講演情報

[22-P-L003-04]認知症高齢者のノンバックブレーキ車いす使用の検討

*廣瀬 汐音 (大阪府 吹田徳洲苑)
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【はじめに】
超高齢社会の進展に伴い、医療機関や介護老人保健施設等の要介護現場において、認知症を呈する高齢者の割合が著しく増加している。認知症高齢者は身体機能および認知機能低下を背景に転倒・転落件数が増加傾向にある。その結果、骨折や頭部打撲へ至る事例も少なくない。そのため、当施設においても車いす利用者が増加しているが、ベッドやトイレ、あるいは一般椅子から車いすへの移乗動作時におけるブレーキのかけ忘れが原因で転倒する利用者も増加している。当施設では、多職種による頻回な口頭指示、見守りの強化を実施しているが、立ち上がりや独歩頻回、車椅子のブレーキかけ忘れがあることが認められる利用者へノンバックブレーキ(以下、NBP)付き車いすを使用し、転倒防止へ努めている。「ノンバックブレーキ」とは、車いすが動いている状態でも車いすの後方移動を抑える安全補助装置である。しかし、NBP 付き車いすの数には限度があるため、NBPの使用にあたっては多職種カンファレンスを行い、より転倒リスクの高い利用者へ使用することになっている。 今回、NBPの適応基準を定める目的で、車椅子のブレーキをかけ忘れる行為には、認知機能の中でどのような視点が重要かを検討し、NBPの使用基準を明確化することを目的とした。
【対象および方法】
対象は、当施設において車いす操作が自立している認知症の利用者5 名(以下、自立群)と、NBP 付き車いすを利用する5 名(以下、NBP 群)の計10 名(男性2 名、女性8 名)である。本報告では、車椅子のブレーキのかけ忘れに着目するため、認知機能および注意機能、情報処理速度の評価を実施した。評価項目には、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(以下、HDS-R)およびTrail Making Test Part A(以下、TMT-A)を採用した。具体的な評価手法と着目した指標は以下の通りである。①認知機能の評価(HDS-R):全般的な認知機能スクリーニングを行うとともに、車いすのブレーキ操作手順の記憶・保持に深く関与する「近時記憶」および「短期記憶」の項目(3つの言葉の再生など)に着目し、その点数差を分析した。②注意機能・処理速度の評価(TMT-A):数字を1から順に結ぶ際の所要秒数を測定した。これにより、周囲の状況からブレーキへ意識を向けるために必要な「注意機能の持続性と選択性」、および視覚情報を捉えて身体動作へ移す「非言語の処理速度」を評価した。なお、より複雑な実行機能や注意の切り替えを評価する「TMT-B」については使用しなかった。その理由は、日本版TMT(TMT-J)の実施基準に記載されている「TMT-Aを300秒以内に完遂できなかった場合、TMT-Bは実施しない」という規定に基づいたためである。本報告の対象者には、TMT-Aの段階で300秒を超過する、あるいは完遂が困難な事例が多数であったため、対象者間の評価条件の一貫性を考慮し、意図的にTMT-Aのみの評価に留めた。
【結果】
1)NBP使用前後の転倒歴:
当初は自立群には転倒がなかったが、NBP群では8回の転倒があった。NBPへ変更後、半年後の転倒回数も自立群にはなく、NBP群では2回へ減少した。この2回は同一人物が転倒している。その結果、NBP は転倒リスク軽減へ貢献していると考えた。
2)認知機能評価:
(1)HDSR についての全体平均は自立群が17.0±2.5 点、NBP 群が9.0±6 点であった(参考:認知機能低下のカットオフ値は22点)。自立群と比較、HDSRの項目についてみると「遅延再生」および「物品記名」が低下していた。HDSRの遅延再生は3項目あり、1問2点となり、満点は6点となる。詳細をみると、遅延再生の平均値は自立群が3.0/6 点、NBP 群が0.8/6 点となった。物品項目は5項目あり、1問正解すると1点で満点は5点となる。物品記銘の平均値は自立群が3.6/5 点、NBP 群が1.2/5 点でNBP 群が低値であった。その他の項目では、「日時の見当識」が大きく差が開いていた。日時の見当識は4項目あり、1問1点、満点は4点である。自立群では平均2.4/4点、NBP群では0.2/4点となった。
(2)TMT-Aについて注意機能と言語・非言語の処理速度を評価するTMT-A の平均所要時間は、自立群は207 秒であったが、NBP 群においては、全員が基準である300 秒以上で打ち切りとなっており、全員が説明理解困難、エラー指摘で混乱がみられた。なお、自立群の207 秒という結果は、健常な80 歳以上の高齢者平均値(90秒以上)と比較して大幅に時間を要しており、注意機能と言語機能の処理は低下が認められた。
【考察】
本研究の結果から、車いすの自立した操作の可能性・安全性を検討するには、HDSR における遅延再生や物品記銘から示される「近時・短期記憶保持」および「視覚的記銘力」、そしてTMT-A から示される「注意機能の持続性・選択性」の評価が有効であると考えられた。HDSR、TMT-Aの評価が両群ともに健常高齢者と比較し低値を認められたことは、自立群の高齢者も認知症高齢者であるため低下が認められたと考える。だが、車椅子のブレーキ操作自体は自立しており、ブレーキのかけ忘れは見られなかった。認知症高齢者の車椅子利用の際、転倒防止目的でNBP付き車椅子の選択には手軽なHDSR、TMTが有用と思われる。HDSRの遅延再生および物品記銘が困難な利用者やTMTの所要時間が大幅に延長している利用者には、NBP付き車椅子を利用することが望ましく、転倒回数を減少することが示唆された。 NBP付き車椅子の選択については更に多くの症例を評価し基準値の設定に努めていきたい。
【結語】
当施設には認知症高齢者の認知機能低下による車椅子のブレーキかけ忘れが多く、見守りを要する利用者が多数存在する。そして転倒防止のためにはNBP付き車椅子が有用で、その選択には、HDSRやTMTによる評価が有用であった。