講演情報

[28-O-O005-01]虐待はあった。その沈黙が虐待を許す。過去から目をそらさず、過ちを力に変える。

東京都 福田 直美, 杉原 道子, 粂川 貞良 (介護老人保健施設 清らかの里)
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【はじめに】
当施設は2フロア100床の超強化型介護老人保健施設である。近年、介護施設における高齢者虐待の確認数は過去最多を更新し社会的な問題になっている。介護現場において、高齢者虐待は決して許されるものではない。しかし当施設においてもひとりの職員による心理的虐待、身体的虐待(身体拘束)行為が確認された。利用者、またそのご家族の安全、安心を守る事が危惧された当該事案についての経緯と法人施設として再発防止に向けた取り組みと課題、そして今後の展望について考察する。
【目的】
沈黙は虐待を許す。当該事案から目を背けることなく、過ちを率直に振り返りそこから何を学び、どう力に変えて、変わっていくのかが問われている。一連の経過、法人施設が組織的な改善に取り組む現在進行形のプロセスを共有する事で、同様の課題を抱える他施設への示唆となれば幸いである。
【事象】
令和7年2月某日、行政へ当法人職員が利用者に対して虐待行為の疑いがあると通報があった。後日、行政の担当職員が来所され通報内容について通告を受ける。特定された1人の職員が利用者に対し、心理的・身体的虐待になるのではないかという内容であった。夜勤中にベッドレールを4点にしていた。夜勤帯でナースコールの差し込みを抜いていた。また利用者に対して心理的虐待に値する言動を掛けていた等数点の報告を受け、翌日臨時で高齢者虐待防止委員会を実施。委員会メンバーで情報を共有し、行政より提出依頼のあった対象利用者のケアプラン、アセスメントシート、ケア記録等を提出する。また上長より当該職員へヒアリングを行い一部内容を認める発言か聞かれた。翌週には行政による事実確認調査が行われ、該当職員含め数十名の職員へのヒアリングが実施された。令和7年3月某日、行政から「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく事実確認調査結果について、通報内容のすべてではないが心理的虐待・身体的虐待(拘束)を確認され当該職員が虐待を行っていたことが明らかになった。通知を受け、高齢者虐待防止のための改善計画書を提出する事となる。
【改善計画】
通知を受けた翌日より連日のように高齢者虐待委員会を開催し、検討を進めた。虐待が発生した要因について法人、施設として究明する。その際は虐待を行った職員個人の責任に帰結せず組織運営や職場環境からの視点が重要となる。色々な厳しい意見が出された中、虐待が発生した考えられる要因として組織運営・職場環境に関しては(1)虐待防止や身体拘束廃止に向けた取り組みが不十分(2)職員の指導管理体制が不十分(3)職員が相談できる体制が不十分(4)情報の連携、共有が不十分(5)現場の実態理解、把握が不十分(6)職員研修の機会が不十分(7)利用者の状態像と職員体制のバランスの不備(8)職員同士の関係が建前上であった。以上8点を要因としてあげた。虐待を行った職員に関しての要因は(1)虐待や高齢者の権利擁護、身体拘束に関する知識、意識不足(2)高齢者介護、認知症ケア等に関する知識、技術不足(3)ストレスや感情コントロールの問題(4)倫理観や理念の欠如(5)業務の負担(6)組織への不満の6点とした。以上を要因と捉え改善計画を立案する。高齢者虐待防止委員会の再構成及びマニュアルの見直しを行う。経営、管理層を含めた構成員としてマニュアルを実質的な内容に見直しを行い、また啓発活動を強化し法人として強い姿勢で取り組んで行く。教育体制については虐待に関する院内勉強会の回数を増やし、法人独自の虐待の芽チェックリストを作成し実施回数を増やす。eラーニングの活用、そして外部研修への積極的な受講を計画とした。職場環境等については、これまでも実施している人事考課面接とは別に非常勤職員、派遣職員を含めた面談回数を増やし職員と管理職のコミュニケーションを強化したことにより相談しやすい職場環境改善に努める。職員休憩室に業務改善投書箱を設置し投書された意見をフロアミーティングで検討する。また虐待を未然に防ぐべき誰もが投書できる虐待投書箱を設置した。職員、利用者が常に安全で安心な生活、職場環境で過ごすことが出来るよう取り組む事となった。
【考察】
虐待は個人の資質や倫理観だけではなく施設内の人員不足、教育不足、業務負担の重さ、組織文化の問題、医療介護制度の問題など複数の要因が絡み合って発生している。現場では慢性的な人材不足が課題であり、当施設においても職員ひとり一人の負担は大きい状況が続いていた。国の定める最低人員基準では現場の実情に見合わないことが多く必要なケア、質の高いケアを提供できないという職員のジレンマがストレスや無力感を生みやすい構造になっているのではないか。依然として介護という仕事に対しての社会的な評価が高いとは言えず、やりがいだけに依存した職員確保が行われている現状も問題であると考える。今回の通報は内部からの通報と思われるが、内部告発が少ない背景には職場内での沈黙の文化や通報後の報復への不安があるのではないか。報告しても変わらない、関わりたくないという心理的な抑制があり見過ごされる空気、沈黙の合意。といった職場風土の問題が虐待を助長または黙認した可能性がある。教育だけではなく、声を上げても大丈夫な職場環境づくりが重要であると痛感した。今回の虐待という忌まわしい事象が起きたことは施設として深い反省の契機である。虐待はどの現場でも起こり得る現実であること、そしてそれに真正面から向き合い、組織として学び、改善を止めず風通しの良い職場環境をつくることが利用者の尊厳を守る第一歩である。当施設はNo more高齢者虐待をスローガンに再発防止に向けた継続的な取り組みと同時にこの事案から得られた教訓を他施設とも共有し合う文化を醸成していく必要があると考える。