講演情報
[27-O-R003-01]生活再建支援型老健への展望困難事例からの考察
栃木県 ○野原 智和 (介護老人保健施設やすらぎの里八州苑)
【はじめに】
介護老人保健施設(以下、老健)は、在宅復帰支援を目的とする中間施設としての役割を担っている。当施設はその類型が確立された2018年当初より超強化型老健として地域に根差し、医療と介護の連携を軸に在宅復帰を推進してきた。しかし近年、高齢単身世帯の増加、家族機能の希薄化、経済的困窮や社会的孤立といった生活背景の変化により、一見既存のサービスで在宅復帰が可能に見えても、「住まいの喪失」や「保証人不在」などの福祉的困難によって退所が困難な事例が増加している。今後そのような事例がさらに増加していくことは確実視されており、超高齢社会の深化とともに、在宅復帰支援を主軸とする老健の役割が、従来の「医療・介護を提供する中間施設」から「生活再建の拠点」へと進化することが求められている。今回、まさに上記のような問題を背景とした「困難事例」において、本人の強い在宅復帰の希望をもとに、法人内の連携はもとより法人外の地域資源を活用し生活の土台から再構築を図った困難事例を経験した。紹介と考察を通じて老健の新たな役割を探る。
【事例】
66歳、男性。要介護1。生活保護受給中であり、金銭管理や身元保証は専門会社が代行していた。
重症弁膜症に伴う心房細動から上腸間膜動脈閉塞を発症し短腸症候群、および人工肛門造設状態となった。加えて、心原性脳梗塞による高次脳機能障害、慢性腎臓病、貧血を合併していた。医療機関入院前はサービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)に入居していたが、消化管出血を契機に急性期医療機関に入院。ターミナル期を想定した管理を目標に当施設に入所となった。
入所当初は施設での看取りが想定されていたものの、奇跡的に病状が安定しADLも著明に改善した。次第に「急変を待つような生活でなく、自分のペースで、もっと主体的に暮らしたい」という本人の意思が明確となり、在宅復帰に向けての支援を開始することとなった。まず以前に入居していたサ高住への再入居を提案したが、本人は「あそこは施設と同じ。普通の人と同じように、普通のアパートのような場所で暮らしたい」と強く拒否した。一方で、生活保護受給者である本人にとって最大の課題は「住まいの確保」が最大の課題であった。そこで、地域包括支援センターから情報を収集しながら複数の不動産業者と粘り強く交渉を行った。最終的にいくつか挙がった候補の中で、住宅扶助として認められるものがあるかどうか行政と協議。最終的に1か所条件を満たす物件を確保することに成功した。次いで、人工肛門の管理を含めた医療的ケアと生活の支援などを複合的に行う必要があったため、自法人の看護小規模多機能型居宅介護の利用を提案し情報の共有を行った。すべての条件が整った上で老健を退所。アパートでの新しい生活環境となってからも継続して安定した生活が可能となっており、最近では「働きたい」といった前向きな発言も聞かれるようになっている。
【考察】
今回の事例は、医療的安定のみでは在宅復帰が実現しないという現代の高齢者支援の課題を象徴していた。住まいや保証人の不在、生活保護といった複合的課題に対して、単なる「多職種連携」だけではなく「地域資源との多面的連携」が不可欠だった。在宅復帰とは単に自宅へ戻ることではなく、「本人が望む生活の再構築」であるという視点が、支援のあり方を大きく転換させた。老健が果たしうる支援の新たな可能性ではないかと考える。
今回、サ高住への再入居が最もシンプルであったが本人は希望しなかった。サ高住の実態が施設類似型に傾き、自由な生活を望む利用者にとっては選択肢になり得ないことは重要な示唆であると感じた。現在多数存在するサ高住は、併設の通所介護や訪問介護の利用を前提とした事実上の「有料老人ホーム」と化している。実際に、国土交通省の情報をもととした調査によると、サ高住のおよそ8割で上記のような介護・生活支援施設が併設となっていることがわかっている。制度上はわれわれ老健からサ高住への退所は「在宅復帰」であるものの、実態は乖離していることがわかる。本事例においては、本人からの強い希望もあり「一般住宅」での生活を支援することとなり、制度上での在宅復帰ではなく実質的な生活再建を実現した。その一方で、高齢者向け住宅でない「一般住宅」で適合する物件を見つけることは非常に困難であり、法人や施設がいかに地域と信頼関係を構築できているかが成否を分けるのではないかと感じた。そのためにも、在宅生活への移行が成功した後も「それで終わり」ではなくその後の支援を継続していくことが必要である。賃貸住宅で大きなトラブルにつながれば、今後その住宅を利用することが困難となるからである。今回の経験を通じて複数の不動産業者と良好な関係を築くことができ、現在も「住まい」を見つけるところからの困難事例の在宅復帰を支援しているところである。
今回の一連の取り組みは、単なる「生活の出口支援」に留まらず、利用者の生活を継続的に支え、再挑戦の機会を提供する「生活の循環支援」を実践できた好例である。現在子供や配偶者がいない孤立状態の高齢者はおよそ1割といわれており、地域包括ケアシステムの中で、今後老健は、医療・介護に加え、住まい・生活・再挑戦の支援を担う「生活再建の中核」となることが求められると思う。制度の枠にとらわれない発想と地域との協働こそが、今後の老健の価値を高める鍵である。われわれは既存の方法にとらわれず、在宅生活支援のさらなる可能性を模索し続けたい。
介護老人保健施設(以下、老健)は、在宅復帰支援を目的とする中間施設としての役割を担っている。当施設はその類型が確立された2018年当初より超強化型老健として地域に根差し、医療と介護の連携を軸に在宅復帰を推進してきた。しかし近年、高齢単身世帯の増加、家族機能の希薄化、経済的困窮や社会的孤立といった生活背景の変化により、一見既存のサービスで在宅復帰が可能に見えても、「住まいの喪失」や「保証人不在」などの福祉的困難によって退所が困難な事例が増加している。今後そのような事例がさらに増加していくことは確実視されており、超高齢社会の深化とともに、在宅復帰支援を主軸とする老健の役割が、従来の「医療・介護を提供する中間施設」から「生活再建の拠点」へと進化することが求められている。今回、まさに上記のような問題を背景とした「困難事例」において、本人の強い在宅復帰の希望をもとに、法人内の連携はもとより法人外の地域資源を活用し生活の土台から再構築を図った困難事例を経験した。紹介と考察を通じて老健の新たな役割を探る。
【事例】
66歳、男性。要介護1。生活保護受給中であり、金銭管理や身元保証は専門会社が代行していた。
重症弁膜症に伴う心房細動から上腸間膜動脈閉塞を発症し短腸症候群、および人工肛門造設状態となった。加えて、心原性脳梗塞による高次脳機能障害、慢性腎臓病、貧血を合併していた。医療機関入院前はサービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)に入居していたが、消化管出血を契機に急性期医療機関に入院。ターミナル期を想定した管理を目標に当施設に入所となった。
入所当初は施設での看取りが想定されていたものの、奇跡的に病状が安定しADLも著明に改善した。次第に「急変を待つような生活でなく、自分のペースで、もっと主体的に暮らしたい」という本人の意思が明確となり、在宅復帰に向けての支援を開始することとなった。まず以前に入居していたサ高住への再入居を提案したが、本人は「あそこは施設と同じ。普通の人と同じように、普通のアパートのような場所で暮らしたい」と強く拒否した。一方で、生活保護受給者である本人にとって最大の課題は「住まいの確保」が最大の課題であった。そこで、地域包括支援センターから情報を収集しながら複数の不動産業者と粘り強く交渉を行った。最終的にいくつか挙がった候補の中で、住宅扶助として認められるものがあるかどうか行政と協議。最終的に1か所条件を満たす物件を確保することに成功した。次いで、人工肛門の管理を含めた医療的ケアと生活の支援などを複合的に行う必要があったため、自法人の看護小規模多機能型居宅介護の利用を提案し情報の共有を行った。すべての条件が整った上で老健を退所。アパートでの新しい生活環境となってからも継続して安定した生活が可能となっており、最近では「働きたい」といった前向きな発言も聞かれるようになっている。
【考察】
今回の事例は、医療的安定のみでは在宅復帰が実現しないという現代の高齢者支援の課題を象徴していた。住まいや保証人の不在、生活保護といった複合的課題に対して、単なる「多職種連携」だけではなく「地域資源との多面的連携」が不可欠だった。在宅復帰とは単に自宅へ戻ることではなく、「本人が望む生活の再構築」であるという視点が、支援のあり方を大きく転換させた。老健が果たしうる支援の新たな可能性ではないかと考える。
今回、サ高住への再入居が最もシンプルであったが本人は希望しなかった。サ高住の実態が施設類似型に傾き、自由な生活を望む利用者にとっては選択肢になり得ないことは重要な示唆であると感じた。現在多数存在するサ高住は、併設の通所介護や訪問介護の利用を前提とした事実上の「有料老人ホーム」と化している。実際に、国土交通省の情報をもととした調査によると、サ高住のおよそ8割で上記のような介護・生活支援施設が併設となっていることがわかっている。制度上はわれわれ老健からサ高住への退所は「在宅復帰」であるものの、実態は乖離していることがわかる。本事例においては、本人からの強い希望もあり「一般住宅」での生活を支援することとなり、制度上での在宅復帰ではなく実質的な生活再建を実現した。その一方で、高齢者向け住宅でない「一般住宅」で適合する物件を見つけることは非常に困難であり、法人や施設がいかに地域と信頼関係を構築できているかが成否を分けるのではないかと感じた。そのためにも、在宅生活への移行が成功した後も「それで終わり」ではなくその後の支援を継続していくことが必要である。賃貸住宅で大きなトラブルにつながれば、今後その住宅を利用することが困難となるからである。今回の経験を通じて複数の不動産業者と良好な関係を築くことができ、現在も「住まい」を見つけるところからの困難事例の在宅復帰を支援しているところである。
今回の一連の取り組みは、単なる「生活の出口支援」に留まらず、利用者の生活を継続的に支え、再挑戦の機会を提供する「生活の循環支援」を実践できた好例である。現在子供や配偶者がいない孤立状態の高齢者はおよそ1割といわれており、地域包括ケアシステムの中で、今後老健は、医療・介護に加え、住まい・生活・再挑戦の支援を担う「生活再建の中核」となることが求められると思う。制度の枠にとらわれない発想と地域との協働こそが、今後の老健の価値を高める鍵である。われわれは既存の方法にとらわれず、在宅生活支援のさらなる可能性を模索し続けたい。
