講演情報
[28-O-D005-03]昼夜逆転が教えてくれた“その人らしさ”とは~パーソン・センタード・ケアの実践より~
東京都 ○大橋 佐和子 (台東区立老人保健施設千束)
【はじめに】
認知症高齢者の行動には、その人が長年培ってきた生活リズムやこだわりが色濃く表れる。施設生活に適応できない「問題行動」と捉えがちな活動も、今迄の生活史に根ざした意味をもつと考えられる。認知症ケアにおいては、本人の価値観や背景を尊重し個別性を重視した関わりが不可欠であり、これはパーソン・センタード・ケア(Person-Centered Care)の理念にも合致する。本事例では、昼夜逆転・見当識障害・ポリファーマシー等の課題を抱えるA氏に対し、認知症看護認定看護師として”その人らしさ”に着目し、本人の生活スタイルに寄り添ったケアを多面的に展開した。
【目的】
昼夜逆転や見当識障害、頻尿などの課題を抱える認知症高齢者に対し、個別性に着目し本来の生活スタイルに近づけ、”その人らしさ”を尊重したケアを実践することでQOLの向上を目指すこと、及び家族の負担軽減を図り、在宅復帰を目指すことを目的とした。
【対象者】
A氏、92歳女性、アルツハイマー型認知症、神経因性膀胱、長谷川式認知症スケール6/30点、要介護5。数回の転倒歴と骨折による手術歴あり。ポリファーマシー。
見当識障害、昼夜逆転、夜間覚醒、夜間頻尿。食事摂取自立、歩行・排泄は軽介助、入浴・更衣は全介助。
介護者である娘の身体的・精神的負担が増大し、在宅での介護に困難を生じて入所に至る。
【実践内容】
A氏は、日中の反応が乏しく昼夜逆転による傾眠や歩行時のふらつきがあった。深夜になると多動、空腹感の訴え、頻尿(15~17回)が出現した。娘は「家でも一旦床につくものの夜中に起きて動いていた」と疲れた様子で話し、在宅時の疲弊の様子が明らかであった。内服薬は、8種類/11.5錠2包、抗認知症薬や睡眠薬が複数処方されており、夜間の覚醒やせん妄様症状には頓用薬が追加される場面もあった。
A氏の対応に試行錯誤する中で「A氏の生活史や行動パターンを捉えることで、ケアの糸口が見出せるのではないか」との考えに至り、本人理解を起点にした介入を開始した。
まず、夜間の頻尿や覚醒に対し水分摂取の時間制限、転倒予防を目的としたベッド位置の見直しやプロテクターパンツの導入、照明や寝具の環境調整を行った。覚醒時には、時間の見当識を支える声かけや補食に加え、かつてA氏が仕事で行っていた帳簿の模倣など、A氏の生活史を取り入れた対応を実践した。
また、A氏の言動にも着目し「暗く静かで寂しい」との呟きと、日中の賑やかなフロアで安心したように眠る様子から「静かすぎる個室に不安を抱くのでは」と仮説を立て、多床室への転室を試みた。娘は「皆さんに迷惑かけてないか心配です」と困惑しながらも、転室やプロテクターパンツの導入には前向きに協力してくれた。
加えて、義歯を拒否し丸呑みで食事を終え、他利用者の食事を食べようとする状況から、咀嚼での満足感や満腹感を感じられるよう誤嚥リスクを再評価した上で、主食のみ軟飯に変更した。夕方以降の活動的な時間帯には、行動を予測し「先読みして付き添う」方法へとケアを転換した。
更に、睡眠・排尿・覚醒パターンを睡眠評価表で可視化し、その情報をもとに多職種カンファレンスを開催した。カンファレンスでは、利用者の生活リズムと薬物治療の関連性に着目し、医師・薬剤師を含む関係職種に対し内服薬の再評価と非薬物的アプローチの必要性を提案した。その結果、抗認知症薬・睡眠薬・緩下剤を3種類/計4錠へと大幅な減薬が実現した。
【結果】
A氏は日中の覚醒時間が増え、眼差しや表情が明瞭となり、発語や歩行も徐々に安定した。夜間の睡眠時間も次第に延伸し日中の傾眠が減少、空腹感の訴えや流涎が軽減してきた。しかし、深夜2~3時に覚醒する状況は変わらなかった。
この事について熟考した末、「これは、A氏本来の生活リズムではないか」と気付いた。よって「施設の生活にA氏を合わせる」のではなく「A氏の生活に私たちが寄り添う」という発想へ転換した。
夜間覚醒している時間帯はフロアで過ごし、まどろみが見られた際には居室へ誘導した。限られた人員体制の中スタッフ間で声をかけ合い、ケアを継続した。
A氏の変化に対し娘は「こんなに元気になって。家に帰らせてあげたい、帰らせてあげるべきとも思います」と喜びの表情で語り、在宅での介護再開を決意し、自宅退所となった。
【考察】
認知症になっても個人の尊厳が尊重されるべきであり、行動の裏にある意味や生活の背景を丁寧に読み解くことでケアの在り方が変わり、ご家族の想いと希望を取り戻す支援ができたと考える。特に、在宅復帰が実現できたことは、本人理解に基づく関わりがいかに力を持つかを示す具体的な成果であり、“その人らしさ”に焦点を当てたケアの重要性を改めて実感した。
また、行動・心理症状を発症している利用者が同じ環境下・同じパターンで生活することは大変難しく、思わず支援する側にペースを合わせてしまいがちである。しかし、施設でも個人の生活スタイルと本人の気持ちに寄り添う姿勢が大切であると感じた。利用者の健やかで安心な施設生活を支えるための行動を変革するきっかけにつながったと考える。
【おわりに】
A氏の生活スタイルや心理的ニーズに寄り添った個別性の高い支援と、薬物に依存しないケアアプローチの導入は、結果としてQOLの向上に寄与し、パーソン・センタード・ケアの実践的意義を改めて認識する機会となった。また、各専門職を巻き込み、多職種カンファレンスや業務の変革等を働きかけたことで、ケアの質や対応力の向上に加え、「ケアとは誰のためにあるのか」をスタッフが改めて考えることにつながり、気づきや学びになった。今後もその問いを胸に、個人の尊厳と意思を尊重しながら個別性を重視したケアの在り方を継続的に模索し、”その人らしさ”を支える環境づくりを推進していきたい。
認知症高齢者の行動には、その人が長年培ってきた生活リズムやこだわりが色濃く表れる。施設生活に適応できない「問題行動」と捉えがちな活動も、今迄の生活史に根ざした意味をもつと考えられる。認知症ケアにおいては、本人の価値観や背景を尊重し個別性を重視した関わりが不可欠であり、これはパーソン・センタード・ケア(Person-Centered Care)の理念にも合致する。本事例では、昼夜逆転・見当識障害・ポリファーマシー等の課題を抱えるA氏に対し、認知症看護認定看護師として”その人らしさ”に着目し、本人の生活スタイルに寄り添ったケアを多面的に展開した。
【目的】
昼夜逆転や見当識障害、頻尿などの課題を抱える認知症高齢者に対し、個別性に着目し本来の生活スタイルに近づけ、”その人らしさ”を尊重したケアを実践することでQOLの向上を目指すこと、及び家族の負担軽減を図り、在宅復帰を目指すことを目的とした。
【対象者】
A氏、92歳女性、アルツハイマー型認知症、神経因性膀胱、長谷川式認知症スケール6/30点、要介護5。数回の転倒歴と骨折による手術歴あり。ポリファーマシー。
見当識障害、昼夜逆転、夜間覚醒、夜間頻尿。食事摂取自立、歩行・排泄は軽介助、入浴・更衣は全介助。
介護者である娘の身体的・精神的負担が増大し、在宅での介護に困難を生じて入所に至る。
【実践内容】
A氏は、日中の反応が乏しく昼夜逆転による傾眠や歩行時のふらつきがあった。深夜になると多動、空腹感の訴え、頻尿(15~17回)が出現した。娘は「家でも一旦床につくものの夜中に起きて動いていた」と疲れた様子で話し、在宅時の疲弊の様子が明らかであった。内服薬は、8種類/11.5錠2包、抗認知症薬や睡眠薬が複数処方されており、夜間の覚醒やせん妄様症状には頓用薬が追加される場面もあった。
A氏の対応に試行錯誤する中で「A氏の生活史や行動パターンを捉えることで、ケアの糸口が見出せるのではないか」との考えに至り、本人理解を起点にした介入を開始した。
まず、夜間の頻尿や覚醒に対し水分摂取の時間制限、転倒予防を目的としたベッド位置の見直しやプロテクターパンツの導入、照明や寝具の環境調整を行った。覚醒時には、時間の見当識を支える声かけや補食に加え、かつてA氏が仕事で行っていた帳簿の模倣など、A氏の生活史を取り入れた対応を実践した。
また、A氏の言動にも着目し「暗く静かで寂しい」との呟きと、日中の賑やかなフロアで安心したように眠る様子から「静かすぎる個室に不安を抱くのでは」と仮説を立て、多床室への転室を試みた。娘は「皆さんに迷惑かけてないか心配です」と困惑しながらも、転室やプロテクターパンツの導入には前向きに協力してくれた。
加えて、義歯を拒否し丸呑みで食事を終え、他利用者の食事を食べようとする状況から、咀嚼での満足感や満腹感を感じられるよう誤嚥リスクを再評価した上で、主食のみ軟飯に変更した。夕方以降の活動的な時間帯には、行動を予測し「先読みして付き添う」方法へとケアを転換した。
更に、睡眠・排尿・覚醒パターンを睡眠評価表で可視化し、その情報をもとに多職種カンファレンスを開催した。カンファレンスでは、利用者の生活リズムと薬物治療の関連性に着目し、医師・薬剤師を含む関係職種に対し内服薬の再評価と非薬物的アプローチの必要性を提案した。その結果、抗認知症薬・睡眠薬・緩下剤を3種類/計4錠へと大幅な減薬が実現した。
【結果】
A氏は日中の覚醒時間が増え、眼差しや表情が明瞭となり、発語や歩行も徐々に安定した。夜間の睡眠時間も次第に延伸し日中の傾眠が減少、空腹感の訴えや流涎が軽減してきた。しかし、深夜2~3時に覚醒する状況は変わらなかった。
この事について熟考した末、「これは、A氏本来の生活リズムではないか」と気付いた。よって「施設の生活にA氏を合わせる」のではなく「A氏の生活に私たちが寄り添う」という発想へ転換した。
夜間覚醒している時間帯はフロアで過ごし、まどろみが見られた際には居室へ誘導した。限られた人員体制の中スタッフ間で声をかけ合い、ケアを継続した。
A氏の変化に対し娘は「こんなに元気になって。家に帰らせてあげたい、帰らせてあげるべきとも思います」と喜びの表情で語り、在宅での介護再開を決意し、自宅退所となった。
【考察】
認知症になっても個人の尊厳が尊重されるべきであり、行動の裏にある意味や生活の背景を丁寧に読み解くことでケアの在り方が変わり、ご家族の想いと希望を取り戻す支援ができたと考える。特に、在宅復帰が実現できたことは、本人理解に基づく関わりがいかに力を持つかを示す具体的な成果であり、“その人らしさ”に焦点を当てたケアの重要性を改めて実感した。
また、行動・心理症状を発症している利用者が同じ環境下・同じパターンで生活することは大変難しく、思わず支援する側にペースを合わせてしまいがちである。しかし、施設でも個人の生活スタイルと本人の気持ちに寄り添う姿勢が大切であると感じた。利用者の健やかで安心な施設生活を支えるための行動を変革するきっかけにつながったと考える。
【おわりに】
A氏の生活スタイルや心理的ニーズに寄り添った個別性の高い支援と、薬物に依存しないケアアプローチの導入は、結果としてQOLの向上に寄与し、パーソン・センタード・ケアの実践的意義を改めて認識する機会となった。また、各専門職を巻き込み、多職種カンファレンスや業務の変革等を働きかけたことで、ケアの質や対応力の向上に加え、「ケアとは誰のためにあるのか」をスタッフが改めて考えることにつながり、気づきや学びになった。今後もその問いを胸に、個人の尊厳と意思を尊重しながら個別性を重視したケアの在り方を継続的に模索し、”その人らしさ”を支える環境づくりを推進していきたい。
