講演情報

[22-P-L002-04]重度失語症者・胃瘻造設者への経口摂取維持の試み自費リハビリによる家族指導と退所後支援の一例

*田淵 かおる、黒川 良輔、内海 千尋 (東京都 医療法人社団 健育会 介護老人保健施設ライフサポートひなた)
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【はじめに】
老健退所後の特養や有料老人ホームにSTが配置されていることが少なく、自宅退所後も訪問STによる介入も限られているため、STの管理下でお楽しみレベルの経口摂取が可能であった胃瘻造設者が、老健退所後に経口摂取の機会を失うケースを筆者はこれまでの臨床において複数経験してきた。
本症例は、回復期病院では、STが常に嚥下機能を評価しながら介助することで昼食のみ経口摂取が可能な嚥下機能レベルであったが、当施設では人員配置上、毎日のST昼食介助が困難であり、食形態も日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021(以下学会分類2021)コード2-1(病院での名称:ペースト食)が当施設で提供ないため、学会分類2021コード3(当施設での名称:ムース食)へ変更が必要であった。そのため「お楽しみレベルでの嚥下機能維持」を目標とした。加えて、重度失語症・高次脳機能障害により環境変化への適応が難しく、老健入所後、経口摂取開始に1週間程かかり、転所先でのラポール形成や専門性のない職員による経口摂取継続の困難さが予測された。一方、ご家族が週3日程度は面会に訪れ患者との関係が良好であったことから、ご家族が適切な方法を習得することで転所先でも経口摂取の継続が可能と考え、自費リハビリを活用した家族指導を実施した。
【対象】
80歳代、女性。左内頸動脈塞栓発症後約1ヶ月時に誤嚥性肺炎を併発、胃瘻を造設し、約6ヶ月で老健に入所。入所時評価:ADL全介助(FIM21点)、嚥下評価(MWST 3、FT 3)、JCS Ⅰ-1。重度失語症を認め、内容理解は曖昧であるが表情による反応は良好。
【方法】
入所後3か月間は短期集中リハビリ期間(ST週3回・PT週5回)を実施。個別リハビリ期間(ST週1回20分・PT週2回)への移行後、徐々に嚥下機能の低下が見られたため、入所後約3か月よりご家族の同意のもと週1回・約60分の自費リハビリを追加導入した(全21回、発症後約9~18ヶ月)。長女・次女が月2回少なくとも一人は同席し、以下3点を指導した。1)嚥下機能の説明(動画による視覚的説明を含む)、2)口腔ケアおよび食べさせ方のデモンストレーション、3)頚部・肩甲帯のリラクゼーション方法。各回にゼリー・ケーキのクリーム、ムース等を用い、安全な経口摂取の提供方法を指導した。
【結果】
初回自費リハビリ時(発症後約9ヶ月)は水分ゼリーと学会分類2021(とろみ)の「段階2:中間のとろみ」を付加したトロミ茶を提供したが、摂取に時間を要し、摂取量は30ml程度であった。食思も低かった。ご家族は当初、口腔ケアには積極的に取り組む一方、食事介助には不安が強く消極的であった。STの失敗談を交えたフィードバックや個別での体験機会を設け、ラポール形成と介助への抵抗感の軽減を図った。日によって頚部肩甲帯の緊張が強まり喉頭挙上が遅延し咽せがみられ、ご家族は介助技術と本人の状態のどちらに起因するか判別できず自信を持てない時期があった。一方、本人の嗜好品(カスタード等)を活用した際には摂取量が顕著に増加する場面もあり、好物の活用や明るい声かけによる緊張緩和など、ご家族独自の工夫が徐々に生まれていった。入所約11ヶ月には口腔ケア手順がご家族に定着し、長女の促しにより患者自身がスプーンを把持し口唇で取り込む動作も出現した。入所12ヶ月で、看護小規模多機能型居宅介護施設(以下、看多機)へ退所。翌日STが訪問し看護師へ引き継いだ。転所1ヶ月後より昼食のみミキサー食の提供が開始され、摂取量1~5割とムラはあるが30~60分程度で摂取可能であり、明らかな誤嚥兆候は見られていない。
退所時、ご家族からは「口腔ケアや経口摂取のリハビリを実践できたことがとても良かった」「その場でアドバイスをもらえたのが役に立った」「食べることは母にとって楽しみの一つになったのではないか」「ケーキを食べる母と一緒に過ごせる時間を頂けた」との言葉が聞かれた。
【考察】
自費リハビリの活用により時間・頻度の柔軟性を確保し、約9ヶ月間の継続的な家族指導が可能となった。ご家族の介入頻度が約2週に1回程度であったことや、筋緊張により嚥下機能に変化があった際は、ご家族が介助技術と本人の状態変動とを区別できず自信を持てない場面も見られた。こうした不確実性に直面しながらも、嗜好品の活用や声かけの工夫といった独自の対応が引き出された背景には、ご家族が単に手順を教わるのではなく、実践と振り返りを重ねる中で「自分なりの介助の感覚」を獲得していったプロセスがあったと考えられる。また、家族指導においては技術指導だけでなく、心理的な抵抗感への配慮も重要であった。本症例では、ご家族が面会に頻回に訪れ、STに本人の様子を報告いただくなどリハビリ以外でもコミュニケーションをとる機会が多かった。そのためSTがご家族の気持ちを汲み取り、都度必要な情報提供が可能であったことが、ラポールの形成、介助への抵抗感の軽減に繋がったと考える。
退所先として看多機が選定された経緯には、ご家族自身が「専門職による嚥下訓練の継続」を望んだ主体的な選択があった。家族指導を通じてご家族が本人の嚥下機能の特性とリスクを正しく理解し、同時に経口摂取維持のメリットを実感したため、退所後の生活を見据えた判断ができた表れとも考えられる。ST不在の転所先でも経口摂取が継続できた背景には、ご家族の技術習得に加え、退所後訪問による看護スタッフへの直接的な引き継ぎが寄与したと考える。老健における自費リハビリを活用した転所を見据えた家族指導と、退所後の積極的な引き継ぎの重要性が示唆された。