講演情報
[22-O-D004-05]重度認知症でもわかりやすい工夫で自然に動ける生活へ視覚支援と統一介入により排泄・ADLが向上した一例
*中村 弓子1、湯本 美貴1、福島 飛鳥1、坂口 強1、奥知 博志2 (兵庫県 1. 介護老人保健施設鵠芭、2. 奥知外科医院)
【はじめに】
認知症の方への支援では、「できないからすべてを介助する」のではなく、本人にとって分かりやすい環境を整え、今ある力を引き出す視点が重要である。本ケースは、重度認知症によりトイレの場所や物の認識、排泄手順の理解が難しく、混乱や居室内での排泄がみられた利用者への支援である。トイレ内の単一動作ではなく、トイレに行きたいと思ってから、場所を認識し、移動し、排泄し、戻るまでの一連の排泄行動に着目した。視覚的手がかり、声掛け・介助方法の統一、生活場面での反復により、排泄行動の安定、ADLの向上、周辺症状の改善がみられたため報告する。
【ケース紹介】
78歳、女性、要介護2。主な病歴は、アルツハイマー型認知症、両膝変形性膝関節症、うつ症状であった。独居生活を送っていたが、急激な認知機能低下により在宅生活が困難となり、家族は生活機能の改善を希望して当施設での入所利用を開始した。入所当初は「家に帰る」「一人が怖い」「お金がない」などの発言があり、帰宅しようとする行動、不安、多動、不潔行為がみられた。歩行は可能で身体機能に大きな問題はなかったが、場所や方法の認識が困難であり、ADL全般に介助を要していた。一方で、自分で何かを行おうとする姿勢はみられていた。Mini-Mental State Examination(MMSE)は5点、Functional Assessment Staging(FAST)は6e、Functional Independence Measure(FIM)はトイレ動作3点、移乗動作4点、更衣1点であった。
【介護面での気付きと課題設定】
本ケースでは移動能力は保たれていたが、トイレ前まで移動できても、ドアを開ける、下衣を下げる、便座に座るといったそれぞれの動作が組み立てられず、つながりにくい状態であった。排泄場所や排泄方法を誤って認識する様子もみられ、トイレ動作場面では不安や焦りを示していた。排泄は本人の安心感や尊厳に関わる重要なADLであり、介護職にとっても頻度が高く、不潔行為への対応や介護負担に直結する。ADL低下の主な原因は身体機能低下ではなく、認知機能低下により「場所」「動作」「手順」が結びつきにくい点であると考えた。本人に分かりやすい環境調整、排泄動作の流れの分解、生活場面での反復支援により、排泄行動の自立度向上を図ることを課題とした。
【介入内容】
排泄を「場所を認識する」「移動する」「排泄の準備をする」「便座に座る」「排泄後に整える」という一連の生活行為として捉え、視覚支援、動作の流れの分解、声掛け・介助方法の統一、生活場面での反復を中心に行った。視覚支援として、居室から出てすぐ目に入る位置にトイレの方向を示す矢印とトイレマークを設置し、さらに「トイレ」という文字を追加した。掲示物はA3サイズ1枚に整理し、認識しやすい色を用い、本人の趣味であったバレーボールのイラストも加えた。トイレ内では、一連の流れを一度に促すのではなく、動作ごとに分けて支援した。声掛けは「ここに足を置きます」「両手でズボンとパンツを持ちます」「下げます」など、短く具体的な言葉に統一した。足を置く位置には滑り止めシートを敷き、立つ位置を分かりやすくした。介助時は手すりの把持、足の位置、体幹の向きを整え、本人の手を添えて下衣操作を反復した。すべてを介助するのではなく、本人が参加できる部分を残しながら支援した。また、理学療法士より手すりの使い方、職員の立ち位置、介助の流れについて助言を受けた。介助場面は動画、申し送りノート、カルテで共有し、職員間で支援方法を統一した。
【結果】
介入後、FIMのトイレ動作は3点から5点へ向上し、中等度介助から見守りレベルとなった。移乗動作は4点から7点へ向上し、軽介助から自立レベルとなった。更衣は1点から3点へ向上し、全介助から中等度介助レベルとなった。トイレの場所の認識やズボンの上げ下げ、便座への着座が行いやすくなり、排泄介助量の軽減につながった。さらに、職員間で支援方法を統一したことで本人の混乱が減少し、落ち着いて排泄に取り組める場面が増加した。認知機能についてはMMSEが5点から7点へ改善したが、FASTは6eのままであり、認知症の重症度段階に大きな変化は認められなかった。しかし、不安、抑うつ、幻覚、徘徊、不潔行動が大幅に改善し、妄想にもやや改善がみられた。本人が好んでいたバレーボールを活動に取り入れるとともに、家庭菜園や買い物支援、他利用者とのベランダ歩行などの新たな活動を提案したことで、自発的な発言や他者との交流が増え、活動性や社会性の向上が認められた。
【考察】
本ケースでは、認知症の重症度段階に大きな変化はみられなかったが、トイレ動作を中心としたADLの向上、周辺症状の改善、他利用者との交流増加がみられた。このことから、認知症の中核症状そのものが大きく改善しなくても、日々の生活場面を分かりやすく整えることで、本人の行動や生活のしやすさは変化し得ると考えられた。本ケースでは、視覚的手がかりによりトイレの場所を分かりやすくし、短い声掛けと統一した介助方法で排泄の流れを繰り返し支援した。これは、本人に何かを「させる」関わりではなく、本人が分かりやすく、安心して動ける状況をつくる関わりであった。その結果、重度認知症の方であっても、介護職が生活場面で環境と関わりを整えることにより、自然な流れの中で排泄に取り組め、本人が本来持っている能力を引き出せる可能性が示された。
認知症の方への支援では、「できないからすべてを介助する」のではなく、本人にとって分かりやすい環境を整え、今ある力を引き出す視点が重要である。本ケースは、重度認知症によりトイレの場所や物の認識、排泄手順の理解が難しく、混乱や居室内での排泄がみられた利用者への支援である。トイレ内の単一動作ではなく、トイレに行きたいと思ってから、場所を認識し、移動し、排泄し、戻るまでの一連の排泄行動に着目した。視覚的手がかり、声掛け・介助方法の統一、生活場面での反復により、排泄行動の安定、ADLの向上、周辺症状の改善がみられたため報告する。
【ケース紹介】
78歳、女性、要介護2。主な病歴は、アルツハイマー型認知症、両膝変形性膝関節症、うつ症状であった。独居生活を送っていたが、急激な認知機能低下により在宅生活が困難となり、家族は生活機能の改善を希望して当施設での入所利用を開始した。入所当初は「家に帰る」「一人が怖い」「お金がない」などの発言があり、帰宅しようとする行動、不安、多動、不潔行為がみられた。歩行は可能で身体機能に大きな問題はなかったが、場所や方法の認識が困難であり、ADL全般に介助を要していた。一方で、自分で何かを行おうとする姿勢はみられていた。Mini-Mental State Examination(MMSE)は5点、Functional Assessment Staging(FAST)は6e、Functional Independence Measure(FIM)はトイレ動作3点、移乗動作4点、更衣1点であった。
【介護面での気付きと課題設定】
本ケースでは移動能力は保たれていたが、トイレ前まで移動できても、ドアを開ける、下衣を下げる、便座に座るといったそれぞれの動作が組み立てられず、つながりにくい状態であった。排泄場所や排泄方法を誤って認識する様子もみられ、トイレ動作場面では不安や焦りを示していた。排泄は本人の安心感や尊厳に関わる重要なADLであり、介護職にとっても頻度が高く、不潔行為への対応や介護負担に直結する。ADL低下の主な原因は身体機能低下ではなく、認知機能低下により「場所」「動作」「手順」が結びつきにくい点であると考えた。本人に分かりやすい環境調整、排泄動作の流れの分解、生活場面での反復支援により、排泄行動の自立度向上を図ることを課題とした。
【介入内容】
排泄を「場所を認識する」「移動する」「排泄の準備をする」「便座に座る」「排泄後に整える」という一連の生活行為として捉え、視覚支援、動作の流れの分解、声掛け・介助方法の統一、生活場面での反復を中心に行った。視覚支援として、居室から出てすぐ目に入る位置にトイレの方向を示す矢印とトイレマークを設置し、さらに「トイレ」という文字を追加した。掲示物はA3サイズ1枚に整理し、認識しやすい色を用い、本人の趣味であったバレーボールのイラストも加えた。トイレ内では、一連の流れを一度に促すのではなく、動作ごとに分けて支援した。声掛けは「ここに足を置きます」「両手でズボンとパンツを持ちます」「下げます」など、短く具体的な言葉に統一した。足を置く位置には滑り止めシートを敷き、立つ位置を分かりやすくした。介助時は手すりの把持、足の位置、体幹の向きを整え、本人の手を添えて下衣操作を反復した。すべてを介助するのではなく、本人が参加できる部分を残しながら支援した。また、理学療法士より手すりの使い方、職員の立ち位置、介助の流れについて助言を受けた。介助場面は動画、申し送りノート、カルテで共有し、職員間で支援方法を統一した。
【結果】
介入後、FIMのトイレ動作は3点から5点へ向上し、中等度介助から見守りレベルとなった。移乗動作は4点から7点へ向上し、軽介助から自立レベルとなった。更衣は1点から3点へ向上し、全介助から中等度介助レベルとなった。トイレの場所の認識やズボンの上げ下げ、便座への着座が行いやすくなり、排泄介助量の軽減につながった。さらに、職員間で支援方法を統一したことで本人の混乱が減少し、落ち着いて排泄に取り組める場面が増加した。認知機能についてはMMSEが5点から7点へ改善したが、FASTは6eのままであり、認知症の重症度段階に大きな変化は認められなかった。しかし、不安、抑うつ、幻覚、徘徊、不潔行動が大幅に改善し、妄想にもやや改善がみられた。本人が好んでいたバレーボールを活動に取り入れるとともに、家庭菜園や買い物支援、他利用者とのベランダ歩行などの新たな活動を提案したことで、自発的な発言や他者との交流が増え、活動性や社会性の向上が認められた。
【考察】
本ケースでは、認知症の重症度段階に大きな変化はみられなかったが、トイレ動作を中心としたADLの向上、周辺症状の改善、他利用者との交流増加がみられた。このことから、認知症の中核症状そのものが大きく改善しなくても、日々の生活場面を分かりやすく整えることで、本人の行動や生活のしやすさは変化し得ると考えられた。本ケースでは、視覚的手がかりによりトイレの場所を分かりやすくし、短い声掛けと統一した介助方法で排泄の流れを繰り返し支援した。これは、本人に何かを「させる」関わりではなく、本人が分かりやすく、安心して動ける状況をつくる関わりであった。その結果、重度認知症の方であっても、介護職が生活場面で環境と関わりを整えることにより、自然な流れの中で排泄に取り組め、本人が本来持っている能力を引き出せる可能性が示された。
