講演情報
[22-O-L006-03]尺八演奏に込められた意味と作業の関わり方の変化
*竹越 仁美1、佐々木 由佳2、柴 隆広1、谷口 敬道3、浦野 友彦1 (栃木県 1. 介護老人保健施設マロニエ苑、2. 国際医療福祉大学那須医療センター、3. 国際医療福祉大学 保健医療学部)
【はじめに】
高齢者は、加齢や疾患により長年継続してきた作業の継続が困難となることがある。今回、頚髄症により筋力低下や感覚障害を呈し、尺八の再開を希望した利用者を担当した。作業の再獲得に向けた支援を通して、作業に込められた意味や価値観に着目した通所リハビリテーション(以下、通所リハ)における支援について検討したため報告する。なお、本事例の報告にあたり本人の同意を得た。
【症例紹介】
80代男性。プロの民謡歌手として活動し、尺八や三味線を用いた弟子への指導や地域でのボランティア活動を行っていた。また、10代の頃から趣味としてきのこ採りや山菜採りを続けており、親戚や近隣住民へ配るなど社交的な生活を送っていた。しかし、山菜採り中に転倒し、両手のしびれ、巧緻運動障害、歩行困難が出現。頚椎症性脊髄症と診断され、受傷3か月後に頸椎後方除圧固定術を施行。術後C5麻痺を認め回復期病院へ転院。退院後、「また尺八を演奏できるようになりたい」との希望で通所リハの利用を開始した。
【初期評価と目標設定】
疾患により肩周囲筋の筋力低下や感覚障害を認めた。尺八演奏時には楽器を重く感じ、一曲演奏後には上肢の疲労感を訴えていた。また、感覚障害や頚部可動域制限により、安定した音程や音色を出すことが困難であった。目標は、演奏能力の向上を図り、自宅で尺八を演奏できることとした。そのため、尺八演奏に必要な身体機能の改善を目的に、運動療法および巧緻動作訓練を実施した。
【目標の再設定】
身体機能は徐々に改善したものの、自宅での尺八演奏には至らなかった。一方で、通所リハへ自発的に尺八を持参し演奏する様子がみられており、身体機能以外の要因が影響していると考えられた。
そこで、尺八演奏に対する思いや価値を把握するため、カナダ作業遂行測定(COPM)を実施した。尺八演奏の重要度は10/10、遂行度は4/10、満足度は1/10であった。面接では、「多くの人の前で演奏し、脚光を浴びてきた」「プロの演奏家だったため聞いてくれる人がいたら嬉しい」「聞く人がいなければ満足できない」と語られ、対象者は単に尺八を演奏することではなく、他者に聴いてもらい喜んでもらうことに価値を見出していることが明らかとなった。
これを踏まえ目標を再検討したところ、「病前のようにはいかないと分かっているが、尺八の音を聞いて喜んでもらえたら嬉しい」「日本の伝統芸能について知ってほしい」「施設などでボランティアがしたい」との希望が聞かれた。そのため、ボランティア活動への参加を最終目標とし、第一段階として通所リハ利用者を対象とした演奏会を企画した。
【演奏会の準備と結果】
演奏会に向けて、曲の選定および曲紹介について本人と検討した。また、天候や体調不良時の代替手段(歌唱)についても話し合いを行った。さらに、本番を想定した通し練習を実施し、曲間では支援者が曲紹介を担当するなど、疲労に配慮した進行方法を調整した。このような準備を進める中で、自宅での練習機会も増加していった。
演奏会実施後、対象者からは「満足いく演奏はできなかった」「演奏でのボランティアは難しいと感じた」との発言が聞かれた。また、今後については「きのこや山菜を親戚や近所の人に配って喜んでもらう。それで自分を満足させるしかないんじゃないか」とのことであった。
【気持ちの変化と現在の生活】
演奏会2か月後にCOPMを再評価したところ、重要度1/10、遂行度2/10、満足度1/10であった。「目標がないため重要な活動とは言えない」「聞いて喜んでもらえないため満足感はない」との語りが聞かれた。一方で、「尺八は人生そのものであり、これまで培ってきた技術や音色を忘れたくない」「いつかまた何かやりたいと思う時が来るかもしれない。その時にできなくなっていたら困る」との思いから、自宅で週1回程度、短時間の演奏を行うようになった。現在はきのこ採りや山菜採りを継続したいという希望があり、体力づくりに励んでいる。
【考察】
本症例では当初、「尺八を演奏できるようになりたい」という希望が聞かれていた。しかし、COPMや対話を通して尺八について振り返る中で、対象者にとって尺八は単なる演奏活動ではなく、「人に喜んでもらうこと」を実現するための作業であることが明らかとなった。この過程は、支援者が対象者の価値観を理解するだけでなく、対象者自身も尺八に込めていた意味を理解する機会になったと考えられた。
その後、演奏会を通して対象者は現在の能力と理想のギャップを再認識した。尺八で人を喜ばせることは困難だと感じ、喪失感がありつつも、尺八に込めていた意味を理解していたことで、「人に喜んでもらう」という価値に改めて目を向けることができた。その結果、長年続けてきた「きのこや山菜を人に配る」という活動にも、尺八を通して実現していた価値を見出すことができたと考えられる。
本症例では、作業に込めた意味の理解により、演奏会という経験が単なる作業の成否にとどまらず、今後の生活や作業との関わり方について考えるきっかけとなった。対象者は尺八による社会参加の難しさを認識しながらも、自宅での演奏を継続しており、現在も尺八との関わり方を模索していると考えられる。
【まとめ】
本症例では、作業に込められた意味や価値を対象者とともに振り返る過程が、対象者自身による価値の再認識につながった。その結果、「人に喜んでもらう」という価値は尺八以外の作業にも見出され、今後の生活や作業との関わり方を再考する契機となった。通所リハでは、その人らしい活動や社会参加を支援する中で、大切にしてきた作業や役割を従来の形で行えないこともある。そのため、日常的に作業に込められた意味や価値を捉え共有しておくことは、作業や役割の変化・喪失に直面した際の生活再構築を支える一助になると考えられた。
高齢者は、加齢や疾患により長年継続してきた作業の継続が困難となることがある。今回、頚髄症により筋力低下や感覚障害を呈し、尺八の再開を希望した利用者を担当した。作業の再獲得に向けた支援を通して、作業に込められた意味や価値観に着目した通所リハビリテーション(以下、通所リハ)における支援について検討したため報告する。なお、本事例の報告にあたり本人の同意を得た。
【症例紹介】
80代男性。プロの民謡歌手として活動し、尺八や三味線を用いた弟子への指導や地域でのボランティア活動を行っていた。また、10代の頃から趣味としてきのこ採りや山菜採りを続けており、親戚や近隣住民へ配るなど社交的な生活を送っていた。しかし、山菜採り中に転倒し、両手のしびれ、巧緻運動障害、歩行困難が出現。頚椎症性脊髄症と診断され、受傷3か月後に頸椎後方除圧固定術を施行。術後C5麻痺を認め回復期病院へ転院。退院後、「また尺八を演奏できるようになりたい」との希望で通所リハの利用を開始した。
【初期評価と目標設定】
疾患により肩周囲筋の筋力低下や感覚障害を認めた。尺八演奏時には楽器を重く感じ、一曲演奏後には上肢の疲労感を訴えていた。また、感覚障害や頚部可動域制限により、安定した音程や音色を出すことが困難であった。目標は、演奏能力の向上を図り、自宅で尺八を演奏できることとした。そのため、尺八演奏に必要な身体機能の改善を目的に、運動療法および巧緻動作訓練を実施した。
【目標の再設定】
身体機能は徐々に改善したものの、自宅での尺八演奏には至らなかった。一方で、通所リハへ自発的に尺八を持参し演奏する様子がみられており、身体機能以外の要因が影響していると考えられた。
そこで、尺八演奏に対する思いや価値を把握するため、カナダ作業遂行測定(COPM)を実施した。尺八演奏の重要度は10/10、遂行度は4/10、満足度は1/10であった。面接では、「多くの人の前で演奏し、脚光を浴びてきた」「プロの演奏家だったため聞いてくれる人がいたら嬉しい」「聞く人がいなければ満足できない」と語られ、対象者は単に尺八を演奏することではなく、他者に聴いてもらい喜んでもらうことに価値を見出していることが明らかとなった。
これを踏まえ目標を再検討したところ、「病前のようにはいかないと分かっているが、尺八の音を聞いて喜んでもらえたら嬉しい」「日本の伝統芸能について知ってほしい」「施設などでボランティアがしたい」との希望が聞かれた。そのため、ボランティア活動への参加を最終目標とし、第一段階として通所リハ利用者を対象とした演奏会を企画した。
【演奏会の準備と結果】
演奏会に向けて、曲の選定および曲紹介について本人と検討した。また、天候や体調不良時の代替手段(歌唱)についても話し合いを行った。さらに、本番を想定した通し練習を実施し、曲間では支援者が曲紹介を担当するなど、疲労に配慮した進行方法を調整した。このような準備を進める中で、自宅での練習機会も増加していった。
演奏会実施後、対象者からは「満足いく演奏はできなかった」「演奏でのボランティアは難しいと感じた」との発言が聞かれた。また、今後については「きのこや山菜を親戚や近所の人に配って喜んでもらう。それで自分を満足させるしかないんじゃないか」とのことであった。
【気持ちの変化と現在の生活】
演奏会2か月後にCOPMを再評価したところ、重要度1/10、遂行度2/10、満足度1/10であった。「目標がないため重要な活動とは言えない」「聞いて喜んでもらえないため満足感はない」との語りが聞かれた。一方で、「尺八は人生そのものであり、これまで培ってきた技術や音色を忘れたくない」「いつかまた何かやりたいと思う時が来るかもしれない。その時にできなくなっていたら困る」との思いから、自宅で週1回程度、短時間の演奏を行うようになった。現在はきのこ採りや山菜採りを継続したいという希望があり、体力づくりに励んでいる。
【考察】
本症例では当初、「尺八を演奏できるようになりたい」という希望が聞かれていた。しかし、COPMや対話を通して尺八について振り返る中で、対象者にとって尺八は単なる演奏活動ではなく、「人に喜んでもらうこと」を実現するための作業であることが明らかとなった。この過程は、支援者が対象者の価値観を理解するだけでなく、対象者自身も尺八に込めていた意味を理解する機会になったと考えられた。
その後、演奏会を通して対象者は現在の能力と理想のギャップを再認識した。尺八で人を喜ばせることは困難だと感じ、喪失感がありつつも、尺八に込めていた意味を理解していたことで、「人に喜んでもらう」という価値に改めて目を向けることができた。その結果、長年続けてきた「きのこや山菜を人に配る」という活動にも、尺八を通して実現していた価値を見出すことができたと考えられる。
本症例では、作業に込めた意味の理解により、演奏会という経験が単なる作業の成否にとどまらず、今後の生活や作業との関わり方について考えるきっかけとなった。対象者は尺八による社会参加の難しさを認識しながらも、自宅での演奏を継続しており、現在も尺八との関わり方を模索していると考えられる。
【まとめ】
本症例では、作業に込められた意味や価値を対象者とともに振り返る過程が、対象者自身による価値の再認識につながった。その結果、「人に喜んでもらう」という価値は尺八以外の作業にも見出され、今後の生活や作業との関わり方を再考する契機となった。通所リハでは、その人らしい活動や社会参加を支援する中で、大切にしてきた作業や役割を従来の形で行えないこともある。そのため、日常的に作業に込められた意味や価値を捉え共有しておくことは、作業や役割の変化・喪失に直面した際の生活再構築を支える一助になると考えられた。
