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[01史-口-06]オーストリアのトップストライカーに対するナチ党員疑惑の追究ナチス期のプロフェッショナルアスリートに関する考察として
*Akisato Suzuki1 (1. Tokyo Gakugei University)
1938年3月の併合後、オーストリアではおよそ70万人がナチに入党したとされているが、体育・スポーツ関係者らはどのようであったのか。1936年のオリンピック・ベルリン大会におけるカヌー競技で二つの金メダルを獲得したアマチュアスポーツの国民的英雄であったラデツキーはナチ党員及びナチ親衛隊少尉であり、「自然体育」の理論と実践を主導したウィーン大学のシュトライヒャーもまたナチ党員であったことがすでに明らかにされている。つまりオーストリアアマチュアスポーツのトップと学校体育のトップは、ともにナチ党員であった。では、プロフェッショナルスポーツのトップアスリートはどうであったのか。プロスポーツの状況を解明することにより、プロ及びアマチュアのスポーツ、そして体育、つまりはオーストリアの体育・スポーツ関係者のトップすべてがナチ党員であり、またナチに迎合していた様相を明らかにすることができる。そこで本報告においては、オーストリアサッカー界において稀代のトップストライカーとして1930年代から1940年代に活躍したフランツ・ビンダー(1911-1989)のナチ党員疑惑を追究し、考察することを目的とする。先行研究やビンダーに関する人物史によると、彼がナチ親衛隊将校であったという噂が1946年10月にハンガリーで、また同年11月にはスイスで報じられていたことが明らかにされている。だが、現在までにビンダーがナチ党員及びナチ親衛隊員であったという確たる証拠は一切発見されておらず、彼は依然としてナチ党員ではなかったと見なされている。こうした定説を覆すために、本報告では先行研究が見落としてきたと考えられるナチ関係文書にアクセスした。それがすなわちドイツ連邦共和国連邦文書館ベルリン・リヒターフェルデ所蔵のベルリンドキュメントセンターが収集した「ナチ党員個人証拠書類及び党通信文書」である。
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