講演情報
[22-O-D004-04]「私、おうちに帰るの」~帰せないから帰してあげたいへ~
*菊池 花音 (東京都 台東区立老人保健施設千束)
【はじめに】
利用者が繰り返し訴える「帰りたい」という思いの背景には、住み慣れた場所で暮らし続けたいという本人の願いがある。一方で、介護に疲弊した家族は在宅生活の継続を困難と感じ、本人の「帰りたい」という思いと家族の「帰せない」という思いが一致しないことも少なくない。本事例では、本人の思いを尊重しながら家族にも寄り添い、多職種でACP(アドバンス・ケア・プランニング)を継続した結果、自宅退所および在宅看取りにつながった経過を報告する。
【事例紹介】
K氏は夫の死後、認知症が進行し、自営業の店舗に不衛生な身なりで出る、厨房で次男につきまとう、孫に手を上げるなどの行動がみられるようになった。アルコール依存症、糖尿病などの既往があり訪問診療を受けていたが、家族は営業への支障に加え、介護による精神的・身体的負担が限界となり、「もう自宅では介護できない」と判断し、当施設へ入所となった。 入所当初、K氏は「私、おうちに帰るの」と繰り返し訴え、自宅へ帰りたい思いを強く表出していた。一方、家族は介護疲れから本人と距離を置きたい思いが強く、面会にも消極的であった。本人は「帰りたい」、家族は「帰せない」という相反する思いを抱えた状態で支援を開始した。
【支援の実際】
入所当初は、「帰りたい」という訴えを単なる認知症の周辺症状として捉えるのではなく、「なぜ帰りたいと訴えるのか」という視点でアセスメントを行った。職員は「家族はどのような思いでいるのか」「本人が安心して生活できる環境とは何か」を多職種で検討し、訴えを否定せず傾聴した。 自尊心に配慮したケアや役割活動、環境調整を行う一方で、家族に対しては介護疲れによる葛藤や罪悪感を受け止めながら定期的な面談を継続した。本人の生活状況や表情の変化を丁寧に伝え、家族の思いを傾聴するとともに、多職種カンファレンスを定期開催し、本人・家族双方の思いや病状、今後の支援方針を共有した。 その結果、施設生活に慣れるにつれてK氏は他利用者や職員との交流が増え、「帰りたい」という訴えや不安は徐々に軽減した。面会に消極的であった家族も少しずつ施設へ足を運ぶようになった。
入所3か月後、食事摂取量や活動性の低下、貧血など全身状態の悪化がみられ、家族にも心境の変化が生じ始めた。CT検査で直腸癌の子宮浸潤に加え、腹膜播種および肺転移が疑われたため、「これからどのように過ごしたいか」「どこで最期を迎えたいか」をテーマにACPを開始した。 医師からは、家族へステージ4の出血性の直腸癌であると告知がなされた。今後貧血が悪化した際の輸血については、以前から本人が「何があってもやらないでほしい」と話していたため実施しない方針となった。その後、便秘悪化に伴い腸閉塞予防目的でストマ造設を検討したが、ストマ装着シミュレーションを実施した結果、本人から「どうしてもしなくちゃいけないの?私はやりたくない」と意思表示があった。また家族からも、過去に父親が直腸癌でストマ手術を受け予後が悪かった経験から良い印象がないことが語られた。家族間で話し合った結果、本人の意思を尊重し、ストマ造設は行わない方針となった。 この間、職員は「認知症があっても本人の意思をどう支えるか」「本人らしい選択とは何か」を問い続け、本人・家族それぞれの思いに寄り添った。疼痛コントロールや薬剤調整によって苦痛の緩和に努めた結果、本人らしい表情や活動性が戻り、家族からも「母のことを一緒に考えられる時間がありがたい」との言葉が聞かれた。
終末期を迎える頃には、多職種で退所支援を開始した。職員は「本人の願いをかなえられるだろうか」「安全に自宅へ帰るには何が必要か」を繰り返し話し合い、本人の思いを尊重しながら家族の意思確認を行った。当初は外出にも迷いを示していた家族であったが、「家に連れて帰ることが母の願いだと思う」と、自宅退所を決意した。 退所前カンファレンスや介護指導を実施し、訪問診療・訪問看護・ケアマネジャーと連携して在宅療養の準備を進めるとともに、疼痛や呼吸苦など苦痛症状の緩和を図った。
【結果】
本人・家族・多職種がACPを通して繰り返し対話を重ねた結果、自宅退所が実現した。退所後は地域の在宅医療・介護サービスを利用しながら療養を継続し、K氏は住み慣れた自宅で穏やかに過ごした。約3か月後、家族に見守られながら最期を迎え、孫も帰省し、家族全員で看取ることができた。担当ケアマネジャーからは、「施設での生活があったからこそ在宅介護を再開でき、悔いなく看取ることができた」との評価が得られた。
【考察】
認知症のある人の「帰りたい」という訴えは、単なる問題行動ではなく、「自宅で過ごしたい」「家族とともにいたい」という本人の意思の表出である。本事例では、その思いを否定せず受け止め、信頼関係を築きながら支援を継続したことが、本人が安心して過ごせる生活につながったと考える。 また、介護に疲弊した家族に継続して寄り添い、定期的な面談やACPを重ねたことが、家族の意思決定を支える要因となった。「帰せない」と考えていた家族が「帰してあげたい」へ変化した背景には、本人の思いを共有し、多職種が同じ方向性で支援を継続したことがあったと考えられる。
ACPは終末期だけでなく、本人が意思を表出できる段階から継続的に実践することが重要である。本事例を通して、利用者の訴えの背景を理解しようと努め、本人・家族双方に寄り添いながらACPを継続することが、本人らしい最期の実現につながることを再認識した。
利用者が繰り返し訴える「帰りたい」という思いの背景には、住み慣れた場所で暮らし続けたいという本人の願いがある。一方で、介護に疲弊した家族は在宅生活の継続を困難と感じ、本人の「帰りたい」という思いと家族の「帰せない」という思いが一致しないことも少なくない。本事例では、本人の思いを尊重しながら家族にも寄り添い、多職種でACP(アドバンス・ケア・プランニング)を継続した結果、自宅退所および在宅看取りにつながった経過を報告する。
【事例紹介】
K氏は夫の死後、認知症が進行し、自営業の店舗に不衛生な身なりで出る、厨房で次男につきまとう、孫に手を上げるなどの行動がみられるようになった。アルコール依存症、糖尿病などの既往があり訪問診療を受けていたが、家族は営業への支障に加え、介護による精神的・身体的負担が限界となり、「もう自宅では介護できない」と判断し、当施設へ入所となった。 入所当初、K氏は「私、おうちに帰るの」と繰り返し訴え、自宅へ帰りたい思いを強く表出していた。一方、家族は介護疲れから本人と距離を置きたい思いが強く、面会にも消極的であった。本人は「帰りたい」、家族は「帰せない」という相反する思いを抱えた状態で支援を開始した。
【支援の実際】
入所当初は、「帰りたい」という訴えを単なる認知症の周辺症状として捉えるのではなく、「なぜ帰りたいと訴えるのか」という視点でアセスメントを行った。職員は「家族はどのような思いでいるのか」「本人が安心して生活できる環境とは何か」を多職種で検討し、訴えを否定せず傾聴した。 自尊心に配慮したケアや役割活動、環境調整を行う一方で、家族に対しては介護疲れによる葛藤や罪悪感を受け止めながら定期的な面談を継続した。本人の生活状況や表情の変化を丁寧に伝え、家族の思いを傾聴するとともに、多職種カンファレンスを定期開催し、本人・家族双方の思いや病状、今後の支援方針を共有した。 その結果、施設生活に慣れるにつれてK氏は他利用者や職員との交流が増え、「帰りたい」という訴えや不安は徐々に軽減した。面会に消極的であった家族も少しずつ施設へ足を運ぶようになった。
入所3か月後、食事摂取量や活動性の低下、貧血など全身状態の悪化がみられ、家族にも心境の変化が生じ始めた。CT検査で直腸癌の子宮浸潤に加え、腹膜播種および肺転移が疑われたため、「これからどのように過ごしたいか」「どこで最期を迎えたいか」をテーマにACPを開始した。 医師からは、家族へステージ4の出血性の直腸癌であると告知がなされた。今後貧血が悪化した際の輸血については、以前から本人が「何があってもやらないでほしい」と話していたため実施しない方針となった。その後、便秘悪化に伴い腸閉塞予防目的でストマ造設を検討したが、ストマ装着シミュレーションを実施した結果、本人から「どうしてもしなくちゃいけないの?私はやりたくない」と意思表示があった。また家族からも、過去に父親が直腸癌でストマ手術を受け予後が悪かった経験から良い印象がないことが語られた。家族間で話し合った結果、本人の意思を尊重し、ストマ造設は行わない方針となった。 この間、職員は「認知症があっても本人の意思をどう支えるか」「本人らしい選択とは何か」を問い続け、本人・家族それぞれの思いに寄り添った。疼痛コントロールや薬剤調整によって苦痛の緩和に努めた結果、本人らしい表情や活動性が戻り、家族からも「母のことを一緒に考えられる時間がありがたい」との言葉が聞かれた。
終末期を迎える頃には、多職種で退所支援を開始した。職員は「本人の願いをかなえられるだろうか」「安全に自宅へ帰るには何が必要か」を繰り返し話し合い、本人の思いを尊重しながら家族の意思確認を行った。当初は外出にも迷いを示していた家族であったが、「家に連れて帰ることが母の願いだと思う」と、自宅退所を決意した。 退所前カンファレンスや介護指導を実施し、訪問診療・訪問看護・ケアマネジャーと連携して在宅療養の準備を進めるとともに、疼痛や呼吸苦など苦痛症状の緩和を図った。
【結果】
本人・家族・多職種がACPを通して繰り返し対話を重ねた結果、自宅退所が実現した。退所後は地域の在宅医療・介護サービスを利用しながら療養を継続し、K氏は住み慣れた自宅で穏やかに過ごした。約3か月後、家族に見守られながら最期を迎え、孫も帰省し、家族全員で看取ることができた。担当ケアマネジャーからは、「施設での生活があったからこそ在宅介護を再開でき、悔いなく看取ることができた」との評価が得られた。
【考察】
認知症のある人の「帰りたい」という訴えは、単なる問題行動ではなく、「自宅で過ごしたい」「家族とともにいたい」という本人の意思の表出である。本事例では、その思いを否定せず受け止め、信頼関係を築きながら支援を継続したことが、本人が安心して過ごせる生活につながったと考える。 また、介護に疲弊した家族に継続して寄り添い、定期的な面談やACPを重ねたことが、家族の意思決定を支える要因となった。「帰せない」と考えていた家族が「帰してあげたい」へ変化した背景には、本人の思いを共有し、多職種が同じ方向性で支援を継続したことがあったと考えられる。
ACPは終末期だけでなく、本人が意思を表出できる段階から継続的に実践することが重要である。本事例を通して、利用者の訴えの背景を理解しようと努め、本人・家族双方に寄り添いながらACPを継続することが、本人らしい最期の実現につながることを再認識した。
