講演情報
[22-O-L004-01]住み慣れた環境が示した老健の価値~多角的環境評価と法人一括ケアによる在宅復帰支援~
*秋葉 彩奈 (千葉県 ロータスケアセンター)
【はじめに】
当施設は超強化型介護老人保健施設(以下、老健)として、理学療法士(以下、PT)が入所中のリハビリテーション(以下、リハ)から退所後の訪問リハビリテーション(以下、訪問リハ)まで、一貫して関与できる体制を整えている。超強化型老健には、単なる機能回復にとどまらず、退所後の在宅生活継続を見据えた包括的な環境デザインが求められる。特に認知症高齢者においては、環境変化がBPSD(認知症に伴う行動・心理症状)の増悪を招き、在宅移行を阻む要因となりやすい。今回、施設内では大声や拒否によりリハ介入が困難だったが、チームによる環境要因の多角的評価から「早期の在宅復帰こそ最善」と判断し、法人全体の包括的支援体制により在宅移行後にADL向上と褥瘡治癒を達成した事例を経験した。本症例を通じ、老健が果たす生活環境デザインの意義について考察する。
【症例】
80歳代女性。診断名は仙骨部褥瘡、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病。令和7年11月に褥瘡悪化にともなう手術後、継続したリハと在宅復帰支援を目的に同年12月22日に当施設へ入所となった。入所前は夫と二人暮らしであり、近隣の長女が週2回程度訪問していた。入所時ADLは全介助レベル、認知機能低下も著明で意思疎通は限定的であった。
【経過と多職種による評価】
入所早期、施設内では介助や訓練時に大声や拒否的な反応が頻回にみられ、個別対応や介入時間の調整などを試みたものの改善は限定的であった。当初は典型的なBPSDと捉えられかけたが、夫の面会時の詳細な観察から評価が一変した。夫の前では拒否的反応はなく穏やかな表情で自然なやり取りがみられた。家族を明確に認識し、生活の場の見当識も概ね保たれていた。
この対照的な様子から、チームは本人の認知機能低下そのものではなく、「住み慣れない環境」「知らない職員」、そして「自らの思いや不安を十分に表出できないもどかしさ」という環境要因とコミュニケーションの困難さが、大声や拒否のシグナルだと評価した。「認知症によるBPSD」と片付けず、人や環境の認識力が保たれているからこそ、安心できる環境へ戻すことが最善の解決策と結論づけた。在宅の場こそが拒否を和らげ、リハの受け入れを良好にし、ADL向上と褥瘡治癒に向けた離床生活を可能にするという根拠のもと、在宅復帰へ舵を切った。
【家族支援と意思決定支援】
在宅復帰を進める上で、家族間の温度差と不安の解消が最大の課題であった。夫は「自宅へ連れて帰りたい」という強い熱意を抱いていたが、長女は重度な褥瘡管理や日々の介護負担への懸念から、在宅復帰に極めて慎重であった。
そこで介護支援専門員を中心に、医師、看護師、PTら多職種による家族面談を重ねた。長女の不安を解消するため、当法人が有する訪問診療、訪問看護、訪問リハを組み合わせた、24時間シームレスに機能する包括的な在宅サービスプランを具体的に提示した。「在宅でのトラブル発生時や状態悪化時も法人全体ですぐにフォローできる体制がある」ことを強調し、強い信頼感を安心材料へと昇華させた。
さらに、本人が「人」を認識する能力が保たれている点に着目し、入所中から信頼関係を築いていた担当PTが、退所後も継続して訪問リハを担当することを説明した。「在宅へ帰して終わり」ではなく「帰ってからも同じ法人の馴染みのスタッフが支え続ける」という確証を提示したことで、夫の熱意を活かしつつ長女の不安を完全に払拭し、家族全員が納得した上での在宅復帰の意思決定へと至った。
【結果】
退所後、予定通り同一PTによる訪問リハと、訪問診療・訪問看護が連携して開始された。住み慣れた環境への帰還と、施設から一貫した関わりを持つPTの継続介入により、本人の情動は劇的に安定し、施設でみられた大声や介護抵抗は著明に減少した。発語や明確な意思表示が増加し、リハ受容性は顕著に向上した。端座位や立位訓練が円滑に実施可能となり、活動性が大幅に向上した。日中の離床頻度が増え、適切なポジショニングと訪問看護による確実な皮膚管理が組み合わさった結果、家族が最も懸念していた仙骨部褥瘡は劇的な治癒傾向を示し、ADL向上と褥瘡治癒を両立した在宅生活基盤を構築することができた。
【考察】
本症例が極めて良好な経過をたどった要因は、「認知症だからBPSDが起きている」という一面的な判断に終始せず、保持された見当識と言語表出困難さに着目し、拒否の本質が環境因子のミスマッチにあるとチームで評価できた点にある。BPSDは本人の内因的障害だけでなく、環境との相互作用によって出現する。リハが進まない原因が施設という環境要因にあるならば、住み慣れた「最大の治療環境」へ早期復帰させることこそが、潜在能力を引き出す最善の選択であった。
家族支援では、長女の不安に対し単なるサービス紹介にとどまらず、法人の総力を挙げた「24時間のバックアップ体制」と「PTの継続介入」という具体的な安心の拠り所を提示できたことが意思決定を後押しした。PTの継続介入は、施設と在宅の切れ目をなくし、利用者の安心感を担保して潜在能力を生活場面へ浸透させるための強固な楔として機能した。
【まとめ】
超強化型老健の役割は、施設内の限定された空間で機能訓練を完結させることではない。本人の生活背景や環境因子を多職種で多角的に評価し、生活の場そのものをリハ環境として再構築することである。本症例は、老健が病院と在宅をつなぐ単なる中間施設ではなく、「その人らしい生活を取り戻すための包括的な地域環境をデザインする施設」であることを証明した。今後も法人内・地域内の多職種連携を深め、一貫したリハ介入を通じて地域包括ケアシステムの発展に貢献していきたい。
当施設は超強化型介護老人保健施設(以下、老健)として、理学療法士(以下、PT)が入所中のリハビリテーション(以下、リハ)から退所後の訪問リハビリテーション(以下、訪問リハ)まで、一貫して関与できる体制を整えている。超強化型老健には、単なる機能回復にとどまらず、退所後の在宅生活継続を見据えた包括的な環境デザインが求められる。特に認知症高齢者においては、環境変化がBPSD(認知症に伴う行動・心理症状)の増悪を招き、在宅移行を阻む要因となりやすい。今回、施設内では大声や拒否によりリハ介入が困難だったが、チームによる環境要因の多角的評価から「早期の在宅復帰こそ最善」と判断し、法人全体の包括的支援体制により在宅移行後にADL向上と褥瘡治癒を達成した事例を経験した。本症例を通じ、老健が果たす生活環境デザインの意義について考察する。
【症例】
80歳代女性。診断名は仙骨部褥瘡、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病。令和7年11月に褥瘡悪化にともなう手術後、継続したリハと在宅復帰支援を目的に同年12月22日に当施設へ入所となった。入所前は夫と二人暮らしであり、近隣の長女が週2回程度訪問していた。入所時ADLは全介助レベル、認知機能低下も著明で意思疎通は限定的であった。
【経過と多職種による評価】
入所早期、施設内では介助や訓練時に大声や拒否的な反応が頻回にみられ、個別対応や介入時間の調整などを試みたものの改善は限定的であった。当初は典型的なBPSDと捉えられかけたが、夫の面会時の詳細な観察から評価が一変した。夫の前では拒否的反応はなく穏やかな表情で自然なやり取りがみられた。家族を明確に認識し、生活の場の見当識も概ね保たれていた。
この対照的な様子から、チームは本人の認知機能低下そのものではなく、「住み慣れない環境」「知らない職員」、そして「自らの思いや不安を十分に表出できないもどかしさ」という環境要因とコミュニケーションの困難さが、大声や拒否のシグナルだと評価した。「認知症によるBPSD」と片付けず、人や環境の認識力が保たれているからこそ、安心できる環境へ戻すことが最善の解決策と結論づけた。在宅の場こそが拒否を和らげ、リハの受け入れを良好にし、ADL向上と褥瘡治癒に向けた離床生活を可能にするという根拠のもと、在宅復帰へ舵を切った。
【家族支援と意思決定支援】
在宅復帰を進める上で、家族間の温度差と不安の解消が最大の課題であった。夫は「自宅へ連れて帰りたい」という強い熱意を抱いていたが、長女は重度な褥瘡管理や日々の介護負担への懸念から、在宅復帰に極めて慎重であった。
そこで介護支援専門員を中心に、医師、看護師、PTら多職種による家族面談を重ねた。長女の不安を解消するため、当法人が有する訪問診療、訪問看護、訪問リハを組み合わせた、24時間シームレスに機能する包括的な在宅サービスプランを具体的に提示した。「在宅でのトラブル発生時や状態悪化時も法人全体ですぐにフォローできる体制がある」ことを強調し、強い信頼感を安心材料へと昇華させた。
さらに、本人が「人」を認識する能力が保たれている点に着目し、入所中から信頼関係を築いていた担当PTが、退所後も継続して訪問リハを担当することを説明した。「在宅へ帰して終わり」ではなく「帰ってからも同じ法人の馴染みのスタッフが支え続ける」という確証を提示したことで、夫の熱意を活かしつつ長女の不安を完全に払拭し、家族全員が納得した上での在宅復帰の意思決定へと至った。
【結果】
退所後、予定通り同一PTによる訪問リハと、訪問診療・訪問看護が連携して開始された。住み慣れた環境への帰還と、施設から一貫した関わりを持つPTの継続介入により、本人の情動は劇的に安定し、施設でみられた大声や介護抵抗は著明に減少した。発語や明確な意思表示が増加し、リハ受容性は顕著に向上した。端座位や立位訓練が円滑に実施可能となり、活動性が大幅に向上した。日中の離床頻度が増え、適切なポジショニングと訪問看護による確実な皮膚管理が組み合わさった結果、家族が最も懸念していた仙骨部褥瘡は劇的な治癒傾向を示し、ADL向上と褥瘡治癒を両立した在宅生活基盤を構築することができた。
【考察】
本症例が極めて良好な経過をたどった要因は、「認知症だからBPSDが起きている」という一面的な判断に終始せず、保持された見当識と言語表出困難さに着目し、拒否の本質が環境因子のミスマッチにあるとチームで評価できた点にある。BPSDは本人の内因的障害だけでなく、環境との相互作用によって出現する。リハが進まない原因が施設という環境要因にあるならば、住み慣れた「最大の治療環境」へ早期復帰させることこそが、潜在能力を引き出す最善の選択であった。
家族支援では、長女の不安に対し単なるサービス紹介にとどまらず、法人の総力を挙げた「24時間のバックアップ体制」と「PTの継続介入」という具体的な安心の拠り所を提示できたことが意思決定を後押しした。PTの継続介入は、施設と在宅の切れ目をなくし、利用者の安心感を担保して潜在能力を生活場面へ浸透させるための強固な楔として機能した。
【まとめ】
超強化型老健の役割は、施設内の限定された空間で機能訓練を完結させることではない。本人の生活背景や環境因子を多職種で多角的に評価し、生活の場そのものをリハ環境として再構築することである。本症例は、老健が病院と在宅をつなぐ単なる中間施設ではなく、「その人らしい生活を取り戻すための包括的な地域環境をデザインする施設」であることを証明した。今後も法人内・地域内の多職種連携を深め、一貫したリハ介入を通じて地域包括ケアシステムの発展に貢献していきたい。
