講演情報

[S16-1]ヒト固有遺伝子NOTCH2NLによる神経幹細胞制御の分子メカニズム

鈴木 郁夫 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻)
ヒトを特徴づける認知機能の進化メカニズムのほとんどが未解明である。ヒト固有遺伝子NOTCH2NLは、ニューロン産生を促進することにより脳を拡大することが示されている。NOTCH2NLはNOTCH2の部分的重複による誕生の後、さらに複数回重複し、多くの現代人には4遺伝子座存在する。NOTCH2NLパラログは互いに近接した染色体領域にコードされており、互いの遺伝子座間で組替えが頻発し、コピー数多型や遺伝子転換によりNOTCH2NL遺伝子レパートリーに個人差が存在する。しかし、NOTCH2NLの個人差や多様性の進化的意義については詳細な解析がなされていない。
従来研究されてきたNOTCH2NL分子(野生型)に対して、糖鎖修飾部位に塩基置換を持つ変異型アリルが見つかっており、ほとんどの個人は両タイプを持つ。ヒト神経幹細胞において、野生型NOTCH2NLは小胞体に局在するが、変異型はゴルジ体やエンドソームに局在する。そして、野生型はニューロン産生を促進するのに対して、変異型にはそうした機能がない。これらの結果から、NOTCH2NLは糖鎖修飾状態依存的に小胞体に局在し、小胞体に局在することが神経幹細胞における機能に必須であることが示唆された。生化学的解析から、野生型は小胞体におけるタンパク質成熟機構を調節し、Notchリガンドの合成を抑制することがわかった。
最後に、個々人のNOTCH2NL遺伝子レパートリーにおける野生型と変異型の構成比率を検証した。古代人は個人差が大きい反面、現代人では相対的に個人差が小さかった。また、全ての現代人において、機能性を持つ野生型NOTCH2NL遺伝子のコピー数は2±1コピーに固定されており、その幅から逸脱しないよう、進化的制約が働いていることが示唆された。脳容積の極端な異常は疾患に繋がることから、ニューロン産生数が適正な値から大きく乖離しないよう選択圧がかかっていると考えられる。