講演情報

[28-O-T002-01]ICT導入がもたらす介護現場の変革スタッフの負担軽減と転倒・転落予防への寄与

長野県 大久保 向人, 新田 蛍一朗, 森田 哲徳, 伊藤 瑞紀, 米山 泰司, 笹川 小百合 (長野県木曽介護老人保健施設)
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私たちの住む長野県木曽町は、全国平均を大きく上回る高齢化率43.9%という現実を抱えている。この傾向は、当施設にも顕著に表れており、現在入所利用者の平均年齢は94歳に達している。超高齢化が進む中で、利用者の生活の場における転倒・転落のリスクは、私たちの施設にとって重要な課題の一つとなっている。
 このような背景から、当施設では令和6年3月に見守りシステム(以下システム)を導入した。これは、単に新しい機器を導入したというだけではなく、利用者の転倒・転落予防と、日々ケアにあたるスタッフの負担軽減という2つの大きな目的を達成する為の取り組みである。
 このシステムにより、スタッフはスマートフォン端末(以下端末)を通して、施設内のどこからでも利用者の居室内の状況をリアルタイムで確認できるようになった。転倒・転落につながる可能性のある動きを事前に察知でき、ベッド周囲でのインシデント予防に効果を発揮している。システム導入の効果を客観的に評価するため、システムを実際に使用しているスタッフ15名を対象に、導入前後での精神的・身体的負担度に関する匿名アンケート調査を実施した。
 結果として精神的負担について、86%のスタッフが「負担が減った」と回答した。具体的な意見としては、「ナースコールが重なった時、利用者の行動や状態が端末上で確認できるため、安心して行動できる」といった声が寄せられた。これは、利用者からの呼び出しが重なり、対応が追いつかないことへの焦りや不安といった精神的ストレスが軽減されたことを示している。身体的負担についても86%のスタッフが「負担が減った」と回答した。「利用者の行動を把握できるため、毎回訪室する必要がなくなり身体的な負担が軽減された」という意見は、スタッフが頻繁に居室へ足を運ぶ必要がなくなったことで、身体的な疲労が和らいだことを裏付けている。無論、全てのスタッフの負担がなくなった訳ではなく「システムが必要な利用者がいる限り負担はある」という現実的な意見や、「1人目の利用者の対応中に他の利用者のセンサー反応があった場合、直ぐに訪室できないことに焦りが生じる」といった、依然として残る課題を指摘する声も少数ながらあった。しかし、全体の傾向として、システムがスタッフの精神的・身体的負担を軽減していることがわかった。
 以前から、スタッフの目の届かない居室内での転倒・転落が課題であった。システム導入前は、ナースコールやセンサーベッド、マットが反応した場合、スタッフが直接居室に足を運んで確認することが必須であり、このため、複数の呼び出しが重なると、対応が後手に回り、インシデントが発生するリスクが高かった。しかし、システムの導入により、他の利用者に対応中でも、端末で居室内の状況をリアルタイムで把握できるようになったことで、ナースコールが重なった場合でも、転倒・転落のリスクが高い利用者を優先して判断し、行動することが可能となり、優先度を考慮した対応ができるようになった。これは、事故発生の未然防止に大きく貢献できていると考える。
 システムの導入は、それだけで完結するものではなく、既存のナースコールやセンサーベッド、マットとの連携ができないという課題もあり、システムを含めた各種センサーの特性を十分に理解し、適切に使用していく必要がある。私たちは、システムの単体使用、あるいは既存のセンサーベッド、マットとの併用など、利用者一人ひとりの状況に合わせた適正な使用方法を模索することで、インシデントを効果的に防げると考え、この「適正使用」を実現するために、当施設ではケアマネージャー、リスクマネージャー、システム運用チームメンバーが密に連携し、利用者の危険度や自立度を日常的な観察から評価した上で、個別にセンサー使用の必要性を検討している。
 従来、入所時に設置されたセンサー類は、利用者の状態変化に関わらず継続使用されることが少なくなかった。しかし、現在はこの慣習を見直し、入所時にケアマネージャーがシステムやセンサーベッド、マットの使用の要否を判断し、カンファレンスを通じて不要なセンサー類の廃止を積極的に行っている。この取り組みは、利用者にとっての生活環境を療養の場としてではなく、『生活の場』として見直す大きな契機となっている。
 現在、カンファレンスは月2回開催し、月平均30件のケースについて検討を実施し、その結果を事故予防への取り組みに活用している。今後は、このカンファレンスの定期的な開催をさらに徹底し、より多くの多職種が関与することで、施設全体として適正使用と利用者の安全確保に取り組んでいくことが求められる。
 システムは大きな成果をもたらしているが、いくつかの課題もある。まず、導入したシステムは、ベッドの移動や高さの変更によってセンサー反応が不安定になることがあるため、設定確認の徹底が不可欠である。また、施設内にはWi-Fiの通信環境が不安定な箇所があるため、安定した通信環境の整備は今後の重要な課題として取り組んでいく必要がある。現在のところ、システムと既存のセンサー類を併用することで、転倒・転落事故の予防に一定の効果を上げている。しかし、システムを過信せず、利用者の状態をスタッフの目で確認する基本的なケアを継続する姿勢が大切であると考えている。
 今後の目標として、単にセンサー類を使用し続けることにとどまらず、利用者がセンサーに頼らずとも安全に生活できる環境の整備にも配慮することである。ICT技術を最大限に活用しつつ、利用者一人ひとりの尊厳を尊重し、その人らしい居住空間を提供することを念頭に置き、転倒・転落の発生を抑えながら、利用者が自分らしい日常を送ることのできる生活環境の実現を目指していきたい。