講演情報
[22-O-D002-05]老健における日本版BPSDケアプログラム導入効果BPSDをSOSサインと捉えた個別ケアの実践
*甲斐 康由貴、岡﨑 陽子 (東京都 リハビリケアかつしか)
【目的】
介護老人保健施設(以下、老健)は、在宅復帰を目的とした病院と在宅のかけ渡しとなる中間施設としての役割を担っている。当施設においても現在、入所者の7割以上が何らかの認知機能障害を有している。老健の入所者は、在宅生活からの環境変化により心身の不安定を招きやすい。結果として、施設生活の中で認知症の行動・心理症状(BPSD)を発症し、その症状が悪化傾向をたどるケースも多く見られた。BPSDはご本人への負担はもちろんのこと、対応する介護者の心身にも多大な負担を与える最大要因であり、当施設でも職員がケアに戸惑いを感じるという課題があった。
この課題を解決するため、私たちは「日本版BPSDケアプログラム(DEMBASE)」を導入した。本プログラムは、スウェーデンのケアプログラムをモデルに、東京都と東京都医学総合研究所が共同で開発したものであり、認知症チームケア推進加算の算定要件を満たしているプログラムでもある。なお、「DEMBASE」は同研究所が開発した本プログラムの運用システムである。その基本理念は、「BPSDを単なる『問題行動』として扱わず、ご本人からの『SOSサイン(未充足のニーズ)』と捉える」ことである。本研究では、このプログラムの導入を通じた個別ケアの実践が、「BPSDの軽減、および発症させない・悪化させない維持」に対してどのような有効性をもたらすかを検証した。
【方法】
本取り組みの対象者は、認知症自立度Ⅲa以上の入所者のうち、2025年10月時点でプログラムを6か月間継続した32名とした。
本プログラムのアプローチは、以下の4つのプロセスをPDCAサイクルとして反復継続した。
①観察・評価:多職種にて既存のNPI評価尺度(質問票)を用い、12のBPSD症状(妄想、幻覚、興奮、不快、不安、多幸、無関心、脱抑制、易刺激、異常な運動、睡眠、食欲)について、頻度と重症度を掛け合わせ、1項目につき0点から12点満点で数値化する。この数値が高いほどSOSサインが強いことを意味する。
②要因分析:BPSDの症状と、発症の根幹となる23項目の背景要因(食事、水分、便尿、眠気、痛み、明るさ、寒さ、環境トラブル等)の関連性を分析し、ご本人の未充足のニーズについて仮説を立てる。
③計画・実行:仮説に基づき、現場の全職員が共通認識として把握・実践できるよう「50文字以内の具体的ケア計画」を立案し、チーム全体で実行する。
④再評価:1カ月以内に再評価を行い、改善がない場合はNPI評価と背景要因から「新たなSOS」を見出し、仮説と計画の修正を繰り返す。
具体的な取り組み例として、一日中落ち着きがなく車いすを自走して転倒を繰り返す入所者のケースを挙げる。NPI評価で「不安」と「異常な運動行動」の項目から高い数値が現れた。頻回に自席とトイレを往復する姿から、背景要因の「便尿(排泄)」に着目した。「スムーズな排泄の実現が不安や異常行動の軽減につながる」と仮説を立て、「トイレに近い席に変更する。立ち上がるとブレーキがかかる車いすを使用する」という環境調整を計画・実践し、チームで評価を行った。
【結果】
対象者32名に対する半年後のNPI総得点の推移を初回評価と比較検証した。
点数が下がり、BPSDが軽減(改善)した方は10名(31.25%)であった。身体的不快感の解消等により、初回57点から半年後11点へと顕著な改善が見られたケース等があった。
点数が変わらず維持(不変)だった方は12名(37.5%)であった。この中には、重度の身体リスクを抱えた状態でも、適切な疼痛管理等のアプローチにより全期間を通じてNPI総得点0点を維持し、BPSDの発症を未然に予防した事例も含まれる。
点数が上がり、BPSDが悪化した方は10名(31.25%)であった。これらは身体状況の変化や更なる環境の変化により、ニーズの再検証が必要と判断されたケースである。
全体として、軽減(10名)と維持(12名)を合わせた「非悪化率」は68.75%に達し、悪化の割合を大きく上回る成果が示された。
【考察・結論】
今回の結果に対し、「生活へのSOS度」を基準とし、介護職員の主観的な観点も交えた独自の基準で考察を行った。「SOSサインは緩やかで、生活に支障はない程度」をNPI評価の合計「6点未満」と設定した。
半年間の成果内訳を見ると、明確に点数が軽減した方(10名)に加えて、軽減はしていないものの生活に支障のない6点未満を維持した方(8名)を「有効」と評価した。さらに、悪化はなく生活に支障はない程度に近い6点から8点にとどまり状態を維持した方(4名)を「有効予備軍」と定義した。この実践的基準に当てはめると、対象者32名中22名(69%)において、BPSDの軽減効果、あるいは生活に支障をきたさない状態の維持・予防効果が確認され、老健施設において本プログラムが極めて有用に機能していることが示された。
環境変化の大きい老健施設において、「BPSDを発症させない、悪化させない維持」を継続することは、点数の軽減と同等に極めて重要な成果である。
一方で、改善が見られなかった(有効でないと判定された)約3割の入所者については、これを「ケアの失敗」とは捉えないことが重要である。「ケア計画」と「入所者の本当のニーズ」の間に「ズレ」があるというメッセージとして受け止め、得点が維持・軽減に至らなかったケースでも試行錯誤とPDCAを継続することが、質の高い認知症ケアを実現する鍵となる。
今後の展開として、本プログラムをBPSD発症後の単なる「軽減ツール」としてだけでなく、SOSサインのない生活を守る「発症予防ツール」として活用し、老健における認知症ケアの質を標準化するツールとして運用していきたい。
なお、本報告におけるデータ収集・分析にあたっては、対象者が特定されないよう氏名等を完全に排除し、匿名化してプライバシー保護に配慮している。また、本演題に関連して開示すべき利益相反状態にある企業や団体等はない。
介護老人保健施設(以下、老健)は、在宅復帰を目的とした病院と在宅のかけ渡しとなる中間施設としての役割を担っている。当施設においても現在、入所者の7割以上が何らかの認知機能障害を有している。老健の入所者は、在宅生活からの環境変化により心身の不安定を招きやすい。結果として、施設生活の中で認知症の行動・心理症状(BPSD)を発症し、その症状が悪化傾向をたどるケースも多く見られた。BPSDはご本人への負担はもちろんのこと、対応する介護者の心身にも多大な負担を与える最大要因であり、当施設でも職員がケアに戸惑いを感じるという課題があった。
この課題を解決するため、私たちは「日本版BPSDケアプログラム(DEMBASE)」を導入した。本プログラムは、スウェーデンのケアプログラムをモデルに、東京都と東京都医学総合研究所が共同で開発したものであり、認知症チームケア推進加算の算定要件を満たしているプログラムでもある。なお、「DEMBASE」は同研究所が開発した本プログラムの運用システムである。その基本理念は、「BPSDを単なる『問題行動』として扱わず、ご本人からの『SOSサイン(未充足のニーズ)』と捉える」ことである。本研究では、このプログラムの導入を通じた個別ケアの実践が、「BPSDの軽減、および発症させない・悪化させない維持」に対してどのような有効性をもたらすかを検証した。
【方法】
本取り組みの対象者は、認知症自立度Ⅲa以上の入所者のうち、2025年10月時点でプログラムを6か月間継続した32名とした。
本プログラムのアプローチは、以下の4つのプロセスをPDCAサイクルとして反復継続した。
①観察・評価:多職種にて既存のNPI評価尺度(質問票)を用い、12のBPSD症状(妄想、幻覚、興奮、不快、不安、多幸、無関心、脱抑制、易刺激、異常な運動、睡眠、食欲)について、頻度と重症度を掛け合わせ、1項目につき0点から12点満点で数値化する。この数値が高いほどSOSサインが強いことを意味する。
②要因分析:BPSDの症状と、発症の根幹となる23項目の背景要因(食事、水分、便尿、眠気、痛み、明るさ、寒さ、環境トラブル等)の関連性を分析し、ご本人の未充足のニーズについて仮説を立てる。
③計画・実行:仮説に基づき、現場の全職員が共通認識として把握・実践できるよう「50文字以内の具体的ケア計画」を立案し、チーム全体で実行する。
④再評価:1カ月以内に再評価を行い、改善がない場合はNPI評価と背景要因から「新たなSOS」を見出し、仮説と計画の修正を繰り返す。
具体的な取り組み例として、一日中落ち着きがなく車いすを自走して転倒を繰り返す入所者のケースを挙げる。NPI評価で「不安」と「異常な運動行動」の項目から高い数値が現れた。頻回に自席とトイレを往復する姿から、背景要因の「便尿(排泄)」に着目した。「スムーズな排泄の実現が不安や異常行動の軽減につながる」と仮説を立て、「トイレに近い席に変更する。立ち上がるとブレーキがかかる車いすを使用する」という環境調整を計画・実践し、チームで評価を行った。
【結果】
対象者32名に対する半年後のNPI総得点の推移を初回評価と比較検証した。
点数が下がり、BPSDが軽減(改善)した方は10名(31.25%)であった。身体的不快感の解消等により、初回57点から半年後11点へと顕著な改善が見られたケース等があった。
点数が変わらず維持(不変)だった方は12名(37.5%)であった。この中には、重度の身体リスクを抱えた状態でも、適切な疼痛管理等のアプローチにより全期間を通じてNPI総得点0点を維持し、BPSDの発症を未然に予防した事例も含まれる。
点数が上がり、BPSDが悪化した方は10名(31.25%)であった。これらは身体状況の変化や更なる環境の変化により、ニーズの再検証が必要と判断されたケースである。
全体として、軽減(10名)と維持(12名)を合わせた「非悪化率」は68.75%に達し、悪化の割合を大きく上回る成果が示された。
【考察・結論】
今回の結果に対し、「生活へのSOS度」を基準とし、介護職員の主観的な観点も交えた独自の基準で考察を行った。「SOSサインは緩やかで、生活に支障はない程度」をNPI評価の合計「6点未満」と設定した。
半年間の成果内訳を見ると、明確に点数が軽減した方(10名)に加えて、軽減はしていないものの生活に支障のない6点未満を維持した方(8名)を「有効」と評価した。さらに、悪化はなく生活に支障はない程度に近い6点から8点にとどまり状態を維持した方(4名)を「有効予備軍」と定義した。この実践的基準に当てはめると、対象者32名中22名(69%)において、BPSDの軽減効果、あるいは生活に支障をきたさない状態の維持・予防効果が確認され、老健施設において本プログラムが極めて有用に機能していることが示された。
環境変化の大きい老健施設において、「BPSDを発症させない、悪化させない維持」を継続することは、点数の軽減と同等に極めて重要な成果である。
一方で、改善が見られなかった(有効でないと判定された)約3割の入所者については、これを「ケアの失敗」とは捉えないことが重要である。「ケア計画」と「入所者の本当のニーズ」の間に「ズレ」があるというメッセージとして受け止め、得点が維持・軽減に至らなかったケースでも試行錯誤とPDCAを継続することが、質の高い認知症ケアを実現する鍵となる。
今後の展開として、本プログラムをBPSD発症後の単なる「軽減ツール」としてだけでなく、SOSサインのない生活を守る「発症予防ツール」として活用し、老健における認知症ケアの質を標準化するツールとして運用していきたい。
なお、本報告におけるデータ収集・分析にあたっては、対象者が特定されないよう氏名等を完全に排除し、匿名化してプライバシー保護に配慮している。また、本演題に関連して開示すべき利益相反状態にある企業や団体等はない。

