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[学校保健体育-A-10]学校体育の起点の再考:身心一体科学 考え方と方法(哲,生)理科と体育の教育の狭間で抜け落ちる「生きている自分」
*Yoriko Atomi1, Eri Fujita2, Miho Shimizu1 (1. Teikyo University, Advanced Comprehensive Research Organization, 2. Teikyo University, Faculty of Medical Technology)
体育は、身体を通して自分の存在を知り、人間であることを理解し、一生考え試行錯誤しながら人間を生きる姿勢(態度)を育てる教育である。教育には、その時代の先端知を導入すべきである。跡見順子は、半世紀前に出会った「人間の生物学」を体育学の基盤に据えるべきだと考え研究し、昨年学術書「身心一体科学 考え方と方法」(東京大学出版会)を出版した。生命科学は、目覚ましく発展中であるが、「動く人間」や「教育可能性ある人間」には連携されていない。それは体育や身体運動科学を実践する研究者が行わないと誰も問題にしないだろう。生きている自分自身を、基本から思考の対象として位置づけるためには、「細胞生命科学」と脳科学の本質を取り入れ、教育課程を見直すべきである。文理を早く分けすぎた教育体制を是正すべきである。 1. 体育とは「身体」を介しての教育:教育は、時代の最先端の科学を土台にすべき。 2. 身心の教育可能性:「刺激に応じて変化する能力」は、生命の単位「細胞」にある。地球で創発した生命体である人間の能力は、他の動物と基本的には同じ原理で、ほぼ生得的に「活動依存性」に獲得する。しかし上述の本で紹介したが、人間のみが意識的に行えるように学習しないと身につかない身体技法(体幹・重心制御)があ理、心身の一体化の基本スキルであり体育教育に導入すべき。3. 自分を対象化(俯瞰)する視点が必須である:人間は、自分のシステムを知るように育たない。古代ギリシャの「汝をしれ」が必須で、その学習を体育教育の軸にし、「いのちの原理」をコアにすべきである。 4. 「いのちの原理」を創発させた条件としての重力と細胞の生存原理であるメカニカル応答 5. 人間の特性(ことば・科学等の抽象的理解)との連係:刺激を受容し、直接応答する末梢器官(の細胞)とことば(記号)等により統合的に理解する脳神経系の細胞原理を理解する教育が必須である。
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