“現実の自宅”ではなく“記憶の中の自宅”だったことに、支援者・本人自身も気づけなかった点にある。支援者は自宅復帰に関する動機づけを繰り返したが、実際には“行き先”が本人の中で明確でなかったため、行動に結びつかなかったと思われる。気づきの前に支援を積み重ねるだけでは変化が生まれなかった。
「帰りたいのは家族がいた自宅」という言葉は、単なる語りの変化ではなく“心の奥にあった願いがようやく言語化された瞬間”だったと考える。これが本人・支援者共に大きな転機となった。
結果として活動量は増加しなかったが、QOL(ASCOT)に改善が見られたことは、支援の質的転換と意味づけの変化が生活の満足度に与える影響を示唆している。
【まとめ】
本事例は様々な支援を重ねても変化が見られなかった期間を経て“本人の気づきと気持ちの整理”がQOLを動かした一例である。視覚障害や加齢による社会的刺激の低下により、過去の自伝的記憶が現在の行動や希望に影響を及ぼすことは十分考えられる。
今後も数値的な改善のみを支援の成果とせず、本人の中にある希望や記憶に丁寧に寄り添い、それが言葉になるまでの“時間”を支えるリハビリテーション支援が求められる。
