Presentation Information

[P10-02]Regional Characteristics and Classification of Tsunami Monuments in the Sanriku, Kanto, Nankai, and Shimabara-Amakusa Regions

*Koshiro Kibata1, Toshitaka Baba1 (1. Tokushima Univ.)
PDF DownloadDownload PDF
日本は様々な自然災害に見舞われてきた.その経験や災害の記録を伝承することを目的とし,各地で自然災害伝承碑が建立されている.津波災害の記録を刻んだ津波碑は,津波災害の多い太平洋沿岸に多く存在する.東日本大震災では津波碑に刻まれていた碑文内容をもとに避難行動を行い,難を逃れたという事例もある.しかし,一部の津波碑で適切に管理されておらず,地域住民の認知度も低い.また,津波碑の防災活動への具体的な活用も十分ではない.
 そこで本研究では,津波碑の地域ごとの特徴を比較,分析することで,過去の記録を整理するとともに,今後の防災に資する知見を得ることを目指している.これまで,三陸・南海・島原天草地域の津波碑について調査を行ってきたが,これに関東に点在する津波碑を加え4地域を研究対象とした.
 調査の流れは次のとおりである.津波碑の建立年,碑名,碑文内容,種類,位置情報をデータベースや既往研究から収集し,必要に応じて現地調査を実施した.さらに,津波碑を,田畑ら(2020)の方法に基づいて,被害記録型,教訓型,到達点型,慰霊・供養型,偉業顕彰型に分類した.その結果,日本には861基の津波碑があり,多くは本研究の対象地域である太平洋側に位置している.三陸地域に480基,関東地域に78基,南海地域には217基,島原天草地域に47基の津波碑が存在することが分かった.三陸地域では「これより下は危険」「地震があったら津浪の用心」など具体的に記された教訓型の津波碑が多く,特に昭和三陸地震の翌年に多数建立された「大震嘯災記念碑」が代表例である.近年では,2011年に発生した東日本大震災の復興や記憶の伝承を目的として,多くの津波碑が新たに建立される傾向にある.しかし,昭和三陸地震や明治三陸地震の際に建てられた津波碑の中には,東日本大震災で流失したものや,風化・劣化が進んでいるものあった.そのため,過去の歴史地震や津波の際に建立された津波碑に焦点を当て,後世への記憶伝承をより強固なものにするための対策が求められる.一方,関東地域では元禄地震や大正関東地震の津波碑が多く,慰霊・供養型が最も多く見られた.特に,千葉県では元禄地震の津波碑のうち8割強が慰霊・供養型の津波碑になっている.また,4地域の中で最も寺社に津波碑が位置している割合が高く,当時の津波碑保全の意識の高さがうかがえた.南海地域では,到達点型の津波碑が多く,特に平成初期に徳島県・和歌山県で建立された「南海地震最高潮位碑」の数が多い.また,津波碑の横に説明板を設置するなど,防災意識向上を目的とした取り組みが積極的に行われている.島原天草地域では,1792年の火山性地震津波を対象とした,慰霊・供養型の津波碑が多く見られる.この地域でも,一部の津波碑は管理不足や人目に付きにくい建立されていた.
 4地域を比較し,それぞれ地域別の特徴がみられた.その中でも南海地域は,他3地域に比べ,地震発生後複数年を経てから新しく津波碑の建立する傾向が見えた.津波碑の保全については,県や市など比較的大きな団体による取り組みが見られた.また,津波碑の分類や位置を比較すると,南海地域では,後世へ災害の記録を伝承していく,被害記録型,教訓型,到達点型の3つを合わせた割合が最も高く,津波碑の位置も関東地域と並んで最も人目につきやすい場所に位置していた.以上の結果から,南海地域では津波碑の保全や活用に関する取り組みが他の地域より進んでいることが分かった.
 また,津波碑の年代別特徴を比較した結果,1800年以前に建立された石碑51基のうち49基が犠牲者の慰霊・供養を目的とした碑であった.1800年代以降は,被害記録や教訓を記載する碑が増加し,1900年代後半には,約半数の津波碑が津波到達点を示す碑となった.特に徳島県,高知県,和歌山県,三重県,静岡県では1980年~2000年にかけて自治体ごとに津波到達点を示す碑を多数建立している傾向にあった.このように時代ごとに津波碑の分類にも変化が見られた.一方で,時代を問わず津波碑の建立場所として寺社が多く選ばれる傾向がある.これは,寺社が長期にわたり存続する構造物であることに加え,寺社の管理者が建立を担う場合が多いこと,さらに江戸時代には藩主が直接寺社に建立を依頼した事例があったことなどが背景にある.