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[S18-02]The Abuyama Seismological Observatory for the Formation of Earthquake Science Fields in the Early Showa Period

*Fuuka Hishiki1,2,3 (1. Hitotsubashi Univ., 2. Meiji Univ., 3. NIFS)
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本報告では、日本の地震学の歴史のなかで研究機関が全国的に飛躍的に増加した昭和前期(1930~50年代頃)について検討する。特に、西日本地域の地震観測や地球物理学研究の草分け的となった、1930年創設で現在の京都大学阿武山地震観測所について、大学文書館所蔵の文書資料の分析に基づき、研究機関等が当該時期の地震学、地球物理学、そして災害科学いった地震科学の関連領域の形成と分離の「場」になったことを実証的に示す。日本の地震学史の研究では、理論史に加えて、政策や研究調査機関、様々な専門家とのコミュニティなど、社会的な側面に着目されている(泊次郎『日本の地震予知研究130年史』2015年など)。このような着眼点によって、地震学をはじめとする自然科学の方法論や制度的システムの多くを明治期に西洋から受容した日本社会において、現在に至るまでに自然科学の研究がいかに定着し、また自ら発展してきたのか、その過程を社会的な視点から捉えることが可能になる。これによって、物理学者や数学者といった、一見地震学史においては主役にはならないと捉えられそうな主体の役割について再検討する必要も生じてくると考えられている(菱木風花「近代日本における物理学者の災害研究」2025年など)。 歴史学研究では、近年、大学や研究機関に保管されている行政文書などのアーカイブ資料から学術研究機関の形成過程を紐解くというアプローチが試みられている(吉葉恭行・加藤諭・本村昌文編『帝国大学における研究者の知的基盤』2020年など)。先行研究では人文社会科学系や農科学系に着目されており、自然科学系については、自然科学系研究機関において独自に進められているといえる(菱木風花「研究者資料アーカイブズにおける研究者ネットワークに関する資料の階層構造と編成記述」2025年など)。本報告は、日本の地震学史において着目されている新たな視点によって、大学史と自然科学系のアーカイブ機関のそれぞれで進められてきたアプローチを、地震学史において試みた場合も有効であることを示すと同時に、その限界性や課題も提案するものである。なお、本報告に掛かる分析当たって、京都大学大学文書館の皆さまに多くのご助力を賜りました。本報告は科学研究費「研究活動スタート支援」(課題番号25K22932)の助成を受けています。