講演情報

[22-O-D004-01]「家に帰りたい」利用者の心に寄り添った個別ケアパーソン・センタード・ケアの実践

*岩本 千穂 (石川県 独立行政法人地域医療機能推進機構金沢病院附属介護老人保健施設)
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【はじめに】
当施設入所時から帰宅願望の訴えがある女性利用者を担当していたが仲良くしていた利用者が退所後、更に訴える頻度が増えBPSDの症状も強くなった。
A氏のご家族は「母には少しでも穏やかに過ごしてもらいたい」という思いがある。
今回BPSDの症状やパーソン・センタード・ケアの理解を深め、訴えに繋がる原因や生活・人生歴をアセスメントし個別ケアを実践したところA氏とスタッフに良好な変化が得られたため報告する。
【利用者紹介】
A氏 70歳代後半 女性 要介護3
アルツハイマー型認知症
改訂長谷川式簡易知能評価スケール:14点 日付や場所の見当識障害、遅延再生低下
症状:帰宅願望、焦燥感、易怒性
性格:綺麗好き 謙遜する発言が多い 一人になると焦燥感が強くなる
【方法】
1)A氏に今までの生活と人生歴についてアセスメントを実施。またスタッフを対象にA氏との関わりについてアンケートを実施し問題点を明確化。
2)BPSDとパーソン・センタード・ケア、個別ケア(テーブル拭きやプリント、メモ帳作り、スタッフの声掛け方法)の資料を作成しスタッフに周知。
声掛け方法のポイント:「家に帰っても誰もいない」「ここがA氏の家」等の声掛けはせず、家に帰りたい思いを共感し話を聞く。A氏のアセスメントから知り得た情報を話題に少しずつ会話内容を変えていく。
3)個別ケア開始後、A氏の言動や作業に取り組む様子、スタッフの対応等、1週間アセスメントを実施。
4)前回アンケートを実施したスタッフを対象にA氏との関わりについて再度アンケートを実施。
【結果】
まずA氏にアセスメントを実施したところ、綺麗好きで専業主婦としての生活が長かったこと、夫からよく叱責されていたことが分かった。また40代から50代にパートとして働いていた頃が一番輝いていたとご家族の話で分かった。
次に17名の対象スタッフにアンケートを実施したところ「どのような声掛けをしたら良いのか分からない」と14名が回答した。また帰宅願望を訴える要因は何かという問いに対し「夫に怒られると思っている」「することがなく話す相手がいない」と半数以上が回答した。
アセスメントの結果、帰宅願望に繋がる背景には夫との関係性が強く影響していると感じた。何もせず一人で過ごしていると「ここにいてはいけない、家に帰らないと」と帰宅願望に繋がることが分かり、余暇時間はできるだけ課題プリントをして頂いた。
またA氏はパートとして働いていた頃を嬉しそうに話をしていたため食後のテーブル拭きを依頼してみたところ、快く引き受けて下さった。役割ができたことで意欲も向上し毎日の日課となった。テーブル拭きをして頂いた後はA氏の好きなチョコレート菓子を渡し、スタッフから感謝の言葉を伝えた(ご家族に状況を伝え、差し入れの協力を依頼)
帰宅願望の訴えがあった際は否定や話を後回しにせず、ゆっくり話を聞く。話を聞く中でA氏のアセスメントから知り得た情報を話題に話の内容を少しずつ変えていくことをスタッフ間で統一した。
スタッフの対応が変わったことで、以前よりも訴える頻度は減少した。個別ケア実施後、対象スタッフにアンケートを実施したところ17名全員が個別ケア実施前と比べ「A氏の行動に変化があった」「スタッフの気持ちに変化があった」と回答した。
A氏に対し苦手意識を持っていたスタッフから「話し掛けやすくなった」「A氏と話をしていて楽しいと思えるようになった」「A氏の表情がとても穏やかになった」等と前向きな意見があった。
その後、A氏はBPSDの症状も減少し以前入所していたグループホームへ無事退所することができた。
【考察】
最初は一時的に安心してもらう目的で「一晩だけ泊まることになっている」とスタッフ間で言動を統一していた。しかし次第に「そんなことばっかり言って!」「嘘ばっかり!」と易怒性が強くなった。スタッフを振り払う行動も見られ、精神科へ受診したがA氏はひどく落ち込み「悲しい」と口にしていた。A氏が帰宅願望を訴える要因の一つはスタッフの対応が深く関係していたのではないかと考える。
スタッフがA氏に寄り添い、共感することで不安な気持ちが軽減し更に個別ケアを通じてその人に応じた役割を担うことで「自分はまだ誰かの役に立てている、必要とされている」という喜びになり生活に対する大きな自信に繋がったのではないかと考える。
また個別ケアの取り組みがA氏の生活の中で一つのルーティーンとなりスタッフから話し掛ける回数も増え、関わりやすくなったように見えた。
個別ケア実施後のアンケートでは「何か失敗と思うようなことがあると夫に怒られるという発言が多く安心できる関わりが必要」「行動全てに不安があり確認行動が見られる。確認することで安心されるためスタッフの声のトーンや表情が大切」等とA氏との関わりから数多く学びがあり、スタッフのさらなる成長に繋がったと考える。
【終わりに】
今回の事例を通し、帰宅願望の訴えのみならず利用者の行動一つ一つには理由がある。そしてご家族より身近にいる私達スタッフがまず理解し、利用者の生活歴や人生を受容し共感することで訴えの理由に近づくことができるのではないかと考える。
また利用者が長年生活してきた家に帰りたいと思うことは当然のことであり、いかに施設で安心して穏やかに過ごして頂けるのか、利用者の心に寄り添う気持ちとアセスメントの重要性を改めて感じた。