講演情報
[28-O-C007-03]終末期の外出支援がグリーフケアの一助となった事例
鳥取県 ○西村 信也, 坂根 花鈴 (介護老人保健施設仁風荘)
【はじめに】
グリーフとは直訳すると「悲嘆」や「深い悲しみ」を意味する言葉である。本研究ではグリーフを「近親者との死別など様々な愛情や依存の対象を喪失した際に生じる反応」とする。またグリーフケアを「悲嘆のプロセスに寄り添い遺族の適応過程にとって何らかの助けになる行い」と定義する。
当施設では終末期を迎えた利用者の看取りの対応を行うことは以前からあったが、死亡退所された後の家族のグリーフケアについては入所部門のスタッフは関わることが少なかった。今回終末期に本人と家族の要望により外出支援を行った2事例において、死亡退所後に家族より感謝と共にグリーフを軽減できた旨のお言葉を頂いた。本事例の終末期における外出支援が家族のグリーフケアに繋がったかどうかを考察したので報告する。
利用者紹介
A氏 男性 90歳台 入所期間:3カ月、主病名:慢性心不全
B氏 女性 90歳台 入所期間:11カ月、主病名:子宮頸がん
【倫理的配慮】
対象者家族へ研究の趣旨と研究以外では情報を使用しないこと、個人が特定できないように配慮すること説明し、同意を得た。本研究は養和会研究倫理委員会に承認を得て実施した。
【研究の内容】
1)目的
本事例の終末期における外出支援が家族のグリーフケアに繋がったのか明らかにする。
2)研究期間
4か月間
3)データ収集方法
A氏、B氏、家族の言動について介護記録、電子カルテより収集する。
【結果】
A氏は入所当初は車いすの自操や移乗を軽介助で行えたが、慢性心不全悪化により徐々に状態が悪化していった。認知機能低下は少なく発語も明瞭で最後まで意思疎通は明確にできていた。好きな食べ物の差し入れを望まれることが多く家族は「こんな事しかできなくて」と言いほぼ毎日本人の好物を持って面会に来ていた。医師より心不全増悪による終末期との判断の後に本人、家族から最後に家に帰りたいとの要望があった。本人と家族を含めて医師や看護師、介護福祉士、理学療法士や介護支援相談員など多職種が参加しカンファレンスを行い、希望に沿い外出支援をすることが決まった。自宅への外出支援は看護師、介護福祉士が同伴した。外出支援中は本人、家族とも笑顔があふれていた。
外出支援後2週間ほどで死亡退所となった。家族が荷物を取りに来られた際や、その後電話連絡をした際に外出時の話になり、家族より「とてもいい笑顔が見られた」「してあげられてよかった」等の発言があった。
B氏は入所当初は編み物や折り紙などを好んでしており、集団でのレクリエーションにも積極的に参加していた。しかし、子宮頸がんの影響もあり病状が進行するにつれ食思不振、認知機能、身体機能が低下し離床が困難な状態になった。家族が面会に来た際も傾眠していることが多く会話ができないことが多かった。その際には家族は「今日も話ができませんでした。」とうなだれて帰っていた。調子のよい時に本人、家族へ意向確認すると外出の要望があったため、多職種でのカンファレンスの後に看護師、理学療法士らと共に外出を行った。外出時は覚醒状態がよく笑顔で会話ができていた。家族からは「近所の人も来てくれて会わせてあげられた。」「元気な姿が見られて良かった」との発言があった。
外出後3週間ほどで死亡退所となった。家族が荷物を取りに来られた際に外出に同行したスタッフを呼び「お世話になりました」「昔の母みたいだった」と感謝と達成感などを感じさせる発言があった。
【考察】
宮林1)らは残された家族は「喪失対象を思い出し、恋しく思う「思慕」や、先だった人に「負い目」を感じます」と述べている。「こんな事しかできなくて」との発言やうなだれて帰っていた家族が外出後には「してあげられてよかった」「会わせてあげられた」と発言内容に変化が見られる。悲嘆のプロセスは人によって過程が変わり、悲しみの感情が行ったり来たりすることもあるため、グリーフが全て癒されたとの評価はできない。しかし今回の外出支援は家族の自己肯定感を高め達成感、満足感によって負い目を軽減し、グリーフを軽減できたといえる。そのためグリーフケアは亡くなられた後に行うケアとは限らず、終末期に行ったケアが家族の悲嘆のプロセスに寄り添い、家族の適応過程にとって助けになったと考える。
【おわりに】
本事例の終末期における本人、家族の要望によるご自宅への外出支援は本人が死去した後の家族の悲嘆の軽減に影響しグリーフケアの一助となった。今後は本事例で得られた学びを活かし終末期ケアの充実に取り組んでいきたい。
【引用・参考文献】
1)宮林幸江・関本昭治著:はじめて学ぶグリーフケア,日本看護協会出版会,P7,2012.
2)水野治太郎著:ナラティヴ・アプローチによるグリーフケアの理論と実際 人生の「語り直し」を支援する,金子書房,2017.
グリーフとは直訳すると「悲嘆」や「深い悲しみ」を意味する言葉である。本研究ではグリーフを「近親者との死別など様々な愛情や依存の対象を喪失した際に生じる反応」とする。またグリーフケアを「悲嘆のプロセスに寄り添い遺族の適応過程にとって何らかの助けになる行い」と定義する。
当施設では終末期を迎えた利用者の看取りの対応を行うことは以前からあったが、死亡退所された後の家族のグリーフケアについては入所部門のスタッフは関わることが少なかった。今回終末期に本人と家族の要望により外出支援を行った2事例において、死亡退所後に家族より感謝と共にグリーフを軽減できた旨のお言葉を頂いた。本事例の終末期における外出支援が家族のグリーフケアに繋がったかどうかを考察したので報告する。
利用者紹介
A氏 男性 90歳台 入所期間:3カ月、主病名:慢性心不全
B氏 女性 90歳台 入所期間:11カ月、主病名:子宮頸がん
【倫理的配慮】
対象者家族へ研究の趣旨と研究以外では情報を使用しないこと、個人が特定できないように配慮すること説明し、同意を得た。本研究は養和会研究倫理委員会に承認を得て実施した。
【研究の内容】
1)目的
本事例の終末期における外出支援が家族のグリーフケアに繋がったのか明らかにする。
2)研究期間
4か月間
3)データ収集方法
A氏、B氏、家族の言動について介護記録、電子カルテより収集する。
【結果】
A氏は入所当初は車いすの自操や移乗を軽介助で行えたが、慢性心不全悪化により徐々に状態が悪化していった。認知機能低下は少なく発語も明瞭で最後まで意思疎通は明確にできていた。好きな食べ物の差し入れを望まれることが多く家族は「こんな事しかできなくて」と言いほぼ毎日本人の好物を持って面会に来ていた。医師より心不全増悪による終末期との判断の後に本人、家族から最後に家に帰りたいとの要望があった。本人と家族を含めて医師や看護師、介護福祉士、理学療法士や介護支援相談員など多職種が参加しカンファレンスを行い、希望に沿い外出支援をすることが決まった。自宅への外出支援は看護師、介護福祉士が同伴した。外出支援中は本人、家族とも笑顔があふれていた。
外出支援後2週間ほどで死亡退所となった。家族が荷物を取りに来られた際や、その後電話連絡をした際に外出時の話になり、家族より「とてもいい笑顔が見られた」「してあげられてよかった」等の発言があった。
B氏は入所当初は編み物や折り紙などを好んでしており、集団でのレクリエーションにも積極的に参加していた。しかし、子宮頸がんの影響もあり病状が進行するにつれ食思不振、認知機能、身体機能が低下し離床が困難な状態になった。家族が面会に来た際も傾眠していることが多く会話ができないことが多かった。その際には家族は「今日も話ができませんでした。」とうなだれて帰っていた。調子のよい時に本人、家族へ意向確認すると外出の要望があったため、多職種でのカンファレンスの後に看護師、理学療法士らと共に外出を行った。外出時は覚醒状態がよく笑顔で会話ができていた。家族からは「近所の人も来てくれて会わせてあげられた。」「元気な姿が見られて良かった」との発言があった。
外出後3週間ほどで死亡退所となった。家族が荷物を取りに来られた際に外出に同行したスタッフを呼び「お世話になりました」「昔の母みたいだった」と感謝と達成感などを感じさせる発言があった。
【考察】
宮林1)らは残された家族は「喪失対象を思い出し、恋しく思う「思慕」や、先だった人に「負い目」を感じます」と述べている。「こんな事しかできなくて」との発言やうなだれて帰っていた家族が外出後には「してあげられてよかった」「会わせてあげられた」と発言内容に変化が見られる。悲嘆のプロセスは人によって過程が変わり、悲しみの感情が行ったり来たりすることもあるため、グリーフが全て癒されたとの評価はできない。しかし今回の外出支援は家族の自己肯定感を高め達成感、満足感によって負い目を軽減し、グリーフを軽減できたといえる。そのためグリーフケアは亡くなられた後に行うケアとは限らず、終末期に行ったケアが家族の悲嘆のプロセスに寄り添い、家族の適応過程にとって助けになったと考える。
【おわりに】
本事例の終末期における本人、家族の要望によるご自宅への外出支援は本人が死去した後の家族の悲嘆の軽減に影響しグリーフケアの一助となった。今後は本事例で得られた学びを活かし終末期ケアの充実に取り組んでいきたい。
【引用・参考文献】
1)宮林幸江・関本昭治著:はじめて学ぶグリーフケア,日本看護協会出版会,P7,2012.
2)水野治太郎著:ナラティヴ・アプローチによるグリーフケアの理論と実際 人生の「語り直し」を支援する,金子書房,2017.
