講演情報
[27-P-CO01-02]死の予兆をどう捉える?死亡退所207例の分析
栃木県 ○小松原 利英 (介護老人保健施設やすらぎの里八州苑)
【はじめに】
当施設は、これまで「看取り退所」に力を入れてきた。ターミナル期においても、死亡までの正確な期間を予測する事はしばしば困難であり、介護者となる家族はその「終わりの見えない戦い」に疲弊してしまう事は少なくない。その結果として、家族が医療機関への入院などを希望し在宅看取りが実現しなかったケースを多数経験してきた。その経験から、実際に看取りに至るまでの期間に、家族が適切なレスパイトを得られるよう取り組んできた事がこの「看取り退所」である。具体的には、ターミナル期において最期を自宅で迎える事を目的に、施設内で一定期間ケアを行い、死期が迫ったと判断された段階で自宅に退所していただく支援である。これまでこの取り組みを経て在宅看取りを達成できた事例において、家族の満足度は極めて高く一定の手ごたえを得てきた。その一方で、老健入所中であってもやはり正確な死亡時期を予測するのは難しく、退所のタイミングが早ければ家族の負担が増大する事で在宅看取りが達成できず、遅すぎれば老健内で死亡退所となってしまう課題を感じていた。そこで本研究では、当施設で死亡退所となった事例を後方視的に分析し、死亡予測に有用な身体所見や経過上の指標を抽出できるか検証を行った。
【方法】
対象は、2022年4月1日から2025年3月31日までの3年間に当施設に入所し、死亡退所となった利用者とした。それぞれの臨床的データ(性別、年齢、介護度、死因、死亡を事前に予期できたか、補液の有無とその期間、経口摂取の有無とその期間、死亡前に得られた身体所見)について調査し、事前に死亡を予測し得る身体所見があるかどうか検証を行った。なお、本研究におけるデータの使用は、個人を特定できない形で集計を行いオプトアウト方式での掲示で対応した。
【結果】
対象は207名で、内訳は男性96名(46.4%)、女性111名(53.6%)、平均年齢は88.4歳(66-103)で、平均介護度は3.92だった。入所日数に関しては1-4702日と幅広く、中央値は62日だった。経過中に補液を行った利用者は179名(86.5%)であり、実施した期間は1-7日が63名、8-30日が64名、31日以上が52名だった。経口摂取を行わなかった期間について解析すると、0日(直前まで経口摂取をしていた)が63名、1-7日が92名、8-30日が39名、31日以上が12名であり、経口摂取不能となると94.2%が1カ月以内に死亡する事がわかった。また、対象のうち経管栄養を行っている利用者が13名、中心静脈栄養を行っている利用者が3名いた。
死因は感染症47名(22.7%)、悪性新生物35名(16.9%)、認知症30名(14.5%)、老衰24名(11.6%)などで5割強を占めており、認知症・老衰を合わせた経口摂取不能型の死因が最多(26.1%)であった(他、脳血管障害:15名、原因不明の急死:15名、消化器疾患:10名、心疾患:9名、脳血管障害以外の神経疾患:5名、呼吸器疾患:3名、その他:14名)。また、全体の83.6%は死亡が事前に予期可能だったが、15.9%は事前に死亡が予期できなかった。数日前に死亡を予測する身体所見として確認されたものは、下顎呼吸や努力様呼吸といった呼吸の異常(30名)、低体温(9名)、血便やタール便といった消化管出血を示唆する便所見(8名)、強い刺激にも反応しないような意識レベルの低下(30名)が挙げられたが(重複あり)、全体の71.0%におよぶ147名は死亡当日までこれらの所見が全く確認できなかった。死亡を事前に予期していた集団を対象としても、65.3%が死亡当日までこれらの身体所見を認めていなかった。
【考察】
今回の調査で重要な点は、「看取り退所」を目標とした場合に有効な身体所見はほとんど無いという事である。事前に死亡する事を予期していても、その6割以上が当日までほとんど決定的な所見無く経過している。比較的事前に観察されやすい所見に「呼吸の異常」や「意識レベルの低下」が挙げられるが、これらが観察されるようになると家族は看取りを目的に退所するという決断をしにくい。「呼吸の異常」は搬送自体に不安を感じるうえ、喀痰の吸引などを考えると施設にそのままいた方がいいのではないか、と感じる家族は少なくない。「意識レベルの低下」については、そもそも退所する目的が、家族や親戚あるいは近所の人など多くの人と最後に会話させてあげたいから、と考えているケースが多く「看取り退所」を行う強い動機付けにならない。そのため、「看取り退所」においてはこれらの所見はあまり有用ではなく、結果として安直に用いる事のできる所見はほぼ無いと判断できる。
その一方で、正確な予測ではないもののおよその時期を判断できる指標に「経口摂取不能となった時期」が挙げられる。9割超が摂取不能となってから1カ月以内に死亡しており、およその時期を判定し家族へ伝える事のできる重要な情報と考える。
われわれはこれまで、10例を超える「看取り退所」を実現してきた。その大半が数日以内に死亡しており、その実績を鑑みると比較的正確に死亡の時期を予測していた事がうかがわれる。今回の調査において、決定的な所見が見つけられなかったにもかかわらずどのように判断していたのか、それは「変化の度合い」ではないかと考えた。207例の経過を振り返ると、決定的な所見ではないが個別の事例に関わるさまざまな職種のスタッフが、「普段よりも体調が悪そうだ」と判断してリハビリを中断したり、食堂への移動を中止したり、バイタルを臨時で複数回測定したりしている事が少なくなかった。われわれ医師が、general appearanceで患者の状態を判断する事と同様である。つまり、真に有効な指標とは、対象について多角的、つまり他職種でアセスメントする事に他ならないと考える。これはまさに老健における多職種協働の意義を体現しており、この知見をもとに老健ならではの「看取り退所」の質の向上に努めていきたい。
当施設は、これまで「看取り退所」に力を入れてきた。ターミナル期においても、死亡までの正確な期間を予測する事はしばしば困難であり、介護者となる家族はその「終わりの見えない戦い」に疲弊してしまう事は少なくない。その結果として、家族が医療機関への入院などを希望し在宅看取りが実現しなかったケースを多数経験してきた。その経験から、実際に看取りに至るまでの期間に、家族が適切なレスパイトを得られるよう取り組んできた事がこの「看取り退所」である。具体的には、ターミナル期において最期を自宅で迎える事を目的に、施設内で一定期間ケアを行い、死期が迫ったと判断された段階で自宅に退所していただく支援である。これまでこの取り組みを経て在宅看取りを達成できた事例において、家族の満足度は極めて高く一定の手ごたえを得てきた。その一方で、老健入所中であってもやはり正確な死亡時期を予測するのは難しく、退所のタイミングが早ければ家族の負担が増大する事で在宅看取りが達成できず、遅すぎれば老健内で死亡退所となってしまう課題を感じていた。そこで本研究では、当施設で死亡退所となった事例を後方視的に分析し、死亡予測に有用な身体所見や経過上の指標を抽出できるか検証を行った。
【方法】
対象は、2022年4月1日から2025年3月31日までの3年間に当施設に入所し、死亡退所となった利用者とした。それぞれの臨床的データ(性別、年齢、介護度、死因、死亡を事前に予期できたか、補液の有無とその期間、経口摂取の有無とその期間、死亡前に得られた身体所見)について調査し、事前に死亡を予測し得る身体所見があるかどうか検証を行った。なお、本研究におけるデータの使用は、個人を特定できない形で集計を行いオプトアウト方式での掲示で対応した。
【結果】
対象は207名で、内訳は男性96名(46.4%)、女性111名(53.6%)、平均年齢は88.4歳(66-103)で、平均介護度は3.92だった。入所日数に関しては1-4702日と幅広く、中央値は62日だった。経過中に補液を行った利用者は179名(86.5%)であり、実施した期間は1-7日が63名、8-30日が64名、31日以上が52名だった。経口摂取を行わなかった期間について解析すると、0日(直前まで経口摂取をしていた)が63名、1-7日が92名、8-30日が39名、31日以上が12名であり、経口摂取不能となると94.2%が1カ月以内に死亡する事がわかった。また、対象のうち経管栄養を行っている利用者が13名、中心静脈栄養を行っている利用者が3名いた。
死因は感染症47名(22.7%)、悪性新生物35名(16.9%)、認知症30名(14.5%)、老衰24名(11.6%)などで5割強を占めており、認知症・老衰を合わせた経口摂取不能型の死因が最多(26.1%)であった(他、脳血管障害:15名、原因不明の急死:15名、消化器疾患:10名、心疾患:9名、脳血管障害以外の神経疾患:5名、呼吸器疾患:3名、その他:14名)。また、全体の83.6%は死亡が事前に予期可能だったが、15.9%は事前に死亡が予期できなかった。数日前に死亡を予測する身体所見として確認されたものは、下顎呼吸や努力様呼吸といった呼吸の異常(30名)、低体温(9名)、血便やタール便といった消化管出血を示唆する便所見(8名)、強い刺激にも反応しないような意識レベルの低下(30名)が挙げられたが(重複あり)、全体の71.0%におよぶ147名は死亡当日までこれらの所見が全く確認できなかった。死亡を事前に予期していた集団を対象としても、65.3%が死亡当日までこれらの身体所見を認めていなかった。
【考察】
今回の調査で重要な点は、「看取り退所」を目標とした場合に有効な身体所見はほとんど無いという事である。事前に死亡する事を予期していても、その6割以上が当日までほとんど決定的な所見無く経過している。比較的事前に観察されやすい所見に「呼吸の異常」や「意識レベルの低下」が挙げられるが、これらが観察されるようになると家族は看取りを目的に退所するという決断をしにくい。「呼吸の異常」は搬送自体に不安を感じるうえ、喀痰の吸引などを考えると施設にそのままいた方がいいのではないか、と感じる家族は少なくない。「意識レベルの低下」については、そもそも退所する目的が、家族や親戚あるいは近所の人など多くの人と最後に会話させてあげたいから、と考えているケースが多く「看取り退所」を行う強い動機付けにならない。そのため、「看取り退所」においてはこれらの所見はあまり有用ではなく、結果として安直に用いる事のできる所見はほぼ無いと判断できる。
その一方で、正確な予測ではないもののおよその時期を判断できる指標に「経口摂取不能となった時期」が挙げられる。9割超が摂取不能となってから1カ月以内に死亡しており、およその時期を判定し家族へ伝える事のできる重要な情報と考える。
われわれはこれまで、10例を超える「看取り退所」を実現してきた。その大半が数日以内に死亡しており、その実績を鑑みると比較的正確に死亡の時期を予測していた事がうかがわれる。今回の調査において、決定的な所見が見つけられなかったにもかかわらずどのように判断していたのか、それは「変化の度合い」ではないかと考えた。207例の経過を振り返ると、決定的な所見ではないが個別の事例に関わるさまざまな職種のスタッフが、「普段よりも体調が悪そうだ」と判断してリハビリを中断したり、食堂への移動を中止したり、バイタルを臨時で複数回測定したりしている事が少なくなかった。われわれ医師が、general appearanceで患者の状態を判断する事と同様である。つまり、真に有効な指標とは、対象について多角的、つまり他職種でアセスメントする事に他ならないと考える。これはまさに老健における多職種協働の意義を体現しており、この知見をもとに老健ならではの「看取り退所」の質の向上に努めていきたい。
