講演情報
[22-O-J002-05]利用者の「食」に対する希望を叶えるために療養棟管理者と専門職による多職種連携体制の構築
*木山 弘恵、中島 秀和、玉栄 侑樹 (兵庫県 介護老人保健施設ウエルハウス西宮)
<はじめに>
介護老人保健施設N(以下、老健N)は一般棟71名、認知専門棟58名の超強化型在宅復帰支援施設である。老健Nの職員常勤換算配置は医師1.5名、看護師11.6名、介護職員40名、理学療法士5名、作業療法士4名、言語聴覚士2名、管理栄養士3名となっている。
今回前医において嚥下造影検査(以下、VF検査)を行い、経口摂取が困難と判断され老健Nに入所した利用者に言語聴覚士より改めてVF検査の施行を提案された。療養棟管理者はリスク面と業務面における負担を懸念し、検査施行には否定的であった。しかし言語聴覚士は前医のVF検査施行時より、評価指標における数値上の改善を示した。そのため療養棟の懸念点のみで否定するのではなく、建設的な検討が必要であると考えた。どのような問題を解決すれば療養棟の管理者もスタッフも心理的負担を最小限にして施行できるか多職種で検討した。その結果VF検査体制を構築しA利用者の「食」に対する楽しみを拡充することができたため、ここに報告する。
<症例紹介>
対 象:A利用者
年 齢:84歳
性 別:女性
主病名:首下がり症候群術後、脊椎後側彎症術後
介護度:要介護4 日常生活自立度:B-1
BMI:16.2(低栄養)
【希望】本人:食べられる形態を食べたい。口から水を飲みたい。
長女:少しでも母の希望を叶えてあげたい。
<目的>
・安全にVF検査を実施するためのマニュアルを作成し、入所者の希望を叶えるための経口摂取基準と多職種連携の円滑化を図る。
<方法>
1)マニュアルの整備
2)教育的介入
3)職員へのアンケート
<結果>
VF検査を老健Nで施行する提案について、看護・介護管理者としては以下の懸念点を示した。検査当日および夜間における業務負担の増加、さらに前医で施行した2回のVF検査で経口摂取困難と判定されていたことであった。
言語聴覚士はA利用者の希望を叶えるために可能性を最大限に引き出せる訓練を優先して実施していた。そのためその効果を共有できる手段としてVF検査を提案した。しかし前例もマニュアルもなかったため、他職種に協力要請するための根拠には乏しかった。
そこで言語聴覚士は療養棟管理者に嚥下機能の改善を示す客観的データを示した。療養棟管理者は事実に基づいたデータが示す意味を理解し、検査の必要性を共有できた。さらにその事実をスタッフと共有することで、同じ目的意識を持ってVF検査施行に向けての問題点を抽出することにつながった。
言語聴覚士の上司を通して病院の受け付け外来・放射線科へ協力を要請するとともに、老健主治医にも必要性の認識を共有した。その後VF検査実施までの手順書と当日の体制を多職種で共有するためのフロー図を作成し、療養棟スタッフの業務及び心理的負担軽減を図った。
VF検査当日は吸引など必要時に対応できる日程とし、医師・看護師・言語聴覚士・管理栄養士・病院放射線技師が待機しているなかで実施した。
VF検査では頚椎の前方突出状態と棘突起への残留のクリアランスを図るための声掛けを行うことで極限にリスクを下げた状態で経口摂取が可能と確認することができた。
またVF検査の結果については言語聴覚士が療養棟で画像を用いて看護・介護スタッフにもわかりやすく説明した。そのことでA利用者の経口摂取に関するリスクの低減化を共有することができた。A利用者はVF検査翌日よりトロミを付加したコーヒーやジュースなどの水分が経口にて摂取可能となった。
約半年後にはおやつの時間に合わせて、トロミを付加した水分とともにゼリーの経口摂取も可能となった。
<考察>
今回の取り組みを通し、老健におけるVF検査体制の構築とA利用者の希望を叶えることができた。実際A利用者は経口で水分・ゼリー摂取ができるようになったことで活動の幅が拡大し、春には散歩に出て他の利用者と共に桜を見ながらゼリーを食べることができた。
しかし老健管理者は言語聴覚士からVF検査の提案があった際には療養棟スタッフの業務負担に対する懸念から、積極的に導入する案には同意できなかった。それは経口摂取を行わない状態が続く高齢者に低栄養、侵襲、廃用といった要因が加わることでサルコペニアによる摂食嚥下障害が進行する1)とされていることも影響している。言語聴覚士が嚥下機能の客観的な改善データを提示し、管理者が段階的に各職種へ説明・調整を行ったことで合意形成を実現することができた。言語聴覚士という専門職の判断と現場の不安の間にある溝を埋めるには、客観的な評価指標に基づく説明と療養棟管理者による丁寧な橋渡しが不可欠である。
〈おわりに〉
高齢者本位の生活支援という同じ方向を向くことで、高齢者の生活に合わせた形で各々の有する専門性を十分に発揮することができる。反対にどれだけ高度な専門的知識や技術を有していても、高齢者の生活の質を高めるために用いられなければ無意味であり、他職種にとっては正論の押し付けと取られかねない。そのため日頃から自他の専門性の違いを把握した上で常に自己研鑽することで、個々の高齢者の意向に沿った形で専門性を活かすことができる。2)本症例は言語聴覚士が利用者の摂取可能な形態を「食べたい」「飲みたい」という希望を叶えられるよう支援の方向性を定めた。A利用者は経口摂取をきっかけに決まった時間に談話室でお茶を飲みながら新聞を読み、おやつの時間に自ら利用者同士の輪に入ることができるようになった。これは老健Nのなかで社会的な参加ができるようになったことをさし、新たな日常生活リズムの形成にも繋がった。利用者本人の希望を叶えるために多職種が専門性を理解し、連携したことで「食」に対する楽しみの拡大ができた。
<参考文献>
1)外科と代謝・栄養,若林秀隆,日本外科代謝栄養学会,2016,pp.43-49
2)高齢者の在宅療養場面に求められる多職種連携の技能,藤田益伸,岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号,2015.3,pp175
介護老人保健施設N(以下、老健N)は一般棟71名、認知専門棟58名の超強化型在宅復帰支援施設である。老健Nの職員常勤換算配置は医師1.5名、看護師11.6名、介護職員40名、理学療法士5名、作業療法士4名、言語聴覚士2名、管理栄養士3名となっている。
今回前医において嚥下造影検査(以下、VF検査)を行い、経口摂取が困難と判断され老健Nに入所した利用者に言語聴覚士より改めてVF検査の施行を提案された。療養棟管理者はリスク面と業務面における負担を懸念し、検査施行には否定的であった。しかし言語聴覚士は前医のVF検査施行時より、評価指標における数値上の改善を示した。そのため療養棟の懸念点のみで否定するのではなく、建設的な検討が必要であると考えた。どのような問題を解決すれば療養棟の管理者もスタッフも心理的負担を最小限にして施行できるか多職種で検討した。その結果VF検査体制を構築しA利用者の「食」に対する楽しみを拡充することができたため、ここに報告する。
<症例紹介>
対 象:A利用者
年 齢:84歳
性 別:女性
主病名:首下がり症候群術後、脊椎後側彎症術後
介護度:要介護4 日常生活自立度:B-1
BMI:16.2(低栄養)
【希望】本人:食べられる形態を食べたい。口から水を飲みたい。
長女:少しでも母の希望を叶えてあげたい。
<目的>
・安全にVF検査を実施するためのマニュアルを作成し、入所者の希望を叶えるための経口摂取基準と多職種連携の円滑化を図る。
<方法>
1)マニュアルの整備
2)教育的介入
3)職員へのアンケート
<結果>
VF検査を老健Nで施行する提案について、看護・介護管理者としては以下の懸念点を示した。検査当日および夜間における業務負担の増加、さらに前医で施行した2回のVF検査で経口摂取困難と判定されていたことであった。
言語聴覚士はA利用者の希望を叶えるために可能性を最大限に引き出せる訓練を優先して実施していた。そのためその効果を共有できる手段としてVF検査を提案した。しかし前例もマニュアルもなかったため、他職種に協力要請するための根拠には乏しかった。
そこで言語聴覚士は療養棟管理者に嚥下機能の改善を示す客観的データを示した。療養棟管理者は事実に基づいたデータが示す意味を理解し、検査の必要性を共有できた。さらにその事実をスタッフと共有することで、同じ目的意識を持ってVF検査施行に向けての問題点を抽出することにつながった。
言語聴覚士の上司を通して病院の受け付け外来・放射線科へ協力を要請するとともに、老健主治医にも必要性の認識を共有した。その後VF検査実施までの手順書と当日の体制を多職種で共有するためのフロー図を作成し、療養棟スタッフの業務及び心理的負担軽減を図った。
VF検査当日は吸引など必要時に対応できる日程とし、医師・看護師・言語聴覚士・管理栄養士・病院放射線技師が待機しているなかで実施した。
VF検査では頚椎の前方突出状態と棘突起への残留のクリアランスを図るための声掛けを行うことで極限にリスクを下げた状態で経口摂取が可能と確認することができた。
またVF検査の結果については言語聴覚士が療養棟で画像を用いて看護・介護スタッフにもわかりやすく説明した。そのことでA利用者の経口摂取に関するリスクの低減化を共有することができた。A利用者はVF検査翌日よりトロミを付加したコーヒーやジュースなどの水分が経口にて摂取可能となった。
約半年後にはおやつの時間に合わせて、トロミを付加した水分とともにゼリーの経口摂取も可能となった。
<考察>
今回の取り組みを通し、老健におけるVF検査体制の構築とA利用者の希望を叶えることができた。実際A利用者は経口で水分・ゼリー摂取ができるようになったことで活動の幅が拡大し、春には散歩に出て他の利用者と共に桜を見ながらゼリーを食べることができた。
しかし老健管理者は言語聴覚士からVF検査の提案があった際には療養棟スタッフの業務負担に対する懸念から、積極的に導入する案には同意できなかった。それは経口摂取を行わない状態が続く高齢者に低栄養、侵襲、廃用といった要因が加わることでサルコペニアによる摂食嚥下障害が進行する1)とされていることも影響している。言語聴覚士が嚥下機能の客観的な改善データを提示し、管理者が段階的に各職種へ説明・調整を行ったことで合意形成を実現することができた。言語聴覚士という専門職の判断と現場の不安の間にある溝を埋めるには、客観的な評価指標に基づく説明と療養棟管理者による丁寧な橋渡しが不可欠である。
〈おわりに〉
高齢者本位の生活支援という同じ方向を向くことで、高齢者の生活に合わせた形で各々の有する専門性を十分に発揮することができる。反対にどれだけ高度な専門的知識や技術を有していても、高齢者の生活の質を高めるために用いられなければ無意味であり、他職種にとっては正論の押し付けと取られかねない。そのため日頃から自他の専門性の違いを把握した上で常に自己研鑽することで、個々の高齢者の意向に沿った形で専門性を活かすことができる。2)本症例は言語聴覚士が利用者の摂取可能な形態を「食べたい」「飲みたい」という希望を叶えられるよう支援の方向性を定めた。A利用者は経口摂取をきっかけに決まった時間に談話室でお茶を飲みながら新聞を読み、おやつの時間に自ら利用者同士の輪に入ることができるようになった。これは老健Nのなかで社会的な参加ができるようになったことをさし、新たな日常生活リズムの形成にも繋がった。利用者本人の希望を叶えるために多職種が専門性を理解し、連携したことで「食」に対する楽しみの拡大ができた。
<参考文献>
1)外科と代謝・栄養,若林秀隆,日本外科代謝栄養学会,2016,pp.43-49
2)高齢者の在宅療養場面に求められる多職種連携の技能,藤田益伸,岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第39号,2015.3,pp175
