講演情報

[22-O-D001-05]帰宅願望が強い認知症者への安心した居場所づくり

*天野 尚子、舘林 奈緒美 (兵庫県 介護老人保健施設 シルバーケア揖保川)
PDFダウンロードPDFダウンロード
【はじめに】 認知症者の「帰宅願望」は、不安や孤独感、見当識障害から「今いる場所がわからない」「安心できる家に帰りたい」と訴える心理的・行動的症状である。 A氏はB施設に入所直後から帰宅願望、徘徊行動が著明であった。不安や孤独感などの感情に寄り添い、落ち着いて過ごせる環境を整え、他者と共に活動に参加することを支援した。この過程を振り返り安心した居場所づくりと大切なケアについて考察する。
【看護の経過】
1 入所者情報
1)入所者紹介
A氏 80歳代 女性 主病名:アルツハイマー型認知症HDS-R:5 MMSE:14 
2)入所までの経緯
長女と孫と同居。医師からデイサービスの利用を勧められたが強く拒否していた。同居の長女が長期の病気治療で入院することになり長男宅に引き取られた。ところがショートステイの利用先で大声を出す、他利用者を殴る、物を壊すなどし、利用できる施設が見つからず、B施設と同じ法人で単科の精神病院に×年11月入院となり、3か月後B施設に入所となる。
3)入所直後の様子
A氏は表情険しく大声で「帰らせて」「誰かたすけて」と詰所に何度も来ては訴え、出口を探すなどの徘徊行動があった。落ち着いているときに椅子に腰かけ傾聴すると、自分の家族の事や好きな趣味の話をするなど、とても良い笑顔が見られた。しかし、しばらくすると帰宅願望が強くなり同じ訴えを繰り返した。看護の実際として、傾聴するだけではなく「助けて」や「わからない、どうしよう」といった不安感を理解し軽減できるように、何を助けてほしいのか、何がわからないのかを、訴えが出現したときに毎回問うてみることにした。その結果、トイレの場所がわからない、空腹で食べ物が欲しい、寝たい時に寝る場所があるのか、自分は今何をすればいいのか、どこにいたらいいのか、何故ここにいるかがわからなくなっている。といった不安感からの言葉であるとわかった。特にトイレの場所がわからない時に「助けて」と訴えている事が多かった。トイレの失敗は羞恥心が強く、自尊心が傷つくため強く表れる原因のひとつであると考え、スタッフ間で情報共有して繰り返しトイレの場所を伝え誘導することで、1週間程で、車椅子で自走して行けるようになった。また、トイレの訴えがある前に声掛けをすることで詰所に訴えに来る回数が減った。次に、「帰らせて」の言葉は、A氏はピアノの先生をしていた事があり、音楽が大好き、絵を書く事が好きなど趣味を楽しむ時間がなく、日常生活に不満があるのではないかと考えた。実際、音楽療法や作業療法などの参加は喜んで取り組めており、その後しばらく詰所に訴えに来ることはなかった。そこで、職員間で相談し音楽を聴いてもらう事を試した。始めは、詰所前でA氏に向けて流していたが、音楽が好きな入所者が聴きに来るようになった。A氏はとても穏やかに手拍子をするなど集中して聴いていた。徐々に聴く場所を他者とのコミュニケーションを図る目的として食堂へと移した。皆が懐かしむ事が出来る曲を流す事で、特に声掛けをしていなかった入所者も曲を口ずさんでおり、自然とその場所に集まっている様子がみられた。この取り組みは、音楽療法や作業療法がない時や、夕方になると訴えが出現するなどのパターンがみえたためその時間帯に行う事とした。「何をすればいい」の訴えには、何か簡易的な作業はないだろうかと職員と話し合い、見守り程度で出来る内容を考え、新聞たたみを実施してみた。これも、音楽で関係が出来始めた入所者3~4人で実施し、A氏と他者のコミュニケーションを図れるようにした。グループをつくってみると中心となる人物が作業の段取りをしてくれた。20分~30分程度であったが途中で作業を止めることはなかった。終了後は感謝を伝え次回もお願いをした。すると、A氏の訴えの中に「何かさせて」の言葉が聞かれるようになった。
【考察】パーソンセンタードケアとは、認知症をもつひとを一人の“人”として尊重し、その人の視点に立って理解し共にケアに取り組もうとする認知症ケアの考え方である。その心理的ニーズは、一人の人として無条件に尊重されることを愛と表現し中心に置き、その中心を取り巻く5つの心理的ニーズを、共にあること、くつろぎ、自分らしさ、結びつき、たずさわりと表現している。今回A氏の看護実践を振り返るとパーソンセンタードケアで提唱される心理的ニーズをすべて満たしていることに気が付いた。まず、A氏を一人の人として尊重し、話を傾聴し、問いかけをし、行動観察から思いを明らかにした。これが無条件に受け入れられたと感じる愛のニーズを満たしたと考える。そして、自尊心を傷つけることなくトイレへと誘導したことは、自尊心の尊重、くつろぎのニーズを満たしたと考える。また、帰宅願望については日常生活への不満や居心地の悪さと捉え、生活歴を尊重し音楽を取り入れた。これは、自分らしさのニーズを満たした。さらに複数の入所者と共に場を共有し歌を聴き口ずさめるように環境を調整したことは、自分らしさに加え、共にあることや、結びつきのニーズを満たしたと考える。最後に「何をすればいいのか」という思いに対して、簡易な作業を取り入れ、仲間と共にその作業に取り組めた。これは、たずさわりや、共にあること、結びつきのニーズを満たしたと考える。このように愛を中心に5つの心理的ニーズをすべて満たしたことで、A氏は、B施設の中に安心した居場所を見つけることができ、穏やかに過ごせるようになったと考える。
【おわりに】認知症のケアでは不安や孤独感を軽減させ、居場所づくりが重要である。今回の事例は、パーソンセンタードケアの考え方に基づく心理的ニーズを満たすケアができたことがわかり、それによって対象者の居場所づくりができたと考える。
参考文献医学書院 老年看護 病態・疾患論:143(2022)