講演情報
[28-O-Z001-02]当施設のeスポーツ導入取り組みと利用者の機能的変化
宮城県 ○安部 卓 (介護老人保健施設グレイスガーデン)
【はじめに】 令和7年4月、当施設ではeスポーツの一種である太鼓ゲームを、個別リハビリテーションやレクリエーションに取り入れた。従来、eスポーツは若年層を中心とした文化と認識されていたが、少子高齢化が進行する中で、高齢者によるeスポーツの活用にも注目が集まっている。群馬県では、全国の自治体で唯一eスポーツと名のつく専門部署「eスポーツ・クリエイティブ推進課」を2020年に設置している。また、2024ねんりんピックではeスポーツが正式種目となり、高齢者にとってeスポーツは、身体、認知機能の維持・向上、社会的孤立の予防、心理的ストレスの軽減、さらには生活の中に楽しみや意欲を見出す手段としても有用であると考えられる。 本研究では、eスポーツの一種である太鼓ゲームを導入し、参加者の身体的・認知的・心理的変化について検証した。さらに、取り組みを通じて明らかになった効果と課題、今後の展望について考察し、超高齢社会におけるeスポーツの役割を探ることを目的とする。【当施設での取り組み】数あるeスポーツの中でも、太鼓という日本文化に馴染みのある題材を選択した背景には、参加者の心理的ハードルを下げる意図がある。加えて、目で譜面を追い、耳で音楽を聞き、バチで太鼓を叩く動作は、視覚・聴覚・運動機能を同時に刺激するため、良いリハビリ効果が期待できると考えた。令和7年6月には、日本アクティビティ協会の「健康ゲーム指導士養成講座」を職員5名が受講・取得し、より専門的な知識と技術に基づいた活動運営体制を整備した。また、当施設の取り組みは市の広報紙や地元新聞でも紹介され、地域社会からも関心を集めている。【対象・方法】対象は、当施設の入所者15名およびデイケア利用者4名の計19名(男性3名・女性16名、平均年齢85.8歳)とした。入所者には個別リハビリの時間に、デイケア利用者にはレクリエーションの時間に太鼓ゲームを実施した。実施頻度は、入所者が週4回(1日2回×週2回)、デイケア利用者は週1回とした。導入当初、対象者や職員の中には「ゲームは子供のもの」「遊びである」といった否定的意見や、ルールへの理解が困難な方もいた。これに対し、セラピストが隣で模範動作を行い、「ドン」「カッ」と声かけをすることで支援を行った。また、太鼓に色分けテープを貼付し、環境調整を行った。また、1回実施ごとにスコア、連打、タイミングの質を見る良、可、不可、可以上を持続して叩いた回数のコンボの記録を取った。評価項目は以下を設定した:肩関節屈曲可動域(ROM)、握力、認知機能(MMSE)、注意・処理速度(Trail Making Test A)、心理的ストレス(K6)、反応速度評価、慢性疼痛(NRS)。初期評価は令和7年4月14日~5月8日、最終評価は同年6月16日~6月25日に実施した。【結果】各評価項目の結果は以下のとおりである。肩関節屈曲ROM:向上10名、維持7名、低下2名握力:向上3名、維持8名、低下8名MMSE:向上16名、維持2名、低下1名TMT(A):向上9名、維持0名、低下10名K6:向上10名、維持4名、低下5名反応速度:向上13名、維持0名、低下6名慢性疼痛(NRS):向上6名、維持13名、低下0名スコア:向上15名、低下4名連:向上15名、低下4名良:向上15名、低下4名不可:向上13名、低下6名コンボ:向上16名、低下3名認知機能(MMSE)では18名が維持・向上し、反応速度でも13名で向上が確認された。肩関節可動域や慢性疼痛(NRS)でも多くの参加者で良好な結果が見られた。一方で、TMT-Aでは10名が低下していた。【考察】eスポーツの導入により、多くの評価項目で向上が見られ、特に認知機能(MMSE)において18名が維持・向上したことは注目に値する。eスポーツを実施することで前頭葉への脳血流が促進するとの報告があり、認知機能向上につながったことが考えられる。加えて、実施ごとのスコア・連打数・良判定・不可判定・コンボ数において、すべての項目で約8割の参加者が向上した点は、継続的に集中して取り組む力が高まったと考えられる。これらの結果は、太鼓ゲームが「ただのレクリエーション」ではなく、参加者が達成感を持ちながら反復的に努力する要素を持っていることを示している。身体機能面でも、太鼓を叩く動作が肩関節可動域の改善や反応速度の向上に寄与していると考えられる。精神面では、K6の改善や「太鼓面白い」「良い運動になる」といった肯定的な反応の増加が、eスポーツが楽しみや意欲向上の一助になり得ることを示した。 一方で、TMT-Aでは10名が低下しており、注意力や処理速度に関する改善は短期間の介入では十分な効果が得られにくいことが示された。加えて、測定時の体調や理解度、評価環境による影響も考えられ、これらを踏まえた上で、長期的な介入の必要性が示唆された。【まとめ】本研究を通じ、eスポーツの導入は、認知機能の維持・向上、身体機能(特に上肢可動域・反応速度)の改善、心理的ストレス軽減と意欲向上、といった多面的な効果を高齢者にもたらす可能性が確認された。スコアやパフォーマンス面でも向上が見られ、単なる娯楽の枠を超えたリハビリ的意義を持つことが示唆された。特に、初期には抵抗感を持っていた高齢者が「またやりたい」「楽しかった」と感じるまでに変化したことは、eスポーツが高齢者の精神的活性化や社会的交流のきっかけとなり得ることを示す好例である。 本研究は、eスポーツが高齢者の生活の中に新たな価値を提供し、リハビリや福祉活動の新たな可能性を切り開くものであることを示唆しており、今後の介護老人保健施設におけるeスポーツ活用の発展に向けての一助となることを期待したい。参考文献※日本アクティビティ協会
