講演情報
[22-O-L008-02]「トイレにいきたい」から始まったADL再獲得
*勝野 莉帆 (千葉県 医療法人弘人会 介護老人保健施設 ロータスケアセンター)
<はじめに>
トイレ動作は日常生活動作(ADL)の根幹をなす生活行為であり、在宅生活の継続可否や介護者負担に大きく影響する。介護老人保健施設(以下、老健)では在宅復帰支援が重要な役割であるが、排泄面でのオムツ対応継続が復帰を阻む要因となることは少なくない。当施設は超強化型老健として、ターミナルから在宅復帰まで幅広く対応しており、拒否や介助量のみで支援の方向性を限定せず、生活背景や残存能力に着目した支援を重視している。自身はこれまで回復期病院でのリハビリテーション経験を積み、当施設へ赴任して数ヶ月経ち、生活リハビリの重要性を改めて実感している。今回、入所当初はオムツ対応、車いす全介助、さらに個別リハビリへの受け入れも困難であった症例に対し、生活特性に応じた介入により、ADL再獲得に向けた契機を得たため報告する。
<症例>
A氏、90歳代女性、要介護5、障害高齢者の日常生活自立度B2、認知症高齢者の日常生活自立度Ⅲa。右多発肋骨骨折、右外傷性気胸、右寛骨臼骨折に対し保存加療後、在宅介護困難のため入所となった。既往に右大腿骨頚部骨折、アルツハイマー型認知症、高血圧症、膠原病、うつ病等を有した。家族は「トイレまで介助歩行ができ、立ち座りが可能になれば在宅復帰を希望する」と話していた。病前は長女と2人暮らしで、ショートステイ等を利用しながら生活していた。自宅内は伝い歩きで、ベッドやソファで過ごす時間が多かった。朝は不調が強く服薬が効くまで動けないことがあった。
<評価>
入所時、基本動作は声掛けで可能な場面もあったが、疼痛の訴えが強く、難聴により指示理解も困難であった。そのため、全てのADLに介助を要し、移動はリクライニング型車いす全介助であった。詳細な標準化評価は困難であったが、ADLの阻害因子となる関節可動域制限は認めず、筋力は観察上MMT2~3程度と推定した。ADLは食事がセッティング後自立、排泄はオムツ対応・全介助であった。個別リハビリへの受け入れは不安定で、まずは関係性構築が必要と考えた。
<経過>
入所当初は離床や個別リハビリに対する抵抗が強く、ベッドサイドでの関節可動域訓練にとどまる日が多かった。日によっては手で払いのけるなど拒否的反応もみられ、積極的介入は困難であった。そこで、拒否的反応を単なる不参加・意欲低下ではなく、疼痛、不安や生活リズムとの不一致などと捉え、日中の状態変化を観察した。その結果、午前中に受け入れ拒否が強い傾向が確認され、病前からの「朝が苦手」という生活特性も踏まえ、介入時間を夕方へ変更した。加えて、安心できる対人環境を整えることで、身体機能の発揮に繋がるのではないかと考え、リハビリを行うスタッフを固定した。すると徐々に表情の緩みや挨拶への反応がみられるようになった。入所10日後、リハビリ中に本人から「トイレ」と繰り返し訴えがあり、介護職・理学療法士と連携して2人介助でトイレ動作を評価した。起立・立位は手すり把持で接触介助にて可能であったが、下衣操作は全介助、便座上座位は後方傾倒を認め、保持困難であった。評価後の疲労も強く、この時点で日常場面でのトイレ誘導定着は時期尚早と判断した。身体機能と活動性の向上を優先し適宜再評価する方針とした。入所2週間後には介護職より移乗時の自発的ステップ出現が報告された。リハビリ内では平行棒内での起立訓練を実施したところ自発的歩行がみられ、歩行訓練開始に至った。
<考察>
本症例でADL再獲得に向けた介入へ繋げることができた要因は二つあると考える。第一に、拒否的態度を「やらない」という結果のみで判断せず、生活特性や環境との関係から捉え直した点である。入所直後の不安や疼痛に加え、病前からの生活リズムとして朝の不調が存在しており、午前中の受け入れ困難は本人の状態を示す重要な情報であった。第二に、本人の力が発揮されやすい条件を整えた点である。関係性を構築し、介入時間を変更したことで心理的・身体的負荷が軽減し、自発性が引き出されたと考える。また、「トイレ」という訴えを排泄に対する意思表出として捉え、多職種で即時共有し評価に繋げたことも重要であった。本人のニーズを尊重し、その瞬間を評価機会としたことが、その後の支援方針の転換に繋がった。初回評価では日常導入に至らなかったが、それは可能性の否定ではなく、導入時期を見極めるための評価であった。このことから、重度介助であっても適切な観察と再評価により支援の方向性は更新され得ると示唆された。老健では生活場面を通して日内変動や環境要因を継続的に把握でき、「生活の中で発揮される能力」を評価できる。拒否や介助量のみで可能性を狭めず、多職種で変化を捉え続ける視点が重要であると考える。
<まとめ>
本症例を通じて、重度介助かつ介入受け入れが困難な利用者であっても、結果のみで判断せず、本人の能力が発揮される条件を整えることで、ADL再獲得の契機となる可能性があると実感した。集中的に関わる回復期病院では、個別アプローチがメリットである一方、多職種で情報を共有する機会は限定されやすい。これに対し、生活の場である老健では、24時間の生活場面を通じて多職種が様々な視点から日常的にアセスメントを行える強みを持つ。回復期で経験した「動作を細分化し残存能力を引き出す視点」と、老健における24時間の生活観察・多職種協働を組み合わせることで、利用者の潜在能力を生活場面で引き出すことができる。本症例は、生活特性に着目した支援がADL再獲得の契機となり得ることを示した一例であり、老健における生活リハビリの重要性を再認識する経験となった。今後も生活場面で発揮される能力を丁寧に評価し、多職種と連携しながら、利用者の可能性を最大限に引き出すことで、在宅生活の実現と継続を支えるリハビリを実践していきたい。
トイレ動作は日常生活動作(ADL)の根幹をなす生活行為であり、在宅生活の継続可否や介護者負担に大きく影響する。介護老人保健施設(以下、老健)では在宅復帰支援が重要な役割であるが、排泄面でのオムツ対応継続が復帰を阻む要因となることは少なくない。当施設は超強化型老健として、ターミナルから在宅復帰まで幅広く対応しており、拒否や介助量のみで支援の方向性を限定せず、生活背景や残存能力に着目した支援を重視している。自身はこれまで回復期病院でのリハビリテーション経験を積み、当施設へ赴任して数ヶ月経ち、生活リハビリの重要性を改めて実感している。今回、入所当初はオムツ対応、車いす全介助、さらに個別リハビリへの受け入れも困難であった症例に対し、生活特性に応じた介入により、ADL再獲得に向けた契機を得たため報告する。
<症例>
A氏、90歳代女性、要介護5、障害高齢者の日常生活自立度B2、認知症高齢者の日常生活自立度Ⅲa。右多発肋骨骨折、右外傷性気胸、右寛骨臼骨折に対し保存加療後、在宅介護困難のため入所となった。既往に右大腿骨頚部骨折、アルツハイマー型認知症、高血圧症、膠原病、うつ病等を有した。家族は「トイレまで介助歩行ができ、立ち座りが可能になれば在宅復帰を希望する」と話していた。病前は長女と2人暮らしで、ショートステイ等を利用しながら生活していた。自宅内は伝い歩きで、ベッドやソファで過ごす時間が多かった。朝は不調が強く服薬が効くまで動けないことがあった。
<評価>
入所時、基本動作は声掛けで可能な場面もあったが、疼痛の訴えが強く、難聴により指示理解も困難であった。そのため、全てのADLに介助を要し、移動はリクライニング型車いす全介助であった。詳細な標準化評価は困難であったが、ADLの阻害因子となる関節可動域制限は認めず、筋力は観察上MMT2~3程度と推定した。ADLは食事がセッティング後自立、排泄はオムツ対応・全介助であった。個別リハビリへの受け入れは不安定で、まずは関係性構築が必要と考えた。
<経過>
入所当初は離床や個別リハビリに対する抵抗が強く、ベッドサイドでの関節可動域訓練にとどまる日が多かった。日によっては手で払いのけるなど拒否的反応もみられ、積極的介入は困難であった。そこで、拒否的反応を単なる不参加・意欲低下ではなく、疼痛、不安や生活リズムとの不一致などと捉え、日中の状態変化を観察した。その結果、午前中に受け入れ拒否が強い傾向が確認され、病前からの「朝が苦手」という生活特性も踏まえ、介入時間を夕方へ変更した。加えて、安心できる対人環境を整えることで、身体機能の発揮に繋がるのではないかと考え、リハビリを行うスタッフを固定した。すると徐々に表情の緩みや挨拶への反応がみられるようになった。入所10日後、リハビリ中に本人から「トイレ」と繰り返し訴えがあり、介護職・理学療法士と連携して2人介助でトイレ動作を評価した。起立・立位は手すり把持で接触介助にて可能であったが、下衣操作は全介助、便座上座位は後方傾倒を認め、保持困難であった。評価後の疲労も強く、この時点で日常場面でのトイレ誘導定着は時期尚早と判断した。身体機能と活動性の向上を優先し適宜再評価する方針とした。入所2週間後には介護職より移乗時の自発的ステップ出現が報告された。リハビリ内では平行棒内での起立訓練を実施したところ自発的歩行がみられ、歩行訓練開始に至った。
<考察>
本症例でADL再獲得に向けた介入へ繋げることができた要因は二つあると考える。第一に、拒否的態度を「やらない」という結果のみで判断せず、生活特性や環境との関係から捉え直した点である。入所直後の不安や疼痛に加え、病前からの生活リズムとして朝の不調が存在しており、午前中の受け入れ困難は本人の状態を示す重要な情報であった。第二に、本人の力が発揮されやすい条件を整えた点である。関係性を構築し、介入時間を変更したことで心理的・身体的負荷が軽減し、自発性が引き出されたと考える。また、「トイレ」という訴えを排泄に対する意思表出として捉え、多職種で即時共有し評価に繋げたことも重要であった。本人のニーズを尊重し、その瞬間を評価機会としたことが、その後の支援方針の転換に繋がった。初回評価では日常導入に至らなかったが、それは可能性の否定ではなく、導入時期を見極めるための評価であった。このことから、重度介助であっても適切な観察と再評価により支援の方向性は更新され得ると示唆された。老健では生活場面を通して日内変動や環境要因を継続的に把握でき、「生活の中で発揮される能力」を評価できる。拒否や介助量のみで可能性を狭めず、多職種で変化を捉え続ける視点が重要であると考える。
<まとめ>
本症例を通じて、重度介助かつ介入受け入れが困難な利用者であっても、結果のみで判断せず、本人の能力が発揮される条件を整えることで、ADL再獲得の契機となる可能性があると実感した。集中的に関わる回復期病院では、個別アプローチがメリットである一方、多職種で情報を共有する機会は限定されやすい。これに対し、生活の場である老健では、24時間の生活場面を通じて多職種が様々な視点から日常的にアセスメントを行える強みを持つ。回復期で経験した「動作を細分化し残存能力を引き出す視点」と、老健における24時間の生活観察・多職種協働を組み合わせることで、利用者の潜在能力を生活場面で引き出すことができる。本症例は、生活特性に着目した支援がADL再獲得の契機となり得ることを示した一例であり、老健における生活リハビリの重要性を再認識する経験となった。今後も生活場面で発揮される能力を丁寧に評価し、多職種と連携しながら、利用者の可能性を最大限に引き出すことで、在宅生活の実現と継続を支えるリハビリを実践していきたい。
