講演情報

[22-O-L005-04]慢性期左片麻痺歩行不能から独歩獲得を叶えた一症例

*水上 穂高 (富山県 介護老人保健施設サンセリテ)
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【はじめに】
従来、脳卒中患者の運動機能がプラトーに達するのは発症後3~6カ月とされてきた。しかし昨今は、慢性期からのCI療法に上肢の機能改善を認めた研究や、慢性期片麻痺患者に対し課題志向型アプローチを行い、下肢の機能改善を認めた研究が報告されていることから、プラトーに達した状態であっても適切なリハビリを行うことで効果がある。といった考えが多く唱えられている。
本症例は、回復期病院では歩行訓練も行えておらず、日常生活の大部分に介助を必要だったことから、在宅復帰は難しいとの見解であった。
脳出血発症後8か月から段階的な歩行訓練を反復し、運動学習を促進する課題志向型アプローチを行うことで、神経可塑性の促通、バランス能力向上、下肢筋力の向上を促して在宅復帰の大きな要因となる独歩を獲得し、在宅復帰に至った一症例を報告する。
【症例紹介】 54歳男性 要介護4
<主病名>右尾状核出血による左片麻痺 高次脳機能障害
<既往歴>高血圧症
<家族構成>妻、長男、次男、父
<病前生活状況>ADLは自立 農機具メーカーで営業職をしていた。
<入所までの経緯>X-1年9月に脳出血を発症し救急搬送。
内視鏡的血腫除去術、脳内洗浄を施行。同年12月に回復期病院に転院。その後リハビリを継
続し、ADL動作の介助量は減少したが、家族希望であるトイレ動作の自立、歩行の獲得は叶
わず、在宅復帰困難によりX年5月に当施設入所となる。
【入所時評価】
<主訴>
本人:トイレが1人で出来ない。杖や歩行器で歩けるようになりたい。
家族:トイレが一人でできるようになってほしい。少しでも歩けるなら歩けるようになってほしい。
<心身機能>
 左片麻痺 br/s:上肢Ⅰ 手指Ⅰ 下肢Ⅲ
 筋力   MMT 右上下肢4 左上肢・手指1 左下肢(腸腰筋3 大腿四頭筋3 前脛骨筋3 腓腹筋3)
 関節可動域 左肩関節亜脱臼 1.5横指 左肘伸展制限 左手指伸展制限
 高次脳機能障害 左半側空間無視軽度 注意障害軽度
 認知機能 MMSE:24点 HDS-R:23点
<基本動作能力>
 起き上がり:一部介助  起立:一部介助
 立位保持:支持物把持にて15秒保持可能  移乗:一部介助
 歩行:軽介助により平行棒内にて約5m可能
 支柱付き短下肢装具使用 左足先の引っ掛かりがあり、恐怖心も強い
<ADL能力>
 食事は自立摂取可、排泄は一部介助、入浴は全介助を要しており、FIMの点数は68点であった。
【問題点抽出】
 在宅復帰を阻害する因子
<心身機能>
 ・左片麻痺 ・高次脳機能障害
<活動>
 ・排泄動作要介助 ・歩行困難 ・段差昇降動作困難
<参加>
 ・家事動作困難
<環境因子>
 ・自宅内車椅子生活は難しい ・玄関前に段差あり ・父の介護があり家族の介護負担大
【介入方法と経過】
・リハビリは個別リハビリにて実施。短期集中リハビリを実施し、入所後3か月は週3回、40分実施した。
 入所3か月を経過してからは週3回20分のリハビリと移行した。
・訓練の内容は、歩行訓練が大部分を占めていた。歩行の難易度が上がるたびに麻痺側つま先の引っ掛かりや、
 ふらつきなど歩行不安定感がみられた。恐怖心があり、繰り返し訓練することで徐々に改善傾向にあった。
・歩行の安定性向上がみられてからは介護士付き添いのもとリハビリ時間外にも毎日、歩行練習を行った。
・足関節の麻痺が軽減したことにより、支柱付き短下肢装具からオルトップAFOに変更し、装具を軽量にする
 ことで装具着脱の簡易化を図った。
・生活動作訓練は退所後の生活を想定して必要な動作を抽出し、項目別に訓練を行った。
 (トイレ動作、床からの立ち上がり動作、靴・装具の着脱、服薬動作、ドアの開閉動作)
・入所して6ヶ月経過した時点で在宅に退所することをゴールと再設定し、自宅の環境調整のため自宅訪問を
 行った。
 その後は実際の生活動線に近い環境を施設内に設定し、歩行訓練、生活動作訓練を行った。
【退所時評価】
 左片麻痺 br/s:上肢Ⅱ 手指Ⅱ 下肢Ⅴ
 筋力   MMT 右上下肢5 左上肢・手指2 左下肢(腸腰筋4 大腿四頭筋4 前脛骨筋4 腓腹筋4)
 高次脳機能障害:注意障害軽度
 認知機能 MMSE:27点 HDS-R:28点
 バランス機能 BBS:45点
<基本動作能力>
 起き上がり:自立 起立:自立
 立位保持:自立 移乗:自立 段差昇降:手すり把持自立
 歩行:独歩にて約200m連続歩行可能。
<ADL能力>
排泄は自立。入浴は一般浴、一部介助。
FIMの点数は113点となった。
大きく向上した項目は、更衣動作(上・下)、トイレ動作、トイレ移乗、浴槽移乗、階段動作
【結語】
課題志向型アプローチは、回復期の患者を対象とした研究が多く、慢性期に歩行不能であった症例を対象とした報告はまだ少ない。
一方で、2025年に改訂された脳卒中治療ガイドラインでは、頻回な歩行訓練が、歩行速度や歩行耐久性を改善することが明らかになっていると述べられており、対象が亜急性期以降と記載されていることから、慢性期からでも課題志向型アプローチに効果があると考え、訓練の中に取り入れた。
本症例は、介護老人保健施設に入所となった慢性期以降でも、段階的な歩行訓練の反復といった課題志向型アプローチを行うことで、基本動作能力やADL能力の向上に繋がると示唆できるものになったと考える。
また、今回対象となった患者がまだ50歳代と比較的若かったことや、発症前は仕事もしており活動的であったことから健側筋力の廃用が進んでいなかったこと、重度の高次脳機能障害や認知症がなかったことも良好な予後となった要因だと推測される。
今回の症例は、たとえ慢性期であったとしても「プラトーを過ぎているからこれ以上状態は上がらない」「今の時点で歩けてないならもう歩けない」などと決めつけるのではなく、患者ひとりひとりを評価し、適切なアプローチを行うことで身体機能は改善すると再認識できた。