講演情報
[22-O-L005-06]生活歴を活かした園芸活動が認知症入所者に与える影響
*中島 天斗 (大分県 介護老人保健施設 陽光苑)
【はじめに】介護老人保健施設(以下、老健)の入所生活では、リハビリテーション(以下、リハ)時間以外の活動量低下や座位時間の長期化が課題となることが多い。特に認知症を有する利用者では、自発的な活動や他者交流の機会が減少しやすく、生活不活発病の進行や生活の質(QOL)の低下を招く要因となる。生活期における理学療法士(以下、PT)の役割は、心身機能への直接的な介入に留まらず、日々の生活場面における活動性と参加を促す環境づくりを支援することでもある。今回、過去に農業経験を持つ認知症入所者に対し、その生活歴に着目した園芸活動を導入した結果、自発的な身体活動量の増大や、心理面・交流場面において好ましい行動変容が認められたため報告する。【症例紹介】対象は当施設に入所中の90歳代女性。主疾患は肺炎、要介護3、認知症高齢者の日常生活自立度はⅡa、HDS-Rは13点であった。移動は車椅子駆動自立?見守り、排泄動作は概ね自立していた。日中は居室でテレビや雑誌を眺めて過ごすことが多く、他利用者や職員とのコミュニケーションは限定的であった。また、「身体がきつい」「目が見えない」といった悲観的な発言が多く、個別リハや集団活動への誘いに対しても消極的な拒否姿勢を示すことが多かった。一方で、日々の傾聴の中で、過去に長年農業に従事していた経験を笑顔で話す場面があり、施設内の植物に視線を向けるなど、潜在的な関心がうかがえた。【方法】施設内における活動の一環として、施設のベランダにプランターを設置し、ホウレンソウやレタスなどの野菜栽培を実施した。対象利用者には、単なる参加者ではなく「農業の経験者」としての役割を意識し、水やりや成長の観察、土の確認などの管理役割を個別に依頼した。評価項目は、①活動への参加状況、②職員や他利用者との交流状況、③発言内容の変化、④日中のホール滞在時間、の4項目とし、介入前後で観察・比較を行った。【結果】園芸活動の導入後、対象利用者は植物の成長に強い関心を示し、自ら車椅子を駆動してプランターの様子を確認しにむかう行動が習慣化した。中等度の記憶障害の影響により、「さっき水やりをしたこと」を忘れ、短時間の間に繰り返し、水やりを行う場面(1日平均7?8回)が頻繁に認められた。しかし、これは結果として、水汲みや起立、車椅子の駆動といった、生活動作を伴う身体活動が生活の中で自発的に繰り返される機会となった。発言内容にも変化がみられた。介入前は身体不調などの悲観的な発言が中心であったが、介入後は「もうこんなに大きくなったな」「今日は私が水をあげた」といった植物に関する前向きな発言が大部分を占めるようになったまた、植物の成長を笑顔で職員に報告するなど、自発的な会話が大幅に増加した。日中のホール滞在時間は、介入前の平均約3時間30分から、介入後は6時間以上へと増加した。居室に閉じこもる時間が減り、自発的な生活空間の拡大が図られた。さらに、リハの誘いに対しても拒否的な言動はなくなり、「よし、行こうか」と主体的に応じるようになった。なお、Barthel Index等のADL評価や身体機能テストの数値自体には、同期間での大きな変化は認められなかった。【考察】先行研究により、認知症高齢者に対し、過去の役割や職業などの生活歴に基づいた活動を提供することは、興味や活動への参加を強く引き出すと報告されている。本症例においても、長年の農業経験という生活歴に合致した役割を設定したことが、本人の「やってみよう」という自発的な意欲を引き出すきっかけになったと考えられる。認知症をもつ方において、直近の出来事を覚える記憶能力が低下していても、興味・関心や愛着といった感情の側面は比較的良好に保持される傾向がある。本症例でも、水やりをした事実自体は忘れてしまうものの、「植物を育てたい」という関心や愛着が持続していたため、1日7?8回もの自発的な移動行動につながった。この現象は、適切な環境設定と役割の提供があれば、認知症の症状(繰り返し行動)を、生活不活発病を予防するための「生活動作の反復(リハ効果)」へとつなげられる可能性を示しており、生活期PTのアプローチとして有意義であると考える。また、植物の成長という目に見える成果や職員からの感謝は、本人に達成感をもたらしたと推察される。この心理的な充実感が、悲観的な発言の減少やリハへの参加意欲向上など、活動全般に対する前向きな変化を生んだと考えられる。さらに、植物という共通の話題ができたことで職員との関係性も深まり、施設内での安心感や居場所づくりにも寄与したのではないかと考える。【まとめ】利用者の生活歴や興味・関心に基づいた役割活動(園芸活動)の導入は、認知症を呈する老健入所者の自発的な身体活動量を増やし、生活空間の拡大や他者交流を促す上で有効な支援方法となる可能性が示唆された。ADL評価の点数だけでなく、生活場面における実際の活動と参加を引き出すことが、老健におけるPTの重要な役割であることを実感した。今後は客観的な指標も取り入れつつ、利用者の能力を活かした持続可能な生活支援についてさらに検討を深めたい。
