講演情報

[22-O-D001-07]園芸活動が認知症高齢者の心理的満足感に与える影響園芸活動前後に表情スケールを使用した心理面の変化

*林 和生 (愛知県 介護老人保健施設あおみ)
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【はじめに】
 当施設は愛知県西三河地域に位置し、農業が盛んな土地柄である。利用者の中には農業に従事していた方も多く、植物や土に触れる活動は馴染みやすい特徴がある。3階認知症専門棟には「あすの広場」と呼ばれる園芸スペースがあり、花や野菜の植え付け、散策などを楽しむ場として活用している。月1回の園芸クラブに加え、余暇活動やリハビリテーションでも園芸活動を取り入れている。
 認知症高齢者の中には、日中活動への参加が難しく、帰宅願望や不安定な情緒により生活リズムが乱れやすい方もいる。本取り組みでは、園芸クラブの前後で「安心感」「役割感」「楽しさ」といった心理的満足感がどのように変化するか、また園芸活動を通して情緒がどう変化するのかを明らかにすることを目的とした。

【対象者】
 M氏、83歳、要介護2、認知症高齢者の日常生活自立度Ⅲb。高度難聴があり、耳元での大声でも伝わりにくく、ジェスチャーや文字版を併用してコミュニケーションを図っている。日中は新聞や雑誌を読むことが多く、難聴の影響もあり余暇活動やレクリエーションにはほとんど参加しない。帰宅願望が定期的に出現することがあり、落ち着きのなさや易怒性、介護拒否につながることがある。

【方法】
• 月1回の園芸クラブに参加(活動時はジェスチャーや文字版を用いて意思疎通を図る)。クラブでは草花の植え替えや野菜の植え付け、収穫作業を行う
• 週3回のリハビリテーションや余暇活動時にあすの広場に誘導し、水やり等の活動を促す
• 評価方法:園芸クラブ活動前後の表情スケール(5段階)、活動後の二択質問(「楽しかったですか」「また参加したいですか」)、および行動・表情の観察チェックリストを用いる
• 実施期間:令和8年1月~6月
【結果】
 活動への誘導時は「何だあ?」と嫌そうな表情を見せることが多かったが、あすの広場に出ると興味を示し、草花の植え替えや水やりなどの活動に取り組むことができた。活動中は発語が増え、「これは何だ?」「前に植えたイチゴはどうなった?」など植物への関心や以前の活動を想起する場面がみられ、記憶想起の機会が増えた。
 6回分の評価シートでは、表情スケールの平均値は活動前3.5点から活動後5.0点へ上昇し、全ての回で活動後は最高値の「とても良い」を示した。活動前に「少し不安」や「ふつう」と評価された日でも、活動後には必ず表情が改善し、笑顔や穏やかさが観察された。
 活動後の簡易質問では、「楽しかったですか?」に対し6回すべてで「はい」と回答が得られた(100%)。「また参加したいですか?」は「はい」が4回(67%)、高度難聴による無回答が2回(33%)で、否定的回答はなかった。
 行動・表情の観察では、「笑顔が多く見られた」が3回、「穏やかな表情」が2回記録され、不安や落ち着きのなさは一度も見られなかった。活動への参加状況は6回すべてで参加可能であり、5回は声かけで、1回は自発的に取り組んだ。「水やり等を意欲的に行った」が5回と高頻度で確認され、役割感の獲得がみられた。職員の総合評価では「とても良い」が5回、「良い」が1回であった。
 また、2月に居室で転倒し前額部を裂傷し4針縫合した後は居室にこもる時間が増え、活動参加が難しい時期があったが、園芸クラブには車いすで参加できた。4月には気管支炎で4日間入院し、再入所後2週間程度は帰宅願望が強く、ドアをこじ開けようとするなど落ち着かない状態が続いた。しかし、園芸活動の再開後は活動中の笑顔や穏やかな表情が増加し、5月以降は帰宅願望がほとんど聞かれなくなった。

【考察】
 本取り組みでは、園芸活動が認知症高齢者の情緒面に良好な影響を与えることが示された。活動後には必ず表情が改善し、笑顔や穏やかさが観察されたことから、植物に触れる・育てるといった体験が情緒の安定に寄与した可能性が高い。
 M氏は2月の転倒、4月の入院といった身体的・心理的ストレスを経験し、再入所後には帰宅願望の増強や落ち着きのなさがみられた。しかし、園芸活動の再開後には「水やりは俺が毎日やっている」といった役割意識が再びみられ、活動中の笑顔の増加とともに情緒が安定していった。これは、園芸活動が“できる役割”を提供し、自己効力感の回復につながったと考えられる。
 また、高度難聴によりコミュニケーションが制限される中でも、園芸活動は非言語的な成功体験を得やすく、安心感をもたらす効果があったと考えられる。結果として、5月以降は帰宅願望がほとんど見られなくなり、BPSDの軽減につながったと推察される。
 一方で、園芸活動による一時的な幸福感は得られたものの、余暇活動全般への参加促進や生活全体の質向上には直結しなかった。認知症高齢者の生活の質は多面的であり、単一の活動のみで包括的な改善を図ることは難しいことが示唆された。
【まとめ】
 園芸活動は、認知症高齢者における情緒の安定、笑顔の増加、役割感の獲得に寄与し、帰宅願望の軽減につながった。今後は、季節ごとの活動内容の違いによる効果の変化や、継続的な参加が情緒面に与える長期的影響について検討し、認知症ケアにおける園芸活動の可能性をさらに深めていきたい。