講演情報
[28-O-A009-04]歩けていた人にこそ、急な変化を見逃さないケアを褥瘡ゼロが変えたのは、ケアの質とチームの意識だった
兵庫県 ○湯本 美貴1, 福島 飛鳥1, 坂口 強1, 奥知 博志2 (1.介護老人保健施設鵠芭, 2.奥知外科医院)
【ケース紹介と経過の概要】
本事例の対象者は80代女性、要介護5。既往歴にモヤモヤ病、脳梗塞、高血圧、糖尿病、低ナトリウム血症を有し、入所時には食事自立・移乗一部介助であった。日中は車椅子中心の生活を送っていたが、ある時期から表情の乏しさや反応の鈍化が見られるようになり、活動性の低下が緩やかに進行していた。動作も緩慢となり、反応も乏しく、全介助に近い状態へと移行していた。
スタッフが異変に気づいたのは、3週間ほどをかけて次第に臥床時間が延びた頃であり、仙骨部の皮膚発赤と痛みの訴えから褥瘡の存在が明らかになった。
初回の褥瘡評価では、DESIGN-Rスコアはd2-e1s3i0g0n0p0=4点。当初はエアマットの導入、離床促進、クッションによる体圧分散など、施設内で可能な物理的介入を行った。しかしながら、こうした対応にもかかわらず褥瘡は改善せず、本人は臥床傾向を強めていった。さらにDESIGN-Rスコアはd2-e3s6i1g1n0P6=17点と重度であり、介護職や看護師、リハ職の間で「なぜ改善しないのか?」という疑問が共有され、施設医の判断により病院の脳外科を受診。MRI検査では新たな器質的異常は見られなかったが、血液検査で「軽度の低ナトリウム血症(127mEq/L)」が確認され、診断名は「低Na血症」とされた。
既往歴に同様の低Na血症を有していたこと、脳血流低下との併存、さらに複数疾患の影響が複合的に作用し、反応性や活動性の低下が引き起こされた可能性が高いと考えられた。
【支援体制の再構築】
この経過を踏まえ、施設内では褥瘡を単なる皮膚症状ではなく、「生活機能が静かに崩れた結果として皮膚に現れた兆候」として再定義する方針が共有された。
歯科医師により嚥下内視鏡検査(VE)を実施し、指導のもと「固形食→とろみ水分」への提供順序変更を行った。
さらに、リハビリ職がiPadで食事中の動画を撮影・分析し、嚥下時の姿勢角度・座位安定性・介助位置を詳細に評価。食事環境そのものを「摂取しやすい場」として再設計した。介護職も協力し、食事を2回に分けて提供する時間分割方式を導入。疲労軽減と摂取量確保を両立し、無理なく必要栄養を摂取できるよう工夫した。また、塩分摂取のため梅干しを追加し、必要エネルギー量の補完のためにMCTオイルの使用を開始した。
動作面では、褥瘡発症以前よりフロア全体で「離床支援」を重視していたものの、実際の介助動作中における剪断力の発生や姿勢保持の不安定さが褥瘡部位への影響因子となっていた。これに対し、リハ職・介護職・看護職の三者が連携し、移乗や体位変換、座位保持方法の標準化を図った。また、職員間で動画を用いた介助場面の振り返りとフィードバックを定期的に行い、支援の質と一貫性を高めていった。
当施設では、ベッド・車椅子・マット類などの福祉用具を福祉用具業者とリース契約しており、利用者の状態に応じて最適な機器を迅速に導入できる体制を整えている。本事例においても、複数のエアマットの試行や、体圧分散に優れた用具の選定を通じ、本人に適した用具をタイムリーに導入した。
【結果】こうした多職種連携による一貫した取り組みの結果、発見からおよそ3か月後には褥瘡は治癒。DESIGN-Rスコアはd0-e0s0i0g0n0p0=0点となり、創部は完全閉鎖した。並行して、表情や発語、食事量、離床時間も徐々に回復し、生活の質は大きく改善した。歩行も軽度介助で可能となり、動きもややスムーズになった。声掛けに返答する場面も見られるようになった。さらにご家族からは、「以前のように一緒に食事ができるようになった」「話もでき、笑顔も増えた」との言葉も寄せられた。
【考察】
本事例は、褥瘡を皮膚の疾患としてのみ捉えるのではなく、「生活機能の崩れ」と「支援技術の未整備」が生んだ“兆候”として位置づけ直す重要性を示している。特に、動作時の剪断力への着目と、それに対する支援方法の見直し・統一化を図った点は、褥瘡の治癒のみならず、チーム全体の技術的成長に直結した。また、iPad等のICT機器を活用した“見える化”により、若手職員や経験の浅いスタッフでも介助の良し悪しを共有・学習できる環境が整備された。現場での“言語化”と“映像化”を重ねることで、知識が共有知となり、チーム全体の判断力と支援の質が底上げされた。
最大の成果は、褥瘡が「治った」という結果にとどまらず、“次も治せる現場”をつくれたことにある。今回のケアを通じ、職員一人ひとりが自ら考え、声を出し、行動できるチーム文化が育まれた。
褥瘡ケアとは、単に皮膚を守る技術ではなく、利用者の動作や関係性を支え直す、チームの力を引き出す実践である。本事例で得られた学びと文化は、今後のケア全般においても貴重な財産となり得る。
【倫理的配慮】本研究は医療法人社団渾深会倫理審査委員会の承認(承認番号:2025-02)を得て実施した。
