講演情報

[22-O-L007-05]老人車使用機会の増加を認めた症例

*森田 真尋、田中 崇之、福田 円 (島根県 介護老人保健施設昌寿苑)
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I.はじめに
認知症高齢者において、歩行補助具の使用定着に難渋する場面は少なくない。その中でも老人車は転倒予防や移動時の安全性向上に有用である。一方、認知機能の低下に伴う理解力や記憶力の低下、病識の乏しさがある場合、継続した使用が困難となることをしばしば経験する。「危ないから使いましょう」といった声かけや説明のみでは使用定着に至らず、効果的な支援方法に苦慮することが多い。そこで今回、老人車を使用したことのないアルツハイマー型認知症の症例に対し、認知機能や生活歴(内職で紙製品の組み立てをされていたこと)に着目した介入を実施したことで、老人車使用頻度の増加を認めたため報告する。
II.症例紹介
症例はA氏、80歳代女性。要介護1。主病名はアルツハイマー型認知症であり、キーパーソンは長男。生活歴は50歳代まで内職で紙製品の組み立てをされており、手作業を伴う仕事に従事していた。夫は20年前に他界し、自宅では長男夫婦との3人暮らしであった。数年前より物忘れが出現し、認知機能および歩行能力の低下により在宅介護が困難となり、介護老人保健施設昌寿苑へ入所となった。HDS-Rは5点で減点項目は即時記憶以外の全項目であった。歩行は老人車使用時に安定性が向上し、ふらつきは軽減する傾向を認めた。リハビリ評価を通して視線が逸れたり辻褄の合わない発言といった注意散漫さや理解不良な場面が見られた。老人車についても使用方法は理解できていたが、自分のものという認識はできていなかった。
III.経過
入所当初より老人車使用を促したが、「これは使わんわ、嫌だもん」と拒否的な発言がみられ、自ら老人車を使用することはなかった。日常生活での老人車使用を目的に、プログラムとして絵カードを使用した物品呼称と使用方法の確認や花、動物の名前を答えるカード課題、折り紙などの認知機能訓練、老人車を使用した歩行訓練(30~40mを2セット)を実施した。老人車使用機会増加に向けた介入として、(1)老人車に対する印象の変化を目的に本人の好みの色や柄への変更、(2)居室外で独歩から老人車歩行への移行を円滑にするため、動線上に配置、(3)手作業への親和性に着目し、本人が作成した折り紙を老人車へ装飾することで愛着形成を図った。折り紙ではセラピストの介入を要した鶴と、比較的単純な工程で本人のみで実施可能であったチューリップを作成した。本人からは「かわいいね」と完成した作品に愛着を示す発言も見られた。老人車歩行中に「真っ直ぐ歩けるね。これは良いわ」といった発言も見られた。
介入開始から約1か月経過した現在も、老人車使用の完全な定着には至っていない。さらに、動線上に配置しても避けて独歩する様子がみられた。しかし、入所時はほとんど使用していなかったが、リハビリでは3回に1回程度は使用できるようになった。さらに「まあ使ってみるか」といった発言がみられ老人車を使用する場面が増えた。
IV.考察・まとめ
老人車使用の定着に至らなかった要因として、HDS-R5点と重度の認知機能低下による必要性の理解や記憶保持の困難さに加え、新しい物品への抵抗感や操作方法への戸惑いが背景にあった可能性が考えられた。本症例の場合、即時記憶は維持できており長年手作業の仕事に従事していた生活歴から、模倣程度の難易度である折り紙を取り入れた。それにより本人が主体的に関わった作品で装飾した老人車を「自分のもの」として捉える契機になった可能性がある。また、岡庭らは認知症患者の行動定着には背景要因の分析と個別性に応じた介入が重要であると報告している。以上のことから認知症高齢者への歩行補助具支援では、拒否の背景を多面的に捉え、生活歴や興味関心に応じた個別的介入を行うことの重要性が示唆された。また実際に老人車を使用し安全に移動できるという成功体験の蓄積により「真っ直ぐ歩けるね。これは良いわ」といった前向きな発言につながったと考える。
V.今後の支援
現在、入所後1ヶ月であり老人車使用定着には至っていないがリハビリの中では使用頻度が向上した。よって、今後も日常生活での老人車使用定着に向けた支援を継続する。リハビリ場面では老人車歩行を継続し、介護職員および看護職員と「Aさんの車があると安心ですね。一緒に行きましょう」と自発的に使用することができるような声かけ方法の統一を図る。また、カンファレンスで情報共有し、多職種で一貫した支援を実施していく。
さらに認知機能の低下により本人からの訴えが少ない中で本人の興味関心を引き出し、それを活かした作業活動を継続することで、老人車への愛着形成や使用意欲の向上を図る。また、施設周囲の犬走りを活用した屋外歩行なども取り入れながら、安全な移動経験や成功体験を積み重ね、気分転換や活動範囲の拡大につなげていく。
参考文献
岡庭千恵ほか、「起立・歩行練習のコンプライアンスが著しく低下していた認知症患者に対する介入」行動リハビリテーション研究会誌 第3巻 P.67-72