講演情報

[22-O-L010-06]老健における音楽療法に関する研究 第27報脳卒中後うつ病利用者に対する個別音楽療法の有用性

*佐々木 真衣1、澁澤 茉里乃1、中島 由加里1、石森 卓矢2、美原 淑子2、美原 恵里1 (群馬県 1. 介護老人保健施設アルボース、2. 美原記念病院)
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[はじめに]
当施設は100床で構成され、平均在所日数は125.7±118.9日、在宅復帰率87.2%と「超強化型」の施設区分に該当している。人員配置として、看護師、介護福祉士(CW)に加え、リハビリテーション(リハ)スタッフや音楽療法士(MT)を配置し、積極的な生活リハを実施し、在宅復帰・在宅生活支援に取り組んでいる。利用者内訳では、約1割が65歳未満であり、そのほとんどに脳卒中の既往がある。これら65歳未満の利用者の約8割は集団活動への参加が少なく、居室において一人で過ごす傾向があり、生活リハへの主体的な参加が乏しいことが課題であった。
脳卒中後うつ病(PSD)は、意欲低下や無関心、感情表出の乏しさを特徴とする症状であり、中でも若年者では、役割喪失や将来への不安が大きく影響し、心理的負担が強くなる傾向がある。また、活動への参加が消極的となり、他利用者との交流が少なくなることが報告されている。今回、PSDを呈した若年利用者に対し個別音楽療法を実施し、その有用性について報告する。
[症例]
60歳女性。病前は高校教師として勤務し、資格取得やピアノ演奏など多趣味で活動的であった。
X年3月右被殻出血を発症し治療後、同年5月併設病院へリハ目的で転院。同年9月当施設入所した。
入所時、要介護5、左片麻痺がありbr/unnstrom Stage(br/S)V~VI、MMSE19/30点、高次脳機能障害として左半側空間無視や発動性低下を認めた。精神状態として、Vitality Index(VI)は4点、脳卒中感情障害(うつ・情動)スケール(JSS-DE)、JSS-D12.75点、JSS-E10.6点であり、老年期うつ尺度(GDS)2点であった。ADLはFIM合計点数が30点で、移動は車椅子を使用し、排泄は全介助で尿便意は曖昧で失禁することも少なくなかった。活動への参加に対しては、施設内で毎週1回行っている集団音楽療法には参加し、表情の変化はないが歌を口ずさみ、楽器を鳴らすなど良好な反応がみられた。
[音楽療法]
病前ピアノが趣味であったことや集団音楽療法の受け入れが良好であったことを鑑みて、入所から3ヵ月後より個別音楽療法を実施した。プログラムの立案に当たっては、病前の対象者(Cl)の演奏レベルや病状を考慮し、テンポや運指が比較的容易な楽曲を選定した。また、シンプルな曲であっても演奏に満足感が得られる曲をMTが数曲選定し、その中からCl自身が選曲を行うプロセスを毎セッション取り入れた。セッション中は、MTが麻痺側である左手を適宜サポートし、身体的・心理的な負担を軽減しながら演奏できるよう配慮した。実施環境は施設内の個室で、週1~2回、1回30分、計10回行った。また、毎セッション後、ClとCWが交換ノートで振り返りを行った。
[評価]
評価項目は、認知機能として、1)MMSE、高次脳機能として、2)身体描画、3)星印抹消試験、精神状態として、4)VI、5)JSS-D、6)JSS-E、ADLとして7)FIM合計点数を採用した。評価は介入前、終了後、終了1ヵ月後に実施した。さらに、8)セッション中の様子を観察した。
[結果]
それぞれの評価結果は、1)MMSEは介入前17点、終了後18点、終了1ヵ月後18点であった。2)身体描画は介入前、両側ともに手関節から指先にかけての記載がなかった。終了後は、左衣服の襟の記載がないが、身体の欠損なく記載されていた。終了1ヵ月後は身体の欠損はなく、さらに、靴紐など細部まで描かれていた。3)星印抹消試験は介入前31点、終了後48点、終了1ヵ月後47点であった。4)VIは介入前4点、終了後6点、終了1ヵ月後7点であった。5)JSS-Dは介入前12.75点、終了後0.73点、終了1ヵ月後0.73点であり、6)JSS-Eは介入前10.6点、終了後2.48点、終了1ヵ月後2.48点で、精神機能の向上が認められた。7)FIM合計点数は、介入前57点、終了後72点、終了1ヵ月後77点であり、ほぼ全ての項目が向上した。8)セッション中の観察では、4回目のセッション中、Clより「3人で演奏することもできるのですか?」との発言が聞かれた。5回目終了後のノートには「次は3人で合わせるので、楽しみです」と記載されていた。Clの好きな曲を3人で練習し、7回目に演奏発表会を行った。日常生活でも、セッションを行っていくうちに次第に明るい表情になり、挨拶以外にも他利用者に自ら進んで話しかけるようになった。
[考察]
本症例において個別音楽療法を実施した結果、高次脳機能障害および精神症状の改善、さらにはADLの向上が認められた。高次脳機能障害に関しては、キーボード演奏という課題が有効であったと考えられる。演奏には左右に広がる鍵盤を意識的に注視する必要があるため、視線や注意を自然に無視側へと誘導する効果が得られた。加えて、セッション中にMTが麻痺側である左手をサポートしたことが、Clの左方向への意識を高め、半側空間無視の改善に繋がったと推察される。精神症状については、Clの趣味であるピアノをプログラムに取り入れたことが、施設生活における楽しみや意欲の回復に直結した。特にセッション中盤で行った「演奏発表会」での達成感は、Clにとって大きな成功体験となり、精神面の安定や自信の回復に大きく寄与したと考えられる。これらの改善は日常生活にも波及した。精神的な意欲の向上と高次脳機能の回復が合わさることで、排泄管理におけるスタッフへの依頼や、移動手段の自立など、主体的な生活動作の拡大に繋がったと思われる。
[結語]
PSDを呈した若年利用者に病前の生活背景、発症後の心理状態、神経症状を鑑みて個別音楽療法を実施した。個別音楽療法はClの潜在的な演奏能力を引き出し、さらに高次脳機能障害の改善や心理的な充足感をもたらした。さらに、その効果はセッション場面にとどまらず、日常生活における表情の改善や他者交流の促進、ADLの向上といった顕著な変化を導き出すことに繋がった。利用者の状態をアセスメントし適切なプログラムを作成し個別音楽療法を実施することは、PSDを呈する利用者の生活の質再構築に有用と思われる。